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22 『ハロウィン』イベント成功

 ハロウィンはすっかり日本人の感覚に馴染んでしまったようである。当日前からお化けや魔女のぬいぐるみに入ったお菓子が大量に売れていった。上杉タクヤくんが言った通り、事前にバナナ店やパイナップル店から分けてもらった商品が次々売れていく。売り逃しをしなかったことに私は安堵した。


 ハロウィン当日は、やはり全員が朝からの勤務だった。かぼちゃカットケーキやかぼちゃパイなどの商品数が多く、陳列やストッカーにしまうのも時間がかかる。


「ええっと、かぼちゃケーキにかぼちゃモンブラン、かぼちゃムースにかぼちゃシフォンケーキ……いっぱいありますね」


 柿江ユラちゃんが目を見開きながら陳列していく。ユラちゃんはタクヤくんにブラウニーを作って妨害してきたが、それ以外の妨害行為はなかった。まだ何かしてくるかと思うと怖くなるが。

 二見ヨリコさんや黒岩エイジさん、タクヤくんもハロウィン特別商品を綺麗に並べる。開店時刻の十時ぴったりにお店を開けることができた。


「いらっしゃいませー」

「このかぼちゃモンブランください」

「ありがとうございます。少々お待ちくださいませ」


 出足は『母の日』と同じく好調である。在庫もたくさんあるし、品切れの心配はしなくてもいいだろう。

 十二時に萩尾さんがやってきた。


「こんにちは~。カオルちゃん」

「いらっしゃいませ、萩尾様」

「カオルちゃんなら俺の欲しいケーキがわかるんじゃないかな」


 悪戯っぽくそう言う萩尾さんに笑って、私はかぼちゃシフォンケーキを箱に詰めた。橙色のシフォン生地が食欲をそそる。


「ありがとう。さっすがカオルちゃんだね~」

「萩尾様がわかりやすいんですよ」


 微笑むと、彼も笑顔になった。


「『彼』との仲は順調そうじゃない。安心したよ」

「あ、ははは……」


 萩尾さんは人の心を察するのがうまい。私の周囲の人間は、どうして気持ちがわかるのかと不思議に思う。


「またね~」


 萩尾さんがバスに乗っていくのを見届けながら、商品の補充作業に入った。

 お昼休憩で今の売り上げを確かめる。二十万円ほどの売り上げだった。これから夜にかけて、もっと忙しくなるだろう。平日なので、会社帰りに買うお客さんが多いのである。

 みんなで休憩を済ませて、再び接客や補充作業に取りかかった。商品の残数が少なくなってきたが計算のうちである。今日売り切らないと明日からは売れない商品ばかりなのだから。


「おすすめのかぼちゃパイはいかがですかー!」

「美味しそうだな、それもらうよ」


 閉店時刻ぎりぎりになって、最後の一個であるかぼちゃパイが売り切れた。タクヤくんが外に出てシャッターを閉める。十九時から私と黒岩さんで日報や発注をしている間に、みんなが片付けと掃除を終わらせてくれた。


「わあ、七十万円の売り上げだ!」


 思いもかけない売上額に、私と黒岩さんは仰天する。みんなもそれを聞いてびっくりしたようだった。


「七十万円!?」

「本当に?」

「私たち頑張りましたね!」


 今回もタクヤくんの発想に助けられた。でなければ、売り逃しをしていたに違いない。みんなでタクヤくんを褒める。


「タクヤくんが他店に商品を分けてもらったほうがいいって言ってくれたから、売り逃さずに済んだよ。ありがとう!」

「飾りつけもよかったよね」

「ポップも仕上がりが綺麗だったな」

「上杉先輩に、かなり接客助けてもらいました~」


 タクヤくんは顔を真っ赤にして、外へ出ていってしまった。慌てて私は追いかける。照明器具を片付けているのだろう。

 案の定、片付けていたタクヤくんは私を見て、倉庫の中に隠れてしまった。


「待ってよ、タクヤくん!」


 私も倉庫に入ると腕を掴まれて、彼に抱きしめられた。彼の心臓が高鳴っているのがわかる。

 私は彼の身体に密着して「ありがとう」と小声で感謝を述べた。瞬間、ぱあっとピンクの花びらが舞う。


「……どういたしまして」


 それだけ言うと、タクヤくんは倉庫から出ていった。彼の身体の温かさが、僅かに私に残る。


「ふふ……」


 私は笑い声を漏らすと、照明器具の片付けの手伝いをした。

 お店の中に戻ると、ヨリコさんが手招きしている。


「なんでしょう?」

「お疲れ様、カオルちゃん。好感度を確かめてみようか」


 休憩スペースに入り、ヨリコさんが表示画面を出してくれた。


『黒岩エイジ 好感度0

 上杉タクヤ 好感度75

 中峰コウキ 好感度45

 萩尾トオル 好感度0』


「やったー!」


 私はヨリコさんと握手した。あと二か月頑張れば、好感度100も夢じゃない。クリスマスが最終イベントなんだから、と私は好感度100を目指して頑張ろうという気持ちになった。


 ──でも、それでいいの?


 私の中で声が響き渡る。好感度100になったら、この世界とはお別れ。タクヤくんともお別れ。あの温かい身体に抱きしめられることもなくなる。ヨリコさんが首を傾げた。


「どうかした、カオルちゃん?」

「いえ……。この世界から出たら、二度と戻れないんですよね……?」


 このゲーム世界が愛おしい。ヨリコさんは悲しそうに頷いた。


「そうだね。誰かと好感度100にならなければ、この世界で暮らすことになるけど……カオルちゃんはそれを望んでいないでしょう?」


 私には現実での生活があり、親も友達もいる。それを捨て去ることはできない。


「あと二か月……この世界を楽しみます」

「そうだね、あと二か月……頑張って、カオルちゃん!」


 そうして私は白い光に包まれ──マンションの部屋に戻っていた。

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