第十九話 Pessimism
地上の人の世に生まれず、きらめく日の光を見ず、
それこそすべてに勝りてよきことなり。
されど、生まれしからにはいち早く死の神の門に至るが次善なり
詩人テオグニス
禍々しく、黒く混沌とした手の中から、どの手よりも強い力で僕の身体を引く腕があった。
やさしくて、温かい手腕。
これは――
華梁の、手だ。
「お前は仕合わせになる資格がある」
そして、今度は「黒い物」に向かって
「もちろんお前にもだ、夜季」
そう、言った。
ざわりと、黒き腕が波打つ。
「……ナにを当たり前のことヲいってるの? ボくはそれを知っているからこうして――」
「いや、知らないな」
「ナ……に?」
「いくら千の手の力を持とうとも、そのようなやりかたで仕合わせになどなれるものか」
「……どういう、ことダ」
「――力は、力だ。求めれば力を使い手に入る事も多いだろう、
だがな――それだけでは求める心を無くすことはできないんだ」
「求メる……こコろ?」
「お前の手がいくら多かろうが、月をつかむ事は出来ん、星をつかむ事はできん、日の光をつかむ事は出来ん、空を手に入れる事は出来ん、宇宙を我が物にすることなど出来ん、
求めるこころを満たして得る喜びなど、一時の満足にしかならない。
―――欲しいと思うお前の心が、「たった今このとき」を満足出来ないお前の心が
――お前を仕合わせから遠ざけている。
それを満たし続けた所で、欲しいと思うこころを更に強くするだけだ」
それを聞くと――、黒い物は、心の底から嘲笑したように……嗤いだした
けらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけら
「お前ハナニも分かってない」
地から響き渡るような、恨みに満ちた声を出す。
「だから、僕を救えナかった」
黒い物は、僕をつかんでいた 幾千の腕を一斉に放し
月明かりを遮るように、腕を天へとのばした。
――そして
その腕を一斉に華梁へと向けた。
標的を、華梁へと変える。
「おイ、偽善者」
―――ぎり、と、全ての黒い腕に力を込める。
「お前ハ、本当ニ苦しんでいル人の心情を理解していない」
――闇夜を覆い隠すほどの幾千の腕が肥大する。
「本当ニ苦しんでいル人は、常に助けを求メてる」
「たとえお前ガ言ったこトが真実デあり、更に苦しム結果を招コウとも」
今の苦しみを少しでも無くせるのなら
平気でそれにすがってやろう