S11:女神アイシア
サラ視点に戻ります。
会議が一段落し、みんなが去って、一人考え事をしていたその時だった。
室内の空間が、水面のようにゆらりと歪む。
柔らかな光が満ち、次の瞬間、その中心から一人の女性が姿を現した。
「ふふ。皆さん、外で聞いていましたけれど――なかなか面白そうな計画を立てていますね」
女神アイシア。
悪戯めいた笑みを浮かべ、まるで芝居を楽しむ観客のように、私たちを見渡してくる。その表情は掴みどころがなく、けれどどこか心底楽しそうだった。
「サラさん。あなたがこのイベントを円滑に進行できるよう、少しばかり“特別”な権能を授けましょう」
そう言って、アイシアは優美な杖を軽く振る。
次の瞬間、私の視界――いや、意識の奥に、見覚えのない操作ウィンドウが展開された。
『システムメッセージ』
プレイヤー全員へ直接、意思を届けるための“声”。
運営者としての権限を、私は正式に手に入れたらしい。
「さらに、イベントの補佐として、私の配下である二人の天使を――あなたの部下として預けますね」
光の粒子が弾け、アイシアの背後から二人の少女が歩み出た。
左に立ったのは、淡い紫の長髪を揺らす天使。
向日葵を思わせる金色の瞳が、静かに私を捉えている。白いドレスに青いリボン。背中には、曇り一つない純白の翼。
「天使セイス=オルディナです。サラ様。微力ながら、お力添えいたします」
控えめながらも芯の通った声。
その瞳には、揺るぎない忠誠心が宿っていた。
対照的に、右側の天使は、元気いっぱいに手を振ってくる。
桜色の髪をハーフアップにし、紫の瞳をきらきらと輝かせている。胸元の金の十字架や、髪にあしらわれたハートの飾りが、彼女の快活さを一層引き立てていた。
「ナナエル=ソフィアだよっ! サラちゃん、よろしくね!
面白いイベント、いーっぱい作っちゃおう!」
その無邪気な笑顔に、張り詰めていた神経が少しだけ緩むのを感じた。
「さて……私は他にも管理する宇宙があって、忙しい身でして」
アイシアは肩をすくめる。
「今後は、こちらの世界にあまり干渉できません。異邦人たちのことは、サラさん――あなたに、すべてお任せしますね」
そう言い残すと、彼女は再び光の粒子となり、嵐のように消え去った。
静寂が戻った室内で、私は一人、思考を巡らせる。
手に入れた“支配者階級スキル”。
それは一見、神の如き権能に見える。だが、実態は――呪いに近い。
たとえば、イレーヌから引き継いだ『聖女』。
強力な治癒能力と引き換えに、「生まれた国を離れると大幅に弱体化する」という致命的な制約を抱えている。
私が設計した『神聖魔法』なら、信仰心次第で同等以上の治癒が可能で、しかも移動制限もない。
そう考えると、『聖女』というスキルは、特別どころか、ただの足枷だ。
さらに厄介なのは、支配者階級スキルが微かな自我を持ち、相応しい宿主を求めて自動的に宿るという点だ。
もし、野蛮な国家に『聖女』が渡ったら?
持ち主は拉致され、戦争の道具として檻に閉じ込められるだろう。
逃げようにも、国を出れば弱体化し、生き延びることすら困難になる。
強力すぎて手放せない。
だが、受け入れれば、必ず歪みを生む。
――本当に、これは“バグ”なのだろうか?
アイシアは言っていた。
地球の人々に暗示をかけ、異世界ものの物語を大量に生み出させたと。
異世界小説が書かれるまでの女神のイメージは、人知を超えた至高の存在だった。
しかし、異世界小説に描かれる女神は、どこかポンコツで、親しみやすい存在が多い。
その結果、女神という概念そのものが、「至高」から「愛嬌」へと書き換えられた。
もし彼女が完全無欠の存在なら、こんな欠陥が生まれるはずがない。
だが――「ポンコツな女神」なら?
私たちはきっと、納得してしまう。
この“納得”こそが、彼女の仕掛けた罠ではないのか。
何より不自然なのは、私自身だ。
本来なら、もっと慎重であるはずの私が、なぜここまであっさりと管理者の座を受け入れたのか。
もし、アイシアの暗示が――私にも及んでいたとしたら?
「……すべては仮定」
小さく息を吐く。
仮に彼女が黒幕だとしても、今の私に選択肢はない。
管理者になったことに後悔はしていない。
ミレイユやセレンを救えたのも、紛れもない事実だ。
けれど、決めた。
女神アイシアを、盲信することだけはやめよう。
あの笑顔の裏に、底知れない計算がある可能性を、常に意識しておく。
「さて……まずは、プレイヤーたちを驚かせてあげようか」
私は、新たに手に入れたシステムメッセージのウィンドウを開いた。
疑念は胸の奥に沈め、
感情ではなく“判断”で世界を動かす。
――私は、管理者サラとして、この世界の幕を上げる。
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