19.政樹さんのことは何と言っても構いませんが
今日から1日朝昼晩の3回更新します!
5/30に完結予定です!
「小島さん、お疲れ様」
「ほんと大変よね、副会長って」
「まぁ、ね。少しは大変かしら」
「だって、会長があれですもの、ねぇ?」
「ねぇ? もういっそ、小島さんが会長でいいのに、なんであんな……」
「ちょっと、聞こえるわよ」
母親グループはちらちらと明のいる方を見ては、小さく笑いながらも声のトーンを落とそうとはしない。
聞こえても構わないと思っているのだ。
明は俯き、唇を噛んでいる。
「仕方ないわよ。ただ子供が生徒会長やってるってだけで選ばれたんだから」
「でもその子供だって、本当の子供じゃないんだし」
「生徒会長って、選挙なんでしょ?」
「ええ、でも立候補者は一人しかいなかったらしいのよ」
「そうなの?」
「なんだ、それなら親と似たようなものじゃない」
「そうよねぇ。あーあ、小島さんちの息子さんが生徒会長だったらなぁ」
ぴくりと明の肩が震える。岡田は神妙な表情で、明と小島たちを交互に眺めていた。
「無理よ、先生のエコひいきで生徒会長になったっていう噂だもの」
「えーっ、なぁにそれ」
「だってそうでもないと説明つかないじゃない」
「お母さんが若いと得よねぇ」
「何、そういうことなの?」
くすくすと笑い声が聞こえる。
飛んでくる好奇の視線に、握りしめた明の拳は、ふるふると小刻みに震えている。
それを見て、岡田はつい声を上げた。
「ちょっと、それはないんじゃないですか!?」
「な、何よあなた」
「こっちが黙って聞いていれば……ってあれ?」
「政樹さんのことは何と言っても構いませんが、明さんのことを悪く言うのは許しません!!」的なことを言おうとした岡田だったが、途中であれっと首を傾げた。
声をあげた自分のことを見ていると思われた小島が、どこか違うところを見つめて唖然としていたのだ。
視線を追うと、岡田の背後に向いている。
岡田が振り返るより早く、その視線の先から、明が小島の元へと歩いていった。
「え?」
岡田が、明の姿を捉えたその瞬間。
パシンと、音が響いた。
小島は頬を押さえ、目を白黒させて明を見る。
自分の頬を叩いた相手を、見る。
「私のことは、何と言ってもいいです。でも」
明は、きっと小島を睨み、そして毅然とした口調で言った。
「政樹の……私の息子のことを悪く言わないで」
しん、と、その場が静まり返った。
岡田にこの体から汗が吹き出し、そしてその瞳が爛々と輝き出す。
修羅場である。
岡田が待ち望んだ、手に汗を握る展開である。
これから起こる出来事に、彼女は胸を膨らませた。
面食らっていた小島が我に帰り、口を開いて何かを言おうとする。
すべてが動き出そうとした、その時。
「失礼しまーす」
体育館の扉を開けて、政樹が現れた。
「追加の資料届けに来ましたー」
とか言いながら、手に抱えた資料を次々と椅子の上に配っていく。
「失礼しましたー」
配り終え、さっさと立ち去ろうとした。
そこでやっと顔を上げ、周囲の異様な雰囲気に気づく。
政樹は明らかに「えっ何これ怖い」とテンパッた表情をして、そして岡田をその目に捉えると「お前の仕業か!」と顔をしかめた。
岡田はただ、ぶんぶんと首を左右に振って否定する。
しかし心の中で岡田の仕業だろうと自己完結した政樹は、残りのプリントを手に持って、明と小島の間に割り込んだ。
「小島さん、これ資料っす」
「え、あ、はぁ……」
髪を逆立てんばかりに怒りを蓄えていた小島は、政樹の登場ですっかり出鼻をくじかれていた。
差し出されたプリントを素直に受け取り、目を落とす。
しばらく黙ってから、また怒りが込み上げてきたのだろう、政樹を睨みつけ、声を上げた。
「ちょっと、あなた」
「あと、あんま言わない方がアレかもしんないですけど」
「え?」
「さっき、ここに来る途中でなんすけど。小島さんの息子さんが、なんか数人の男子生徒に囲まれてまして」
「はぁ!?」
「あんまりいい雰囲気じゃないっていうか……もしかしたら様子見に行った方が良い感じのアレかもしれないんすけど、どうしましょう」
「ど、どうしましょうって、あなたねぇ!!」
沸点に達していた怒りの矛先が、明から政樹へとシフトする。
「なんで止めないのよ! あなた、生徒会長でしょ!?」
「いや、何か怖かったんで」
「はぁあ!?」
怒りのあまり言葉にならない呼気を発していた小島だが、息子への心配が怒りに勝ったのだろう、身体を反転させ、体育館の出口を目指す。
「あ、小島さん」
「何よ!!」
「これ、息子さんがいた場所の地図です。一応書いてみたんでどうぞ」
「…………」
出口に向かっていた小島は、一旦足を止め、鼻息も荒く戻って来ると、政樹の手から紙きれを奪い取り、またどしどしと歩いて行った。
残された一同に、沈黙が流れる。
政樹は気まずそうに頭をかき、そして愛想笑いを浮かべ、「それじゃ、これで」とか言って立ち去ろうとする。
その服の裾を、明が掴んだ。
不安げなその瞳に見つめられて、政樹はまた戸惑った表情をする。
「政樹おに」
「……大丈夫だから」
明が名前を呼ぼうとしたのを遮るように言い、政樹は明の頭を無造作に撫でた。
そして逃げるように体育館から出て行く。
それは政樹のことなかれ主義を知らない人間から見れば、母親を思いやる、見ようによっては胸を打たれるような行為にも見えただろう。
しかしここしばらく政樹と共に過ごし、その性格を幾分か理解した岡田にとっては、人前で「政樹お兄ちゃん」と呼ばれるのを避けるために取った行動にしか見えなかった。
結果として、政樹を知る者も知らない者も、しばらく呆然と立ち尽くすことになった。




