騒がしい人たち
ティアが顕微鏡から顔を上げた。
「そんなの、あなた達が出る幕ないじゃない。盗賊団ごとき他の冒険者でもなんとかなるでしょ?」
「そうだけど…。相手はとにかく数が多いらしい。ギルド側も数を揃えて待ち構えると、盗賊たちは現れないそうだ。だから少数精鋭で制圧せよと、僕たちに白羽の矢が立ったわけだな」
「ふーん…。大変ね」
ティアはまた顕微鏡を覗く。
ハルはテーブルに手をついて身を乗り出した。
「報告に来ただけなんだよな?まさか、またティア様について来いなんて…」
リアムが慌てて両手をぶんぶんと振った。
「違うよ!まぁ、ティアが魔法を使えたら一瞬で制圧できただろうけど」
「一週間後に、大掛かりな仕入れが来るとの情報があるんだ。その中には、薬屋に関係するものもあるって聞いたから、念のため伝えに来たんだけど」
アーロットの言葉に、ティアはゆっくり顔を上げた。
「………なんですって?じゃあもし失敗したら、また薬草が狙われるかもしれないということ?」
ティアの目が据わっている。
ハルは嫌な予感がしてきた。
「まぁそうだね。僕たちも顔が割れたら、次から奴らも警戒するだろうし…」
「絶対一人でも逃がしてはダメよ。私も協力する」
やっぱり言うと思った。
ハルは大きなため息をついた。
アーロットとリアムは顔を見合わせた。
「しまったなぁ…。ティアなら盗賊なんて興味持たないって思ってたのに」
「そんなことないわよ?悪いことするなんて、絶対許せないんだから」
ティアはリアムにニコッと笑いかけた。
何か企んでいる顔だと、ハルにもすぐ分かる。
ティアは大きく伸びをした。
「痺れ草の効果は見れたし、私もしばらく薬は飲めないから、時間はあるわ。異論はないわよね」
こうなったらもう言うことを聞かない。
アーロットもため息をついた。
「待て待て!……じゃあ、俺も行く」
「は?」
「え?」
突拍子もないハルの言葉に、全員驚きの声をあげた。
「……お前がいても、ただの足手纏いだ」
ダリルが呆れ顔で振り返ると、ハルは意味深な笑顔を見せて走っていった。
戻ってきたその手には、ベルトに収められた短剣がある。
「おう、ダリル。俺も自分の短剣を買ったんだ。あんたに教えてもらったからな」
「だから、なんなんだ。素人のお前がいてなんになる」
「そうよ、ハル。訓練じゃないのよ、命の危険だって…」
ティアがダリルを援護する。
「そんなの、分かってる。みんなの実戦を見学するくらいいいだろ?」
しばしの間沈黙が降りる。
ティアはアーロットの顔を見た。
「……リーダーの判断に任せるわ」
「いや、僕もティアがいいなら…。まぁ、遠くから見るくらいなら、いいんじゃないか?」
「……だそうよ」
よし!ハルは拳を握った。
「甘いんだよ。現実を見せてやる。おい、外へ出ろ」
「おう。実は木に向かって自主練してたんだ。あんたが来るのちょっと待ってたんだよな」
ダリルが指でくいっと呼ぶと、ハルが楽しそうについていく。
「え!ちょっと面白そう!私見にいっちゃお」
その後ろをリアムがまた楽しそうについていった。
部屋にはティアとアーロットの二人が残される。
「本当にいいの?」
「良くはないだろうけど…。本人もふざけてなんかないんだろ?やる気があるのはいいことなんじゃないか?」
やる気ねぇ……。
窓から庭を見ると、ダリルとハルが向き合っている。
ハルがダリルに勝つことなんて、生涯かけても無理だわ。
でも、模擬戦とはいえ私を一度投げたのよね…。
「ハルの将来…。選択肢を増やすのも、悪くないかもね」
「選択肢か……。そうだな」
呟くティアの肩を、アーロットはポンと叩いた。
ティアはハルに代わって、夕食の準備をすることにした。
野菜を切る隣でアーロットも手伝っていく。
「……つまらん。実戦なんてもってのほかだ」
ダリルが勢いよくリビングの扉を開けた。
その奥からリアムの笑い声がする。
「そんなに落ち込むことないよー!ダリルに勝てるわけないじゃん!あはは!」
「それ、なんの慰めにもなってねーんだよ…」
リアムがハルの肩に腕を回しながら続いた。
ハルの顔を見たティアはぎょっとする。
「アザだらけじゃない!仕方ないわね…」
ティアはキッチンから離れて棚を探ると、消毒薬を持ってソファに座るハルの前に膝をついた。
綿に消毒薬を染み込ませて、ハルの頬をポンポン叩く。
「いて……。もうちょっと優しくしろよ」
「文句言わないの」
ダイニングに座ったダリルは、それを見ながら少しムッとした。
「ハルはどうだったんだ?」
「俺に触れることすらできない。分かってたがな。なぁ、ティア」
アーロットに答えて、ダリルは手のひらをティアに向けた。
「俺も手のひら、擦りむいたんだけど」
「え?どれ?」
まじまじと彼の手を見る。
「こんなの、唾つけとけば治るわよ。ハル、腕も出して」
「……ぅぐ…!」
悔しそうに小さく震えるダリルを見て、リアムがゲラゲラ笑った。
「唾だって!私舐めようか?」
「うるさい!いらねーよ!」
「怖いなぁ、冗談じゃん!ダリルったら、ハルにティアを取られて悔しいんだもんね!」
「お前…!それを言うな!」
リアムにつられて、アーロットもゲラゲラ笑い始めた。
「おい!アーロットも笑うんじゃねぇ!」
「……っはは!二人が面白すぎるのが悪い」
「えー?何がそんなに面白いの?」
「いいからリアムは黙ってろ!」
三人の笑い声と大声が部屋に響く。
「なぁ、あんたらって昔からずっとこんな感じなのか?」
「まぁね。うるさいでしょ」
「いや、うるさいっつーか……。楽しそうでいいんじゃないか」
「そうね。旅は飽きなかったわ」
ティアは立ち上がってキッチンに戻ろうとする。
ハルもそれを追いかけた。
「野菜切ってくれてたんだな。俺もやる」
「そう?……傷だらけなのに、ハルなんだか楽しそうね」
「別に。いつも通りだ」
旅…か。俺もしてみたい。
みんなといつか一緒に行けたら、楽しそうだなって想像したのは内緒だ。
商人が王都に到着する当日、ティアたちは早朝からギルドで待ち合わせることになった。
盗賊団がどこで襲撃してくるかは分からない。
まずは商人を見つけ出し、その動きを把握しながら盗賊団が現れるのを待つ。
それが今回の作戦らしい。
アーロットとリアムが、受付嬢と何か確認や打ち合わせをしている。
ティアとハルは引いたところでそれを見ていた。
ダリルは壁に体を預けて目を閉じている。
「今まで何回か襲われてるんだろ?襲撃地点の予測はできないのか?」
「決まった場所じゃないから、分からないらしいわ。先に商人を見つけないと」
会話しているティアとハルに、背後から近づく男がいる。
ダリルはそれに気付いたが、あえてまた目を閉じた。
「おい、お前。見ねぇ顔だなぁ。なんで勇者様たちとつるんでるんだ?」
肩が強く握られる。
ハルは僅かに首を向けて、男の顔を見た。
「ティア様、知り合いか?」
さぁ?とでも言いたげに、彼女は冷笑して首を振った。
「おい!聞いてんのか!」
ハルの肩が後ろに強く引っ張られた。
咄嗟に腕を取って体を翻し、同じくらい背丈の男を一回転させる。
「ぐぇっ……!」
男は蛙のような呻き声を上げて体を丸めた。
「俺に触るな。……で、こいつ誰なんだ?」
「知らないわよ」
「そうだな、聞く相手を間違えた」
ハルはふっと鼻で笑う。
それを見た別の受付嬢がパタパタと走ってくる。
「またやってる…!もう、レグアさん!次新人狩りしたら、冒険者資格剥奪しますからね!」
レグアと呼ばれた男は呻きながら立ち上がると、ぶつぶつ何かを言いながらギルドから出ていった。
受付嬢がペコペコと頭を下げた。
「ラミア様のお付きの方に、本当にすみません…!次はないように釘を刺しておいたので…」
「違うわ。あなたも見てたんでしょ?」
え?と受付嬢は顔を上げる。
「ハルはもうただの助手でも、付き人でもないわってこと。彼自身の力で、あの男を撃退したでしょ?」
「……まぁな」
ハルはへへっと笑った。
受付嬢は感心したように、長身であるハルを見上げた。
「ラミア様にそこまで言わせるなんて…。将来有望ですね!」
真っ直ぐ見つめるキラキラした瞳が眩しい。
顔を背けるハルを見て、ティアはふふっと笑った。
二人に、アーロットとリアムがニヤニヤ笑いながら近寄ってくる。
「さぁ、行こうか」
五人はギルドを後にした。
ティアの隣を歩くハルの背中を、ダリルは肩で押した。
「……さっきの、悪くなかったな」
ハルは口をポカンと開ける。
先を歩く彼の肩を、逆にポンと叩いた。
「あんたが褒めてくれるなんてな、今日は嵐か?」
「うるさい、触るな」
ダリルが嫌そうに肩の手を払う。
「面白いわね」
「だね!」
「本当にな」
ティアの呟きに、リアムとアーロットが賛同した。
ダリルのキャラが面白すぎて、他のキャラよりつい濃く書きたくなってしまいます。
完全に作者の癖です。認めます笑




