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「生徒会長」に夢を見すぎの後輩に誰か現実を教えてやってくれ  作者: 岡崎マサムネ


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19/31

18.お母さんは女子高生とか! PTA会長はJKとか!

「えと、では、今回の議題は、体育大会の、」

「今回の議題は来たる体育大会に向けてのPTA役員の役割分担についてです」

「あ……」


 高橋明が全てを言い終わる前に、その言葉は小島美知子に引き取られてしまった。

 多くの母親が集うその場で、セーラー服の明は明らかに浮いていた。


「あの、小島さん。私が……」

「結構です。進行の邪魔ですから座っていてください」

「…………」


 しばらく何も言えずに立ち尽くしていたが、やがてため息と共に力無く、会場の隅のほうのパイプ椅子に腰掛ける。


 むにゅう。

 と、臀部ないし背中に柔らかな感触があった。


「ひっ!?」


 思わず飛び上がり、椅子を振り返ると。


「お気になさらず」


 岡田にこが、精一杯椅子と同化して……つまりただ椅子に深く腰掛けて……そこにいた。

 二度見したくなる程度には、異様な光景だった。


「あの、あなた、確か、政樹お兄ちゃんの」

「岡田にこと申します」

「あ、はい、高橋明です……じゃなくて」

「私はただPTA総会の偵察に来ただけですので」

「いや、私座れないんですけど」

「お気になさらずどうぞ」

「無理ですよ!」


 小声の抗議を受けて、岡田は椅子をがたごと言わせながら、明の背後に回った。

 明はほっと息をつき、今度こそ腰掛ける。


「明さん」

「な、何?」

「推測するに、明さん、PTA会長ですね?」

「……うん。そうです。私が、PTA会長です」

「政樹さんの母親だからですか?」

「うん」

「いいなぁ!!」


 岡田は突如叫び、びたんびたんと床を転がり回った。

 周囲の母親たちが一瞬こちらを振り向いて、見なかったことにしようとそそくさと視線をそらす。

 係わり合いになりたくない一心で、皆が今までにないくらいに総会の資料や議題に集中していた。


「え、ちょ」

「お母さんは女子高生とか! PTA会長はJKとか! なにそれ! いいなぁ!! 政樹さんなんかよりこっちのがずっといいじゃんかさ!! なんで先に言わないのさ!!」

「岡田さん、落ち着いて」

「さては政樹さん、これが嫌で私を行かせまいとしたんですね!? なんと小賢しい! まぁ私は!? 中途半端とか嫌だから!? ちゃんと最後まで政樹さんの面倒みますけどね!? 逆光源氏みたいな!? 私が育てた生徒会長みたいな!? ヒャホーウやりがいヒィッフー」

「さっきから誰と会話を!?」


 ひとしきり床を転げ回った岡田は、疲れたのか動きを止めた。

 それを見下ろし、明は呟く。


「私、確かにPTA会長だけど……なんにもすごいことないですよ。今日はたまたま時間が合ったから来れたけど、普段は学校があるからなかなか会合に来れなくて……いつも副会長の小島さんがやってくれてて」

「いいんですよ、インパクトがあれば実態はどうでも」

「それに、母親としても、まだまだうまく出来ないことばかりだし」

「そこですよ」


 床に仰向けになったまま、岡田はびしりと明を指差す。


「政樹さんもよく分かってないみたいでしたけど。何故、妹キャラがいきなり母親に?」

「妹キャラ……?」

「お気になさらず」


 明はポニーテールを揺らしながら首を傾げ、そして俯いた。


「私が、政樹お兄ちゃんのお母さんになった理由かぁ。……考えたこともなかった」

「ないんですか!?」


 さしもの岡田も飛び起きた。


「考えもなしに、そんな人生の決断を!?」

「あ、ううん、違くて……政樹お兄ちゃんのお母さんになるとは考えなかったけど……でも、私思ったんです。政樹お兄ちゃんの家族になりたいって」

「家族、ですか」

「うん、家族」


 ふにゃっと笑い、明は岡田の目を見る。

 困ったような笑顔には、迷いは少しも見られない。


「私、小さい頃に両親が離婚して……お兄ちゃんのいた社宅からも引っ越すことになって……すごく寂しかった。それでも、この街にいたから頑張れた。仲が良かったころの両親と、政樹お兄ちゃんと過ごした、楽しい思い出のあるこの街にいられたから。でも、母の仕事の都合で、海外に行かなくちゃならなくなって」

「な、なかなか波瀾万丈ですね」

「それが、どうしても嫌で。でも私にはどうしようもないから、最後にこの街を歩いてみようって思ったの」

「ここから回想ですか」

「そこで、政樹お兄ちゃんと偶然再会して……その時、分かったんです。政樹お兄ちゃんは、昔から、何一つ変わってないって」


 俯き、足元に視線を投げかける。

 来客用の抹茶色のスリッパを見つめながら、彼女は続けた。


「他愛もない話しかしなかったけど、分かったんです。だから、私は」

「何か嫌な予感が」

「政樹お兄ちゃんの家族になりたいと思った。ううん、昔から……あの社宅にいた頃から、私は、政樹お兄ちゃんの家族に憧れてたんだ……だから私はきっと、お兄ちゃんのこと『お兄ちゃん』って、呼びたかったんだと思う。この感覚……何て言えばいいんだろう」


 つらつらと流れ出る言葉をせき止めるように、一旦口をつぐむ。


 そして明は、はにかんだ。

 年下の女の子らしい幼さを残した、まるで妹のような、人懐っこい笑顔だった。


「私、きっと、政樹お兄ちゃんと『暖かい家庭』を築きたかったんです」

「……だったら……何故……」


 岡田は脱力する。

 

 何故、こうも思ったようにいかないのだろう。

 歯車が狂っているような気がしてならない。いったいどこで間違えてしまったのだろう。

 あの平々凡々を絵に描いたような政樹が、いったいどこで、どんな間違いをしたというのだろう。


「何故……何故、政樹さんとではなく、その父親と……」

「私、一刻も早く家族になりたかったから……外国なんか行きたくなかったから……政樹お兄ちゃんはまだ、十七歳ですよね?」

「そ、それはそうですけど……」


 明の言葉に、岡田は少しの間逡巡してから、言う。


「……あなたは、政樹さんのことが、好きなんじゃないんですか?」

「え? 大好きだけど、どうして?」

「だって、それってまるで、プロポーズみたいです」


 明は目を見開いて、数回ぱちぱちと瞬きをした。

 少し驚いたような表情が、やがて微笑に変わる。


「……うん、そうだね。私は政樹お兄ちゃんが好き。だから一緒にいたかったの。たぶんそれは間違いないと思う。でも、たとえ恋人になっても、お嫁さんになれるとは限らない。お嫁さんになっても、そのまま死ぬまで一緒にいられるかは分からない。嫌われちゃうかもしれない。私は政樹お兄ちゃんに嫌われるくらいなら、他の人に嫌われた方がいい、政樹お兄ちゃんのお父さんに嫌われた方がいい。ずっとずっといい」


 明の指が、手元の資料を慈しむように撫でた。政樹の綴じた資料だ。

 たいした議論もなく形式的に議題の承認は終わり、会議は報告事項に移っている。


「私はね、怖いの。臆病なの。嫌われるのも変わってしまうのも、離れるのも嫌なの。だから私は、ずっと変わらないものになりたかった。変わったとしても嫌われないものになりたかった。嫌われたとしても離れられないものになりたかった。家族になりたかった。それって、そんなにおかしいことかな? もしかしたら、他の方法だってあったかもしれないけど……私、一つも後悔なんてしてないよ」


 明は目を伏せ、思いを馳せる。

 自分の一番近くにいる、愛しい人に。


「これで政樹お兄ちゃんと私は、切っても切れない」


 そう言ってから、「あっ」と小声で息を飲んで付け加えた。


「ああ、今の旦那さんはちゃんと大好きですよ。政樹お兄ちゃんのお父さんですから」


 にっこり微笑む明に、岡田はしばらくあくあくと口を開け閉めしていたが、やがてため息をつく。


「何なんでしょう、この釈然としない感覚は……」


 そんな岡田のため息を掻き消すように、今まで小島の声しか聞こえなかった体育館に、急にざわめきが広がった。

 どうやら小休止のようだ。

 母親たちは次々立ち上がり、化粧室やらどこやらへと三々五々歩いて行く。


 ずっと起立していた小島美知子も席につく。

 それを見計らって駆け寄った明が、声をかけた。


「あの、小島さん。ありがとうございます、私、何も出来なくて」

「…………ねえ、皆さん」


 小島は一瞥を寄越しただけで、明を無視して近くに群れている母親グループの中へと入っていった。


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