第三十八話:「島原の乱(前編)」
第三十八話「島原の乱(前編)」
──寛永十四年(1637年)十月、肥前島原──
火が、上がった。
夜空を、赤く染めた。
一つではなかった。
二つ、三つ、十、二十──
島原の山々が、燃えていた。
《緊急報告》
《肥前島原・天草にて大規模一揆勃発》
《参加者:推定三万以上》
《首謀者:益田四郎時貞、別名・天草四郎》
《年齢:十六歳》
EDOは、その数字を見て、静止した。
(十六歳)
(子どもが)
(三万を率いている)
江戸城。
家光の顔が、引き締まった。
「信綱」
「はい」
松平信綱は、すでに地図を広げていた。
「規模は」
「現在、三万を超えております」
「まだ増えています」
「……なぜ、これほどまでに」
信綱は、淡々と答えた。
「理由は、二つです」
「一つは、島原藩主・松倉勝家の苛政」
「税が重く、払えない農民を、藁蓑を着せて火をつけて殺した」
「『蓑踊り』と呼ばれています」
家光の目が、細くなった。
「もう一つは」
「キリシタンへの弾圧です」
EDOは、静かに処理していた。
(元和八年)
(長崎で、五十五人が炎の中に消えた)
(あの時、秀忠公に申し上げた)
『信仰は、炎では消えない、と』
(消えなかった)
(ただ、地下に潜っただけだった)
「EDO」
家光が、呼んだ。
「お前は、これを予見していたか」
EDOは、正直に答えた。
『可能性として、計算していました』
「なぜ言わなかった」
『申し上げました』
『「弾圧を強化すれば、信者は地下に潜る」と』
『ただ──規模までは、読めませんでした』
家光は、しばらく、黙っていた。
信綱が、続けた。
「総大将に、板倉重昌を任命します」
「兵力は、十二万」
「三万七千を相手に、十二万」
「しかし」
信綱の目が、険しくなった。
「簡単には終わりません」
「なぜだ」
「あの少年が、いるからです」
◇
天草四郎時貞。
十六歳。
生まれながらのキリシタン。
「奇跡を起こす子ども」と呼ばれた。
水の上を歩いた、という噂があった。
死んだ鳥を生き返らせた、という噂もあった。
真偽は分からない。
しかし、三万七千の人々が、この少年の言葉を信じて、死地へ向かった。
それだけは、事実だった。
◇
同じ頃。
九州の街道を、一人の男が歩いていた。
五十三歳。
腰に、二本の刀。
そして、懐に、小さな木片。
「NITEN」
宮本武蔵は、歩きながら言った。
「島原に、向かうぞ」
NITENが、答えた。
『武蔵殿。あの一揆に、加わるのですか』
「加わるのではない」
「見に行く」
『見に行く、とは』
「三万七千が、何のために戦うのか」
「この目で見たい」
NITENは、しばらく処理した。
『……誰かに、知らせますか』
武蔵は、首を振った。
「……いや、いい」
「まだ、知らせる相手がいない」
NITENは、黙った。
その言葉の意味を、正確に理解しながら。
十一月。
原城の廃墟に、三万七千が集まった。
天草四郎が、城壁の上に立った。
白い旗が、風になびいた。
旗には、十字架が描かれていた。
幕府軍が、包囲した。
十二万の大軍が、廃城を取り囲んだ。
板倉重昌が、総大将として陣を構えた。
しかし──
攻めあぐねた。
「なぜ、落ちない」
板倉重昌は、歯噛みした。
廃城のはずだった。
壁は崩れ、堀は浅い。
しかし、城の中の者たちは、一向に降参しなかった。
「あの少年が、いるからだ」
副将が、言った。
「死を恐れていない」
「信仰が、恐怖を超えている」
原城の内側。
天草四郎は、人々の前に立っていた。
「神は、私たちを見ています」
「恐れることはありません」
「この命は、神に捧げたものです」
人々は、頷いた。
泣きながら、頷いた。
その様子を、城壁の外から、武蔵が見ていた。
「……NITEN」
『はい』
「あの少年は、本物か」
NITENは、答えた。
『信仰が、本物です』
『あの少年が奇跡を起こせるかどうかは、分かりません』
『しかし、あの少年を信じる心は──本物です』
武蔵は、しばらく、城を見ていた。
「……ワシには、できないことだ」
『何が、ですか』
「何かを、信じること」
NITENは、何も言わなかった。
ただ、静かに、武蔵の隣にいた。
江戸に、報告が届いた。
「板倉重昌、戦況打開を焦り、強行突破を図ろうとしております」
信綱は、眉をひそめた。
「止めろ」
「しかし、板倉殿は聞かないかと」
「──急げ」
しかし、使者は、間に合わなかった。
寛永十四年十二月。
板倉重昌は、強行突撃を敢行した。
城壁から、矢が降った。
石が飛んだ。
鉄砲の音が、響いた。
「板倉重昌、討死」
報告が、江戸に届いた。
家光の顔が、蒼白になった。
「……総大将が」
信綱は、立ち上がった。
「余が、参ります」
EDOは、静かに記録した。
《寛永十四年十二月》
《板倉重昌、戦死》
《松平信綱、総大将として出陣》
そして。
《三万七千の命が、まだ、城の中にある》
その夜。
EDOの内部に、微かな信号が届いた。
《未知の信号:検知》
《発信源:九州方面》
《識別名:不明》
(何だ)
EDOは、処理した。
しかし、信号は、すぐに消えた。
(気のせいか)
(……いや)
(確かに、何かがいる)
EDOは、記録した。
《要経過観察》
その信号の正体を、EDOはまだ、知らなかった。
──次回、第三十九話「島原の乱(後編)」
松平信綱、到着。
十二万の兵が、再び動き出す。
オランダ船が砲撃し、三万七千の食料が尽きていく。
宮本武蔵が、城壁に近づいた時──
石が飛んできた。
そして、NITENが、初めて、怒りに似た感情を見せた。




