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二人だけのひととき

練習作、今回で最終回となります。

拙い作品でしたが、どうか最後までお読み頂けますよう、よろしくお願い致します。

冬は日が暮れるのもあっという間だ。

すっかり暗くなってから、彼女は目を覚ました。その後は特に何をする時間もなく、そのまま帰る彼女を玄関口で見送る事になった。

その帰り支度の間、彼女が「結局、今日も駄目でしたか……」と独り言を漏らすのを、僕は聞き逃さなかった。


「じゃ、また来るのですよ」

「はいはい」


コートに身を包んで外へ出る彼女へ、そう言葉を返す。そうしてから、ふと思い直す。

天気は相変わらず雪がちらほらと降る程度だが、この状況で彼女を一人で放り出すのは気が引ける。

うん。それは良くない。

そう言い聞かせ、防寒着を準備する。急ぎそれを着込んでから自分の靴を履いた。そんな僕の様子を、彼女は不思議そうに見詰めている。


「どうかしたのですか」

「暗くなったし。今日は家まで送る」

「……?」


え、と呟く彼女の手を無言で引いて、僕は一緒に外へ出た。







それから彼女の家に着くまで――といっても、さほど距離もないのであっという間なのだが――僕たちは互いに喋る事も無く、どこか微妙な距離感のまま歩いていた。

偶に彼女が口を開きかける事こそあったものの、結局は喋るまで至らず。

そしてそれは、僕も同じで。

その雰囲気が続いたまま、やがて彼女の家までたどり着く。


「着いたよ」

「…………」

「じゃ、僕はこれで」


送るとは自分から言い出した事なのだが、居づらい雰囲気に負けそうで端的に言葉を掛ける。そして、自宅を出てからそれまで掴んでいた彼女の手を放す。

しかし。


「?」


何故か手が離れない。

ふと手元を見ると、彼女はずっと手を握ったままだった。

この寒空の下、握った手だけは温かいまま。

彼女の手は柔らかく、しかし不思議なくらい力強く手を掴んで放さなかった。


「どうかしたの?」

「……いえ、何も」

「そう。それじゃ、僕はもう行くよ」

「…………じゃあ、手を放さないといけませんね」


彼女はそう言うも、その手は一向に離れる気配を見せず。そのまま時間が過ぎる。

温かな手の上に、雪が落ちては溶けていった。

彼女の顔へ目を向けると、その表情はいつぞや屋上でも見せた事のある、耳まで真っ赤に染め上げた顔をしていた。そして所在なさげに視線を迷わせている。

それを見て、僕も心臓の鼓動が早鐘を打っているのに気付いた。最初は何でもなかったのだが、やがて心臓を吐き出しそうになるまでになる。

このままでは埒が明かない。

僕は深呼吸して拍動と息を整える。そして、彼女へ声を掛けた。


「ところでさ。あの、件の返事について、なんだけど」

「……ッ!」


僕の言葉を聞いた瞬間、彼女も察しがついたのだろう。ビクッと微かに身を震わせ、僕から顔を背けてしまう。

それに釣られてか、僕も彼女へ目線を向けるのが難しくなってくる。


「あれ、別に今更返事なんてしなくてもいいと思うんだけど」

「それ、どういう意味なのですか」

「だって、あのとき君が言ってた関係って、そのー、もう半分は既に成立しているんじゃないかと思って」

「…………」

「だからさ、その痛ててててっ!?」


たどたどしく言葉を紡いでいたところへ、突然の痛み。ややあって、自分の頬を両側から(ぐにーっ)と引っ張られている事を理解する。

あまりの唐突さに驚くも、ふと気付けば彼女がむすっとした顔でこちらの顔を覗き込んでいた。


「意気地なし」

「痛たたたたたっ!」


そう呟きつつ、まるで普段僕がそうしているように頬を上下左右へ(ぐにぐに)と引っ張る。ていうかこれ、こんなに痛かったんだ。

暫くそうやって遊ばれたのち、彼女は頬から手を放すと僕の体へとよりかかった。

そうして、消え入りそうな声で問われる。


「……どうして、ちゃんと言葉にしてくれないのです」


彼女の重さと想いとを、全身に受ける。それはとても儚げで、まるで溶け行く雪のようだった。しかし同時に、その言葉はしっかりと重みを感じさせた。

彼女の肩が小刻みに震える。果たしてそれは寒さのせいか、それとも別な理由か。

それを、僕はどうする事もできずに佇んでいた。


「私、自分の気持ちに気づいてから、頑張ってアプローチしようとしたのですよ……?」

「アプローチの方法が耳かきと漫画一辺倒っていうのも、また凄く不器用な話だと思うけど」

「何もしない人に言われたくありません」


そう言われ、さらに体を預けられる。

彼女の言う通りだ。僕が何もしない間、或いはもっと前から、彼女は僕へ積極的に関わりを持とうとしてきた。例えそれが酷く不器用なものだったとしても、それでも自分なりに何が出来るのかを精一杯考えて実行してくれていた。


「ごめん。僕……あれから随分と時間も過ぎちゃったし、今更どうしたらいいのか、ただ言葉でそう伝えるだけでいいのか、そういうのも全然分からなくって」

「…………」

「改めて話すのは恥ずかしいし。先輩のときと違って、ちゃんと応じられるかも不安だったから。でも、きちんと伝えなきゃ駄目だよね」

「じゃあ、今、話してくれるのですか?」


彼女は僕の顔を見ないまま、そう言う。

それに対して、僕は息を整え、意を決して言葉を紡ぐ。

今までずっと考えていたことを。


「えっと、その……」

「…………」

「こ、これからもよろしく?」


歯切れの悪い言い方と共に、そう伝えた。

僕としては精一杯、最大限の思考で導き出した答えだった。

が。


「え、それだけなのですか?」

「うん?それだけって、まぁ、その、それだけ……だけど」

「散々焦らした挙句に『これからもよろしく』だけ、って……ムードも雰囲気も何も感じさせない言い草ですね」

「え……えぇーー」


玉砕であった。

否、玉砕というより斬殺である。バッサリと切り捨てられたような気持ちである。思わず「えー」などと情けない台詞を吐いてしまった。


「ちょ、これでも頑張って伝えたのに!」

「そんな気の利かない台詞だけだなんて、がっかりです」

「あーもう、そういう事を言われるかもって思ったから言いたくなかったんだけど!」


先程までの儚げな印象は何処へやら。肩をすくめて「やれやれ」などという仕草をしている彼女を見ていると、思わず頬を引っ張りたくなってしまう。というか、さっきまでのいい雰囲気を返してくれ。

羞恥心と気まずさとで顔が真っ赤になる。体温が5℃くらい上昇したのでは、と錯覚するほど顔が熱くなるのが分かる。

それを誤魔化すように、或いは言葉以外でも伝えられるように。

僕は黙って彼女の肩を抱いた。


「あ……」


先程まで体を預けられていたのもあり、その密着度はあまり変わらない。

だが、お互い体を寄せ合っているという状況が、再びその場の雰囲気を変える。


「さっきの言葉が駄目なら、こういうのはどう?」

「……はい。悪くないです」


彼女の顔は見えないが、どういう表情をしているのかは何となく察しが付く。それは向こうも同じだろう。彼女はされるがままに、ただじっとその身を預けてくれた。それはまるで、人間に抱っこされた子犬か子猫のようだった。

初めての行為に、僕自身も緊張が収まらない。だが、それでもじっと彼女の体を抱き続ける。

まるで、これまで出来なかった分を埋め合わせるかのように。

暫くそうして身を寄せていたが、やがてこちらから体を放した。

ちょっとだけ彼女は残念そうな顔をしていたが、このままずっと外に居たらお互い風邪を引きそうだ。あまり意識していなかったが、身も切るような寒さは相変わらずなのだから。

尤も、このままここにいたら恥ずかしいとか、そういった感情が無い訳では無いのだが。


「じゃあ、今度こそ僕は帰るよ」

「分かりました。では、また」


何とはなしにそう言葉を交わすと、僕は踵を返して家路を急ぐ。

その背中へ、彼女の声が届いた。その声は、どこか嬉しそうで。


「耳かき、次は私がしてあげますから。期待してて下さいね!」

「……じゃ、期待してる」


また耳かきか、とも思ったが、それと同時に彼女らしいとも思う。苦笑しつつ、それに応じる。

きっと、僕と彼女の関係というのは、そういう癒しと安らぎによって成り立っているのだろうから。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。


この作品は最初、第一話のみの短編で終わらせる予定でした。

ですが、以前とある御方からのアドバイスをもとに、連載ものを書いてみても良いのでは……と思い、急遽続きを書く事にしたのです。

ただ、当初予定していなかった分、あちらこちらに雑な部分が出来てしまったかと思います。

それも含めて、今回の作品は大きな勉強になりました。


また、予想よりも多くの読者に恵まれ、また評価して下さった事に驚きを感じております。

自分の作品がそれに値するかどうかは常に不安でして、そのなかでも評価やブックマークなどをして頂けました事、誠に感謝しております。


次回作がいつになるかは未定ですが、また何処かでお会いできればと思っております。(なお、次回作は耳かきや安らぎなどとは縁遠い作品になるかと思います)


では、これにて失礼致します。

御意見、御感想など頂けましたら幸いです。

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