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どうあがいても悪役令嬢になれません! ~わたくし、完璧な悪事を働いているはずなのに、なぜか聖女と崇められて断罪フラグがへし折られていく件~  作者: 和三盆


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第13話「血潮に刻む誓い――令嬢、夜を裂いてゆく」

黒月の残党を港で叩き、鏡を砕き、幾度も人々を救ってきたセレスティア・ハイラントの名は、もはや王都の隅々にまで届いていた。だがその評価は、彼女が望んだ“断罪”とは程遠い。むしろ「盾」とか「聖女」の二つ名が並び、本人の苛立ちは募るばかりだ。


それでも、彼女の瞳は冷たく光っていた。黒月の核はまだ生きており、女王側近の脅迫、宰相の影、隣国の暗い手が絡み合う中で、次の一手は避けられない。セレスティアは自らの手で最後まで舞台を支配すると決めた。断罪も救済も、その先にある真実を暴くことも――すべては彼女自身の選択であるべきだ。


「次は――直接、黒月の牙を折る」

夜の書斎でルシアと地図を広げながら、セレスティアは低く呟いた。指先が港町の更に西側、小さな島の名を辿る。そこは黒月が“臨時の集積場”として使っていると諜報が示していた場所。物資の流れを断つだけでなく、指揮系統の中核に触れる機会でもある。


「お嬢様、あそこは危険な地点です。海流も荒く、守りは堅いと聞いています」ルシアの声には不安が混じる。だが決意が揺らぐ様子はない。セレスティアは短く笑い、薄っすらと目を細めた。


「そうね。だからこそ私が行くの。派手に、そして確実に。舞台装置は不要。真実を掴むためには、血の匂いも厭わない覚悟が要る」


王太子アレクシスは内密に賛同した。彼は軍の一部を密かに用意し、外面には「貿易再開に関する友好使節」を装わせる。表の交渉で相手を油断させ、夜半に島へと渡る──それが計画だ。参加者は少数精鋭。サミュエルと数名の騎士、そしてルシア。リュシアンの影は、今回もまた読めない。しかし彼女は学んだ。利用されるなら、こちらから利用し返せばいい。


夜風が城門を震わせる頃、はしけは波に揺れて島へと向かった。月は雲に隠れ、海面は漆黒の鏡のようだ。セレスティアは仮面めいた黒い覆いを首に掛け、耳を澄ます。遠雷のような波の音、かいが水を裂く擦過音、誰かの低い呟き——すべてが狩りの前の静けさだった。


島に上陸すると、案の定、警戒の目が光った。見張りの小屋、焚き火、物資の積まれた木箱。だが見張りの数は想像より少なく、敵は焦りを見せていた。先日の壊滅的打撃で彼らの余力は薄れているのだ。サミュエルは静かに合図を送り、皆は影のように散開した。


倉庫の一つに潜り込むと、そこには暗号付きの通信器具と大量の文書、そして小さな箱が隠されていた。黒月内部で使われる文書の一部――封緘ふうかんを解けば、黒月の“上位指令”へと繋がる手掛かりが見つかるはずだ。セレスティアは手袋を外し、慎重に蝋を割った。


中には、緻密に書き綴られた文書と、一枚の肖像写真があった。写真には、夜会で見たはずのあの人物が写っていた。女王に近い位置に立つはずの――ある人物だ。紙切れの端には小さな符号。黒月の会合で耳にしていた同じ印である。


セレスティアは息を呑む。――やはり、黒月は単独では動いていない。だが同時に、その文面には“強制”や“脅迫”を示す言葉もあった。文句は冷たく現実的だ。ある者を守るため、ある者を脅し、必要なら“犠牲”を差し出せ――そう明確に示されている。その筆致は冷酷で、誰かが秩序を崩すことを厭わない理路を示していた。


「これは……」ルシアが震えた。「お嬢様、この文書が外へ出れば大事になります。王都も、女王陛下も――」


「分かっている」セレスティアはゆっくり立ち上がり、窓の外の暗闇を見やった。「でも真実は、隠しておけないもの。誰かを守るためと言いながら、人の命を秤にかける奴らを見逃していいはずがない」


その時、外から足音が近づく。低い声で何かが話され、それは聞き覚えのある響きだった。リュシアンだ。彼は扉を静かに開け、影のように入ってきた。薄笑いを浮かべたその顔は、夜の倉庫の空気よりも冷たい。


「いい場所を見つけたね、セレスティア嬢」彼は言った。「だがここで困った顔をするのは美しくないよ」

セレスティアは一瞬、刃を向けようかとためらったが、サミュエルの動きに気づいて止めた。リュシアンは両手を軽く挙げ、敵意がないことを示した。


「今回ばかりは、私も手を貸すよ。だが条件がある」リュシアンの声は柔らかいが、そこに刃が潜む。

「条件?」セレスティアの声には苛立ちと好奇が混じる。

「君が欲している“断罪”の瞬間を、私は見届けたい。それだけさ。だが君が本気で“真実”を掴むなら、協力は惜しまない。その代わり、私にも“真の顔”を見せてはくれないか?」リュシアンは尋ねるように笑った。


セレスティアは一瞬の狂おしい衝動に駆られた。彼に裏切られ続け、操られた疑念の連続。しかし今、目の前にある情報は何より重要だ。彼を利用し、彼の口から更なる糸口を引き出すには、この時を生かすしかない。彼女はゆっくりと頷いた。


「いいわ。だが約束よ、リュシアン。あなたが私を裏切れば、これだけは忘れないから」

「それでいい」彼はにやりと笑った。「さて、時間がない。ここから先にあるものを摘み取るには、少しばかりの騒ぎを起こす必要があるね」


言葉通り、騒ぎは起きた。外から怒号が上がり、刃の音が鳴り響く。黒月の追手が気づき、倉庫を包囲し始めたのだ。奇襲に出たはずのセレスティアたちは、一転して窮地に立たされる。サミュエルが榴弾のような罠の存在に気づき、即座に指示を飛ばす。だが相手は想像より組織的で、退路を断ち切る意図を明確にしていた。


「退くな!」セレスティアは叫んだ。だがその代わりに、ルシアが短く叫び、彼女の前に飛び出した。鋭い刃が閃き、ルシアの身体に深い傷が走る。血が黒い木板に滴り落ちる。セレスティアの世界は一瞬、赤く染まった。


「ルシア!」叫びと同時に、全身に火が灯るような怒りが湧いた。彼女は刃を抜き、前へ突っ込む。騎士たちの盾となって戦うサミュエルを押しのけ、己の力で敵を斬り伏せる。闇の中で刃がぶつかる度に冷たい火花が散った。


だが数の差は圧倒的だ。最後の瞬間、背後で大きな衝撃が走り、倉庫の梁が崩れ落ちる。砂埃の中で、セレスティアは何かを掴む。そこには小さな箱、そして――紙切れに書かれた一行の文字があった。


「――『上位指令:王宮に近い者を利用せよ。犠牲は弱き者で足りる』」


その一行が、すべてを残酷に語っていた。外部勢力は“弱き者”を代償に、王都の中枢を操ろうとしていたのだ。女王の側近や宰相は、金と脅迫によって操られていただけなのか。それとも、一部は本心を持っていたのか。真実は血の匂いの中で更に重く沈んでいく。


セレスティアはルシアのもとへ駆け寄り、彼女の頬に冷たい手を当てる。ルシアの呼吸は浅いが確かにある。サミュエルが応急処置を施し、騎士たちが負傷者を担ぎ上げて脱出路を確保する。煙の中、セレスティアは指先で紙切れを撫でた。怒りと悲しみが渦巻くその胸に、ある決意が固まった。


「――これを、王都と民に見せる。隠し通す者たちを、私は許さない」

彼女の声は震えていたが、その瞳は揺るがなかった。リュシアンは少しだけ首を傾げ、しかし何も言わない。ただ、その目の奥に一筋の光が走ったように見えた。


夜明け前、彼らは疲労と痛みを抱えて王都へ戻った。ルシアは包帯により一命を取り留め、だが深い傷は癒えるまで時間を要する。王太子に渡された文書の断片は、すぐに評議会へと送られ、王は顔を青ざめさせた。城内の空気は更に硬化し、疑惑と怒りの波紋が広がった。


だがセレスティアは、ある種の安堵を感じていた。隠れたものが明るみに出る瞬間は、たとえその先が混乱を呼ぶとしても、彼女にとっては望んだ“裁き”の始まりである。断罪という名のカタルシスを――彼女は今、それが誰のためのものかを考えていた。自分のためだけではなく、傷ついたルシアのため、士気を失った兵のため、知らずに利用されていた者たちのために。


王太子は夜の書斎で静かに言った。「我々はこの文書をどう扱うべきか。公開すれば、確かに混乱が起きる。隠せば国の腐敗は進む。君はどう望む?」

セレスティアは窓の外の薄明かりを見る。遠く、海鳴りがまだ低く唸っている。


「私は――公開する。すべてを曝して、国民に選ばせる。そして、その結果に責任を持つ。私が望んだのは、偽りの断罪ではない。真の清算だ」

アレクシスは彼女の手を取り、深く頷いた。「ならば、我々は共に行動する。その重さを分かち合おう」


ページの端で、リュシアンは小さく笑った。だがその笑みの意味は未だ読めない。彼は影の中へと再び消え、どこかで次の策を練るだろう。黒月の眼は砕かれたが、根はまだ土中に残っている。戦いは終わっていない。


だがセレスティアには分かっていた。自身が望んだ「断罪」という名の炎は、いつか必ず訪れるだろう。今はその炎を誰のために使うかを選ぶときだ。彼女はルシアの額に軽く口づけをし、静かに誓った。


「ルシア、あなたのためにも、私はこの国の嘘を引き裂く。たとえそれが私を焼き尽くすとしても――私は、後悔しない」


遠くで鐘が一度、低く鳴った。王都に朝が差し込み、血と決意の夜は幕を下ろす。だが物語はまだ続く。真実が曝かれたとき、誰が裁かれ、誰が赦されるのか――その答えは、まだ誰にも分からない。

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