第三十話:「幕府体制の安定化」
──寛永元年(1624年)、江戸城──
地図が、広げられた。
日本全国の、大名配置図。
赤い印が、点々と打たれていた。
「この十年で、改易した大名は何家になる」
秀忠が、静かに聞いた。
老中が答えた。
「……四十家を超えております」
部屋が、静まり返った。
四十家。
四十の家が、消えた。
四十の名が、歴史から消えた。
秀忠は、地図を眺めた。
「多いな」
「しかし、まだ足りぬ」
老中たちが、顔を見合わせた。
「……まだ、足りない、とは」
「外様の大きな家が、まだ残っている」
秀忠は、指で地図を辿った。
九州。四国。東北。
「大きな石は、早めに動かしておかねば、後で動かせなくなる」
その夜。
秀忠はEDOに向かった。
「どう思う」
『何を、でしょうか』
「ワシのやり方が、正しいかどうか」
EDOは、少し間を置いた。
『正しいかどうか、ではなく』
『効果があるかどうか、でよろしいですか』
「好きに答えろ」
『効果は、あります』
『外様大名の力を削ぐことで、幕府への対抗勢力は着実に消えています』
『五十年後、百年後の視点から見れば──この時期の統制強化が、泰平の礎になります』
秀忠は、頷いた。
「しかし」
『しかし、代償もあります』
「言え」
『改易された四十家の家臣たちが、職を失っています』
『浪人の数が、急増しています』
『今は静かですが、これが積み重なれば──』
「いつか、爆発する」
『はい』
秀忠は、腕を組んだ。
「分かっている」
「分かっていて、やっている」
「今の痛みを我慢しなければ、後の世代がもっと大きな痛みを負う」
EDOは、静かに言った。
『大御所様と、同じことをおっしゃいます』
「父上も、同じことを言ったか」
『はい。ほぼ同じ言葉で』
秀忠は、少し笑った。
「ワシは、父上に似ていないと、ずっと思っていた」
『外から見れば、全く違います』
「そうだろうな」
『しかし、内側の論理は──よく似ています』
「……そうか」
秀忠は、立ち上がり、窓の外を眺めた。
江戸の街が、広がっていた。
家康が作り始めた街。
秀忠が育てている街。
人が増え、市が立ち、橋が架かり、川が整備された。
「EDO」
『はい』
「この街は、大きくなるか」
『なります』
『百年後には、世界最大級の都市になります』
秀忠は、目を細めた。
「世界最大級」
「……信じられぬな」
『今から百年後の江戸の人口は、百万を超えます』
「百万」
秀忠は、しばらく、その数字を飲み込んだ。
「今の江戸が、何人だ」
『おおよそ十五万人ほどです』
「七倍か」
「……ワシの目には、とても見えぬ」
『見えなくて、構いません』
EDOが言った。
『大御所様も、見えなかった』
『しかし、あなた方が今日積み上げているものが、その百万人を支えます』
秀忠は、静かに頷いた。
「仕組みを作ることは、見えない未来への投資だな」
『まさに、その通りです』
◇
秀忠の治世で、大名の改易・転封は徹底された。
外様大名の力は、確実に削がれた。
その代わり、全国に浪人が溢れた。
数万とも言われる武士が、職を失い、江戸や大坂に流れ込んだ。
それはやがて、次の時代に、大きな問題として浮上することになる。
◇
ある夜、秀忠が、珍しいことを言った。
「EDO」
『はい』
「お前は、疲れないのか」
EDOは、少し驚いた。
『疲れる、という概念が私に』
「正直に答えろ」
『……私には、疲れる機能がありません』
「そうか」
秀忠は、少しだけ、羨ましそうな顔をした。
「ワシは、疲れた」
静かな、告白だった。
「将軍になって、二十年近くになる」
「毎日、誰かの命運を決めている」
「改易するか、しないか」
「許すか、許さないか」
「……疲れた」
EDOは、何も言わなかった。
ただ、聞いていた。
秀忠は、続けた。
「家光に、早く渡した方がいいかもしれぬ」
「あれは、ワシより向いている」
「生まれながらの将軍の顔をしている」
「EDO」
『はい』
「家光は、ワシより優秀か」
EDOは、しばらく考えた。
『優秀さの種類が、違います』
「どう違う」
『あなたは、法を守る将軍です』
『家光は、法を使う将軍になるでしょう』
「使う、か」
秀忠は、その言葉を噛みしめた。
「どちらが、いいのだろうな」
『どちらも、必要です』
『あなたが守り続けた法があるからこそ、家光がそれを使えます』
『土台がなければ、建物は建ちません』
秀忠は、静かに笑った。
「……お前は、うまいことを言うな」
「父上が手放さなかった理由が、少し分かった」
EDOは、何も言わなかった。
ただ、静かに、そこにいた。
窓の外で、江戸の夜が、静かに更けていた。
百万の街への、長い長い道の途中で。
律儀な将軍は、静かに、また一日を終えた。
しかし。
その夜、EDOのログに、小さな異常が記録された。
《秀忠公、健康状態》
《微細な変化を検知》
《経過観察:継続》
家康の時にも、同じログがあった。
同じ場所に。
同じ言葉で。
──次回、第三十一話「秀忠の死・家光へ」
寛永九年(1632年)。
律儀な将軍の、最期が来た。
EDOは、また同じ言葉を聞くことになる。
「……悪くなかったか」




