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【20】「いちいち全員で戦う必要あるのか?」


 迷宮探索2日目。


 クラン≪迷宮踏破隊≫と【封神四家】の四人は、すでに16層に到達していた。


 16層から20層までは砂漠の広がる灼熱の階層になるが、ここは地上と同じように昼夜が存在する。現在は偽りの空に満天の星が浮かび、気温は急速に冷え込んでいた。


 しかし、昼間の焼かれるような暑さに比べれば、幾分マシだ。


 そんな夜の砂漠地帯の一角で、彼らは体を休めていた。


 焚き火をして食事を取り、寝袋にくるまって睡眠をとる。今はまだ寝ずに皆で焚き火を囲んでいるが、その様子は地上で野営をするのと変わらない光景だった。


 いや、ことにすると地上での野営よりも快適かもしれない。


 その理由は不寝番を必要としないことだ。


「やっぱり凄いですねぇ、結界の魔道具は」


≪鉄壁同盟≫のリーダー、ガロン・ガスタークが感心したように言った。


 ガロンは大柄で筋肉質だが、穏和な顔立ちをした男性だ。だが、さすがは最上級探索者というべきか、分厚い金属鎧を着込み、巨大な盾を背負って2日も歩き通しだというのに、疲労した様子は一切ない。


「まあ、その分高いのだけど、ね」


 ガロンの言葉にエヴァ・キルケーが疲れたような顔で答えた。


 エヴァのみならず、護衛対象である【封神四家】の四人組は全員が漏れなく疲労している。出発前は魔物と戦うのだと息巻いていたライアンすら、今では疲れたよう横になり、虚ろな瞳で焚き火の炎を見つめていた。


 別に彼らが何をしたというわけではない。


≪迷宮踏破隊≫の面々に護衛されながら、1層から16層まで、歩いて来ただけである。


 だが、迷宮という環境で常に緊張に晒され、長い道のりを歩くだけでも、体力的には一般人と変わらないエヴァたちにとっては、かなりの重労働だったのだ。


「姫様、ずいぶんお疲れのようですね。もう休まれては?」


「ガロン、姫様って呼ぶのはやめてちょうだい。それから、もう少ししたら休むわ」


 ガロンの姫様呼びに、エヴァは苦笑しながら答える。


 王侯貴族ではないが、エヴァは高貴な血族の娘として、姫と呼ばれてもおかしくない立場にある。だからエヴァをそう呼ぶ者はいるが、キルケー家と関係のない者がそう呼ぶことはない。


 実はガロンはキルケー家に仕える家柄の出身であり、≪鉄壁同盟≫自体もキルケー家が支援して育てた探索者パーティーなのだ。


 それゆえにガロンたち≪鉄壁同盟≫とは、実質的に主従関係にある。


「探索者って大変なのね。迷宮を歩くだけでこんなに疲れるなんて……」


「はは、まあ、そうですね。しかし、今回の探索はずいぶん楽な方だと思いますよ」


 エヴァのぼやきにガロンが笑いながら言った。


「やっぱり結界の魔道具があると違うのかしら?」


「はい、もちろん。それにストレージ・リングがあるので、荷物を持ち運びする必要がないのも大きいですね」


 ガロンは腕に嵌められた装飾のない腕輪――ストレージ・リングを掲げて見せた。


 エヴァたちが見張りも立てず、それ以前に魔物蔓延る迷宮の中で、呑気に野営などできる理由が、結界の魔道具だ。


 結界を張り、内と外の出入りを遮断し、さらに結界の外から内側を視認できないようにする効果もある。


 ネクロニア以外なら、王侯貴族でさえおいそれと買うことはできないほど、非常に高価な魔道具だ。


 それに加えてストレージ・リング。


 これは亜空間に物を収納できるという魔道具で、【封神四家】から≪迷宮踏破隊≫への支援の一つとして、クランメンバー全員に一つずつ配られた物である。


 亜空間の容量によって価値が異なり、クランメンバーに与えた物は最低品質の品だが、それでも3立方メートルの容量を持つ。


 言うまでもなく非常に高価で、王侯貴族どころか全世界の商人垂涎の魔道具だ。51個ものストレージ・リングを他人に与えることなど、【封神四家】以外には不可能だろう。


 というのも、結界の魔道具もストレージ・リングも、その作成には空間魔法を必要とする。


 そして空間魔法を使うことができるのは、世界中でも【封神四家】の血族だけなのだ。この空間魔法こそが、【封神四家】が【神骸迷宮】の結界を維持できる理由であり、他の国々の王侯貴族が【封神四家】を敬う理由でもあり、【封神四家】が持つ並外れた財力の源泉でもある。


「まあ、でも、やはり一番の理由は……彼らですかね。僕もまさか、ここまで一度も戦わずに済むとは思っていませんでしたし」


 と、ガロンの視線が少し離れた場所に向かった。


 その視線をエヴァも追い、どこか遠い目をして乾いた笑い声を出した。


「あは、は……そうね、私も驚いたわ……別の意味でもね」


 エヴァたちが見つめる先にいるのは、迷宮の中だというのに訓練をしている二人の剣士だ。


 アーロン・ゲイルとフィオナ・アッカーマンである。


 正確に言えば、アーロンがフィオナに模擬戦形式で稽古をつけている。そしてその稽古風景をローガン、イオ、エイルの三人が興味深げに観戦していた。


「まさか、途中から一人ずつ戦い始めるとは思わなかったわ……」


 エヴァは16層までの道中のことを思い出す。


 ローガンたちにしてみれば、低階層の魔物など退屈な相手だったのだろう。初めこそ律儀に全員で出現する魔物を倒していたのだが、しばらくしたところでアーロンが言ったのだ。


「なあ、これ……いちいち全員で戦う必要あるのか?」


 と。


 それにローガンたちも同意した。


「確かに、ないな」


「だよな。なら、交代で一人ずつ戦うことにしないか? その方が体力も温存できるし」


「ふむ……ソロでの戦闘か。敵が弱すぎるのが問題だが、確かにその方が面白いかもしれないな」


 アーロンの提案をローガンが面白そうだという理由で了承したのだ。


 結果から見れば、それでも彼らにとっては余裕があったのだが、戦闘経験の少ない(もしくは全くない)エヴァたちからすれば、冗談ではなかった。


 これだけの最上級探索者が集まって、低階層の魔物相手に、万が一にも自分たちに被害が及ぶとは思わなかったが、それでもできる限り安全に配慮してほしいのが本音だった。こっちは素人なのだから。


 だがまあ、結局は誰一人かすり傷すら負うこともなく、無傷でここまでやって来れた。ローガンはもちろん、普段はソロで探索しているフィオナやアーロンも圧倒的な力量で魔物たちを殲滅していた。


 エヴァの心配は杞憂だったのだろう。不安はどうしようもないが。


 おまけに暇すぎるという理由で、今は稽古すらしている有り様だ。


「それで……ガロン、あなたはアーロンさんをどう見たかしら?」


 エヴァは他の人に聞こえないよう、声を潜めて問う。


 ガロンは意外そうな顔をしながらも、こちらも声を潜めて問い返した。


「彼を疑っているんですか? 彼の情報は事前に調べて、問題ないと判断したのでは?」


「疑っているわけではないわ。彼はむしろ奴らに対して恨みを抱く側のはずだから、白ね。そうではなくて、彼の実力的な話よ」


 エヴァは自陣営にアーロンを引き込むに当たって、彼のことを詳細に調べ上げた。


 その結果、敵陣営に属している可能性は極めて低いと判断している。加えてスタンピードの真相や奴らの情報、そして自分たちの作戦を伝えた後も、おかしな行動をしていないのは確認済みだ。


 もしもアーロン・ゲイルが敵陣営だったならば、情報を伝えるために確実に何かしらの接触を持ったはずだが、それもなかった。


 エヴァ自身の勘も、アーロンは敵側ではないと訴えている。


 だが、彼が「極剣」の一員ではないかとは、依然として疑っていた。その疑いはこの2日間の探索行で、より一層強まっている。


 ガロンもエヴァの推測を後押しするような考えを口にした。


「実力的には申し分ないですね。というより、ちょっと凄すぎます」


「≪バルムンク≫との一件は聞いているけれど、そのこと?」


「もちろんそれもありますが、ここまでの道中でも、彼は異常でしたよ」


「何かあったかしら? 道中の魔物を全部一太刀で倒してたのは見てたけど、それはローガンたちも同じでしょ?」


 エヴァは道中の戦闘風景を思い出す。


 はっきり言って、彼女からすればアーロンもローガンたちも強すぎて、違いが良く分からないのだ。とにかく凄いとは思ったのだが。


「まあ、まだ低階層ですから、雑魚敵との戦いに関しては、見ていてもあまり強さを実感できないかもしれませんね。あれはあれで凄い技術なのですが……僕が特に凄いと思ったのは、エルダートレント戦ですよ」


 15層の守護者――エルダートレント。


 地中の根を自在に操り敵を拘束、攻撃する他、高度な風魔法までも使いこなす厄介な魔物だ。


 しかし、本当に厄介なのはその桁外れの巨大さである。大樹そのものであるエルダートレントは、とにかく巨大で、戦闘系ジョブでも火炎系魔法を使える魔法使いがいないと、倒すことも難しい。


 逆に火炎系魔法の使い手がいれば倒すこと自体は比較的容易なのだが、燃やしてしまうと魔石以外の素材が落ちないという厄介な特徴もあった。


 当然、最初は≪賢者≫イオ・スレイマンが魔法で倒そうとしたのだが、それを止めたのがアーロンである。


「まさか、レアドロップが欲しいからって剣士が一人で戦うなんてね……。確かアーロンさんは、高名な木剣職人でもあるのよね? 高名な木剣職人って、私にはちょっと理解不能なのだけれど……」


 遠い目をして記憶を思い出す。


 アーロンを調べた時に判明した情報の一つに、『ウッドソード・マイスター』の称号があった。


 何でもエルダートレントの芯木を削り出し、かつ装飾を彫刻した木剣を作ることのできる数少ない職人で、界隈では非常に高名なのだとか。おまけに他国の貴族やグリダヴォル家の当主も顧客だというのだから、エヴァも驚いた。


 木剣職人の界隈って、何だろうとは思ったが。


「≪迷宮踏破隊≫にも、彼のファンは数人いるみたいですよ。まあ、僕が驚いたのは、彼の倒し方なのですが」


「ああ、あれね……」


 言われてさらに思い出す。


 アーロンがエルダートレントを倒した方法は、言葉にすれば非常に単純だ。


 遠くから消えるように一瞬でエルダートレントに近づいたかと思うと、その時にはもう彼の剣がエルダートレントの幹に根本まで埋まっていたのだ。


 そしてエルダートレントが反撃を繰り出すより先に、突き刺した剣を中心に大爆発が起こった。


 幹に大穴を穿たれたエルダートレントは真っ二つに折れ、そのまま魔力へと還元されていった。


「今思い出しても、彼が何をしたのか分からないのだけど」


 エヴァの認識からすると、気がついたらエルダートレントの幹が爆発し、討伐されていた――というのが正しい。


 だが、最上級探索者であるガロンはもう少し詳しいことも分かっているようだった。


「まず最初に遠くから接近したのが【縮地】のスキルによる高速移動ですね。そして【オーラ・ブレード】で硬い幹に深く剣を突き刺し、最後にもう一つのスキルでトドメを刺した……。たぶん最後のは【オーラ・バースト】のようなオーラを爆発させるスキルだと思うのですが、それにしては威力が高すぎるのが疑問ですね……。あるいは同じスキルを複数回、極めて短時間で発動したのか、もしくはスキルの熟練で威力が上がっていたのか……」


 解説するガロンだが、途中から考え込むように思考に没頭してしまう。


 それからハッとしたように我に返り、続けた。


「とにかくまあ、彼は最上級探索者でもかなり上位の実力の持ち主ですよ。あんなことができる者は、ほとんどいないのではないかと思います」


「あら、ガロンは一人で倒せないのかしら? エルダートレントを」


「倒すこと自体はできます。ただ、僕は盾士系統の固有ジョブですし、倒すまでに時間はかかってしまいますね。あれほど短時間でエルダートレントを倒せるのは……それこそローガンさんやイオさんくらいなものでしょう」


「そう……そうなのね」


 剣聖ローガンに匹敵する実力。


 そんな人物がごろごろいるかもしれない、「極剣」という集団。


(もしも「極剣」と交渉を持つことができたら……彼らを仲間に引き入れることができたなら……【神骸】を巡る長い戦いに、終止符を打つことができるかもしれない……)


 それだけの戦力があれば、ネクロニアに巣食う害虫どもを、今度こそ駆逐できるかもしれない。


 エヴァはそう思った。



 そして翌日、≪迷宮踏破隊≫に率いられたエヴァたちは、当然のように20層を突破し、21層へと到達した。




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