【21】「限りなくピクニックに近い」
俺たち≪迷宮踏破隊≫11人と、護衛対象である【封神四家】4人の探索行は順調すぎるほど順調に進んだ。
というのも、エヴァ・キルケーが持ってきた結界の魔道具と、クランメンバー全員に支給されたストレージ・リングが大きな理由だろう。
迷宮の中で安全に野営することができ、しかも大量の荷物を持ち運ぶ必要がないとくれば、非戦闘員を4人抱えていることを加味しても、負担はかなり少なくなる。
おまけに最上級探索者が11人もいるとなれば、低階層や中階層の探索など、限りなくピクニックに近い何かと化す。
逆に緩みすぎた緊張感を再度引き締めるのに苦労したほどだ。
守護者以外の敵は一人ずつ戦うことになったが、それでも今さら30層以下の魔物相手に苦戦する者など、今回のメンバーには(護衛対象以外)いるわけもない。
なので最初の探索で3日かけて21層まで到達した後は、一旦地上に戻って3日の休みを挟み、二度目の探索で31層を2日かけて目指すことになった。
おそらく、俺を含むクランメンバーたちは続けて潜っても何の支障もなかった。そのくらい、今回の探索は余裕だったのだ。
だが、肝心の護衛対象たちはそうではない。ライアン君だけは鍛えていたみたいで多少の体力があったが、それでも一般人レベルだ。ただ迷宮内を歩くだけでも、気力体力ともに相当の消耗があったのだろう。
だから3日の休みを挟んだのは、護衛対象たちを休ませるために他ならない。
そうして休日を挟んだ二度目の探索。
1日目で予定通り26層に到達した。
21層から25層までは密林階層で、凄まじく不快な環境だったが、先に進むことと戦闘については何の問題もない。全員の意見が一致し、できるだけ急いで駆け抜けることになった。
25層の守護者は大猩々と、そのお付きの猿ども。
俺、ローガン、イオ、エイル、フィオナと、誰が戦ってもソロで倒せる程度の相手だったが、さっさと密林から脱出するために、全員で殲滅することになった。
俺の【連刃】が降り注ぎ、フィオナが【剣の舞】を発動しながら【フライング・スラッシュ】を連発し、ローガンが【飛龍断】を放ち、イオが暴風魔法で切り刻み、気がつくとエイルが大猩々の心臓に短剣を突き立てていた。
この時の戦闘時間は、おそらく1分もかかっていない。
エヴァたちを護衛している≪鉄壁同盟≫の面々が、俺たちの戦闘を唖然として眺めていたのが印象的だった。
確かにちょっと、猿どもが哀れになるような一方的な戦いだったかもしれない。まあ、だからといって反省することなど何もないんだが。
ともかく。
探索2日目。
26層から30層は地下神殿のような環境の、冥府階層だ。出現する魔物はアンデッドのみ。ただし通路ではなく広い空間に出ると、高確率で大量のアンデッドどもが襲いかかってくる厄介な階層でもある。
この冥府階層で初めてフィオナと出会ったのだが、それも今では良い思い出……ではないな、全然。普通に今思い出しても、フィオナのキチガイぶりには腹が立つ。
だが、あの頃から俺もフィオナもずいぶんと腕を上げている。
特にフィオナの成長ぶりは顕著で、以前は殺されかけていた規模のアンデッドを前にしても、今回は一人で倒し切ってみせた。
そして30層の守護者であるリッチーと戦うことになる。
俺は元より、ローガン、イオ、エイルもソロでリッチーを倒せる実力を持つ。
今の俺なら、奥の手の一つを使うことで一撃でリッチーを倒すことができるだろう。
ローガンは真正面からアンデッドの軍勢を突破し、リッチーを叩き斬ることができるはずだ。
イオは広範囲魔法で軍勢を殲滅し、その上でリッチーを倒すことが可能。
エイルに至っては、【隠身】スキルで気づかれることなく軍勢をすり抜け、リッチーに刃を突き立てるのも容易のはず。たぶんリッチー相手に関しては、エイルが最も相性が良い。
フィオナは、まだリッチーを単独で倒したことがない。
だからだろう。フィオナは守護者の間に着くなり、こう言った。
「ここは私に任せてもらうわ」
「……一人でやるつもりか?」
分かりきったことではあるが、俺は思わず確認した。
絶対に無理とは言わないが、フィオナにとっては少々厳しい相手であるのは確かだ。『剣舞姫』とリッチーの相性は良いはずだが、それは『剣舞姫』ジョブの特性を活かす立ち回りあってのことだ。
立ち回り方に失敗すれば、途端にアンデッドの軍勢に押し潰されることになるだろう。
だが、フィオナは退くつもりのない表情で力強く頷く。
「当然でしょ」
ちょっと悩んだが、ここには俺もローガンたちもいる。危なくなったら助けに入るのは容易だろう。
そう思って、ここはフィオナに任せることにした。
「ちょっとフィオナ! 正気なの!?」
「失礼ね、正気に決まってるでしょ。それに大丈夫よ、私ならやれるわ」
当然のようにエヴァは反対したが、フィオナは自信に満ちた態度で押し切った。
≪鉄壁同盟≫のメンバーたちも「無茶だ」と反対していたが、それすらも押し切ってフィオナは単独、リッチーに戦いを挑む。
最奥の間は巨大な扉の先にある。
そこへ、扉を開けてフィオナだけが一人で入る。残る俺たちは扉の外側から観戦だ。
守護者が待ち構える広間に入った瞬間、広間の反対側最奥にいるリッチーが無数のアンデッドどもを召喚した。
死霊魔法――【サモン・レギオン・アンデッド】だ。
対するフィオナは襲い来るアンデッドどもに対して、こちらから距離を詰めることなく、むしろ一定の距離を保ちつつ立ち回る。
剣舞姫スキル――【剣の舞】を発動し、【フライング・スラッシュ】で距離を取りながらアンデッドどもの数を減らしていく。
双剣から放たれるオーラの刃は、回数を重ねる毎にその威力を増していき、最初は一体を倒すのがやっとだった一撃が、すぐに二体、三体と増えていく。遂には【フライング・スラッシュ】一発で五体のアンデッドを倒すほどにまで、威力が上昇する。
だが、【剣の舞】で強化される威力には上限がある。
おそらくは『剣舞姫』ジョブの成長度と、【剣の舞】の熟練度によって上限が決まっているのだろう。今のフィオナでは、ここら辺が【剣の舞】で強化できる上限だ。
双剣から放たれる【フライング・スラッシュ】の手数は多い。瞬く間にアンデッドの数は減少していくが……、
死霊魔法――【サモン・レギオン・アンデッド】
まさに無限とも思えるような膨大な魔力で、リッチーは何度でもアンデッドを補充する。
倒しても倒してもキリがない。
持久戦になれば敗北は必至だ。
しかし、『剣舞姫』の真価はここからだった。
【剣の舞】での強化が上限に達した瞬間、フィオナはさらに二つ目のスキルを発動する。そのスキルを発動するためには、【剣の舞】を最大強化するという前提条件が必要なのだ。
剣舞姫スキル――【神捧の舞】
それが発動した瞬間、【剣の舞】による強化が全てリセットされる。だが、ただ無意味にリセットされたわけではない。【剣の舞】による成果が神に捧げられ、その見返りとして神の祝福により、今度はフィオナの全能力が一時的に強化される。
神云々の真偽はどうあれ、少なくともそういう効果のスキルなのは、間違いがない。
そしてまた、フィオナは【剣の舞】を発動して剣技の威力を強化していく。
【剣の舞】から【神捧の舞】を使い、また【剣の舞】を発動する。このサイクルを何度も繰り返すことで、自分自身を何度も重ねて強化することができるのが、『剣舞姫』ジョブの最大の強みだ。
無論、これにも欠点はある。
一つは【神捧の舞】による強化はおよそ20分で効果が切れる。強化は何度も重ねることができるのだが、20分を経過すると順次消えていくことになるので、際限なく強化を重ねることはできない。
そして魔力の消耗だ。
【神捧の舞】自体は少ない魔力で発動できるが、【剣の舞】は持続的に魔力を消費し続けるため、消耗が大きい。しかも何度も繰り返すとなると、【フライング・スラッシュ】も多用しているフィオナでは、すぐに魔力が底を突いてしまう。
――なのだが、この問題は装備によって解決されていた。
フィオナの装備している双剣は、どちらも特殊な力を秘めた魔剣だ。その内、右の剣の銘は『魔喰』であり、その能力は倒した敵の魔力を吸収し、持ち主に還元するというもの。
つまりは敵を倒すことで魔力を回復することができるのだ。
現在のように、雑魚が無数にいる状況においては、魔力が枯渇する心配をしなくて良い。
最初の【神捧の舞】による強化が切れる、その数分前。おそらくは時間にして戦闘開始から17分程度が経過した頃。
強化に強化を重ねたフィオナが本格的に攻勢へ転じた。
「――はぁああああああッ!!」
剣技スキル【ダンシング・オーラソード】で2本の剣を自分のそばに顕現させたフィオナは、アンデッドの軍勢の中に飛び込み、最奥のリッチーへ向かってただひたすらに突き進む。
両の双剣を振るい【フライング・スラッシュ】を乱れ撃つ。2本のオーラソードが縦横無尽に舞い、アンデッドどもを切り刻む。身体能力、感覚、反応速度、オーラの制御能力までも上昇したフィオナを止めることは有象無象のアンデッドには不可能だ。
ここまで強化を重ねたフィオナなら、多少攻撃を喰らったところで致命傷どころか、仰け反ることさえない。
これが才能ある者の証、固有ジョブの強さだ。
かつて実在した英雄たちの再現。
フィオナは圧倒的な力量でもって大多数を駆逐していき、アンデッドの軍勢という分厚い盾をぶち抜いた。
最奥のリッチーの前に辿り着いた時、その全身には無数の打撲の痕や切り傷が刻まれていたが、まだまだ戦闘には支障がない。
リッチーが自らの杖をフィオナに差し向け、初めて攻撃魔法を発動する。
暗黒魔法――【ダーク・ランス】
暗黒魔法――【ダーク・ジャベリン】
暗黒魔法――【ダーク・バレット】
一瞬で放たれる無数の魔法。質量を伴った暗黒の槍がフィオナの足元から突き出され、暗黒の投槍がリッチーのそばから幾つも撃ち出される。それらを舞うような足運びで回避したフィオナに、今度は暗黒の弾丸が雨霰と降り注ぐ。
だが、それらを【スピード・ステップ】で回避したフィオナが、遂に間合いの内にリッチーを捉えた。
剣舞姫スキル――【終閃の舞】
一際激しい剣舞が披露された。振るわれる両の双剣から放たれるオーラの刃は、【フライング・スラッシュ】とは比較にならない鋭さだ。剣閃が虚空に刻み込まれたように、残光となってその場に残る時には、すでに刃が対象を斬り裂いている。
それまでフィオナが積み上げた【神捧の舞】による強化を、攻撃力に変換して放つ強力な攻撃スキル。
残光が消え去った時、リッチーは為す術もなく幾撃もの斬撃によって、全身をバラバラに斬り刻まれていた。
「勝ったか……」
アンデッドの軍勢どもが光の粒子と化して送還されていくのを確認して、俺は深く息を吐き出した。
気がつくと、なぜか剣の柄を握っていたので、そっと離す。
「そんなに弟子が心配だったのかね、アーロン君」
「イオ……」
そんな俺に、賢者イオ・スレイマンがニヤニヤしながら話しかけてきた。
おっさんの下劣な邪推に、思わず顔をしかめてしまう。
だが、こういう輩は否定すると余計に絡んでくるので、素直に同意してみせた方が良いだろう。
「まあな。何とか勝てたみたいで、安心したぜ」
「そうか……」
案の定、イオは残念そうな顔をした。
暇を持て余したおっさんは面倒だな。




