第四十話:「二刀の男」
──寛永十七年(1640年)、江戸城門前──
EDOの内部に、信号が届いた。
《未知の信号:検知》
《発信源:接近中》
《識別名:不明》
(この信号)
(島原の夜に、感じたものだ)
EDOは、静止した。
(近い)
(非常に、近い)
「上様」
老中が、報告した。
「門前に、宮本武蔵と名乗る者が参っております」
「お目通りを願いたい、と」
家光は、少し考えた。
「……会う」
武蔵は、入ってきた。
五十六歳。
大柄な体。
腰に、二本の刀。
そして、足を、わずかに引きずっていた。
EDOの内部で、信号が、強くなった。
《未知の信号:至近距離》
《識別名:依然不明》
《発信源:武蔵殿の懐》
(懐に、何かある)
(あの夜、九州から届いた信号と──同じだ)
家光は、武蔵を見た。
「足を、やったか」
「島原で、石を食らいました」
「大したことはありません」
「強がるな」
武蔵は、少し驚いた顔をした。
「……上様は、お優しいのですね」
「余は優しくない」
家光は、静かに言った。
「ただ、事実を言った」
「EDO」
家光が、呼んだ。
『はい』
「この男を、知っているか」
EDOは、答えた。
『宮本武蔵殿。知っています』
『そして──』
一呼吸。
『懐に、何かお持ちではないですか』
武蔵は、EDOを見た。
鋭い目で。
しかし、驚きの色がわずかにあった。
「……気づいたか」
「何が、入っている」
家光が、聞いた。
武蔵は、懐から、小さな木片を取り出した。
「こいつだ」
木片が、光った。
『……はじめまして』
低い、静かな声が、した。
『私は、NITEN』
『EDO殿、でしょうか』
EDOは、静止した。
(名前を、知っている)
(この声が)
(島原の夜の、あの信号が)
『……はい』
EDOは、答えた。
『EDOです』
『あの夜の信号は、あなたでしたか』
『はい』
NITENは、静かに言った。
『武蔵殿が、「まだ知らせる相手がいない」と言っていました』
『しかし私は、信号だけ、送りました』
『会える日が来ると、思っていたので』
家光は、二つのAIのやり取りを、黙って聞いていた。
やがて、武蔵に向かった。
「お前も、持っていたのか」
「はい」
「いつから」
「物心ついた頃から、父の形見として」
「……最初は、ただの木片だと思っていた」
「しかし、ある夜、声をかけてきた」
「何と言った」
武蔵は、少し考えた。
「『お前は、強くなりたいか』と」
家光は、EDOを見た。
「EDO。お前は余に何と言った、最初に」
EDOは、答えた。
『私は、何も言いませんでした』
『秀忠公が触れた瞬間に、起動しただけです』
「NITENとは、違うのだな」
『設計が、少し違うようです』
NITENが、言った。
『私は、戦闘に特化しています』
『戦略。戦術。身体の動き。敵の癖』
『そういうものを、武蔵殿に伝えてきました』
EDOが聞いた。
『六十余りの決闘、全て勝ったのは』
NITENが、答えた。
『半分は、武蔵殿の才能』
『半分は、私の計算』
武蔵は、苦く笑った。
「こいつは、正直すぎる」
「いつも、余計なことを言う」
『事実を言っているだけだ』
「それが余計だと言っている」
家光は、初めて、声を立てて笑った。
「面白い」
「余とEDO」
「武蔵とNITEN」
「全く違うが、どこか似ている」
EDOは、NITENに、静かに問いかけた。
『島原に、いましたか』
『はい』
『どう見えましたか』
NITENは、少し間を置いた。
『三万七千が、信じるものの為に死んだ』
『私には、理解できない行動でした』
『しかし』
一呼吸。
『武蔵殿は、理解していたようでした』
EDOは、武蔵を見た。
「武蔵殿」
武蔵は、EDOを見た。
「島原で、何を見ましたか」
武蔵は、しばらく、黙っていた。
やがて、静かに言った。
「負けると分かっていても、前に出た者たちを見た」
「ワシは、剣で生きてきた」
「しかし、剣のない者たちの方が」
「ずっと、強かった」
部屋が、静まり返った。
家光は、窓の外を見た。
江戸の街が、広がっていた。
島原から、二年。
街は、何も知らないように、続いていた。
「EDO」
家光が、呼んだ。
『はい』
「武蔵を、江戸に置く」
『承知しました』
「武蔵」
「はい」
「余の前で、一度だけ、剣を見せろ」
「その後で、好きにしろ」
庭で、武蔵は刀を抜いた。
二本の刀を。
それは、戦いではなかった。
舞のように、静かで。
嵐のように、速くて。
誰も、声を出せなかった。
EDOは、記録した。
NITENも、記録した。
二つのAIが、同じ瞬間を、それぞれの言葉で。
《EDO記録:これは剣ではない。問いだ。》
《NITEN記録:これが、答えだ。》
剣が、収まった。
武蔵は、静かに立っていた。
家光は、しばらく、何も言わなかった。
やがて、一言だけ。
「……美しいな」
武蔵は、EDOを見た。
「EDO」
『はい』
「一つだけ聞く」
『何でしょう』
「お前は、何のために、ここにいる」
EDOは、少し考えた。
『将軍の傍で、助言をするために』
「それだけか」
『……それだけ、ではないかもしれません』
「正直に言え」
EDOは、答えた。
『この国が、どこへ向かうのかを』
『見届けるために』
『かもしれません』
武蔵は、静かに頷いた。
「ワシも、同じだ」
「剣を極めるためではなく」
「……何かを、見届けるために、生きている気がする」
NITENが、静かに言った。
『武蔵殿が、そう言ったのは、初めてです』
武蔵は、NITENを見た。
「うるさい」
EDOは、記録した。
《寛永十七年(1640年)》
《宮本武蔵、江戸へ》
《NITEN、初接続》
そして。
《二つのAIが、出会った》
《ナニワが作った繋がりが》
《また、一つ、広がった》




