外から見る景色
山も谷もなくお話でしたが、ここまで読んでくださってありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ
リズ編これにて完結です。
少し時間を置きまして、イオリス視点からの話を描こうかなと思っています。
ジャンルは恋愛になる予定です。
王都を出たリズたち。まずリズが向かったのは王都から半日ほど歩いた場所にある小高い丘だった。
「リズさん?」
「リズでよい。ほれ、ここに来てみるがよい」
昼間に王都を出たとはいえ、半日も過ぎれば空は闇色に変わりつつある。それでもと、リズは最も高い位置にイオリスを誘った。そこから王都がある方を望む。
「……あそこが王都、か」
「うむ。ほんの少し光が見えるじゃろ。光は多くはない。じゃが、あそこがサーンス王国で最も人が集まる場所じゃ」
王都の外に出ることがほとんどなかったイオリスにとっては、初めて見る景色だろう。リズとて、この二十年、どれほど遠く離れようともここまでだった。ここから王都を何度眺めたことだろう。あの地にイオリスがいる。生きていると、何度も頭の中で繰り返した。
「リズ……聞いてもいいかな?」
「なんじゃ?」
「何故、そこまでして俺を……俺のためにここまでしてくれるんだ?」
隣に立つイオリスがリズを見下ろす。闇色の中でもその赤い瞳は良く見える。心底不思議だと、その瞳が語っていた。リズは苦笑しながら、イオリスの方へと身体の向きを変える。そうして正面から向き合った。
「妾にも本当のところはわからぬ」
「わからない?」
「……ただ、妾の中にはお主がその命の灯を消した瞬間の姿が色濃く残っておる」
もっと早く会うことができたなら救えたかもしれない。まだ生きて居られたかもしれない。リズが森の奥に引きこもっているのではなく、師と同じように世界を歩いて回っていたら助けられた命があったのかもしれない。苦しみの中で絶望を抱いたまま死なせることはなかった誰かがいたかもしれない。
始まりはそんな些細なことだ。ありもしない可能性。あったかもしれない可能性。そのどちらも考えた。同情だったのかもしれないし、師を亡くしてから初めて触れ合った相手だったからかもしれない。始まりが何であっても、リズはイオリスに親愛の情のようなものを抱いた。助けたい、もっと生きていてほしかったと考えた。
「何百年と生きてきた。じゃが、あの時の苦しみが消え去ることはない。お主がそれほどの苦痛を耐え、一人を選んだ気持ちがわからないわけでもない。妾には師がおった。だからこそ、お主を一人にしたくなかったのじゃろうな。最後に共に過ごしたひと月が、妾にとって大切なものとなっていたのじゃろう」
その相手はここにいるイオリスではないイオリスだ。そして彼と過ごしたひと月を過ごしたのは、ここにいるリズではないリズ。お互いに別の者同士。記憶を受け継いだリズはともかく、イオリスからしてみれば理解できないことかもしれない。
「あの時を生きた妾は別人ではあるが、その記憶は既に妾のものじゃ。まるで己が経験したかのように想えることもある。それが単なる思い出だとわかっておっても」
「思い出……」
「じゃがここにはお主がおる。生きて、妾の目の前に立っている。そんなお主が何を見て、どう生きていくのか。妾はそれを見守ってゆきたい」
受け継いだ記憶の中のイオリスではなく、今のリズ自身が見るイオリス。それを見守っていきたい。リズはただ己の中にあるものを言葉にする。どう伝わるかはわからないが、言葉にしなければそもそも伝わらないだろう。どうしてイオリスを助けたかったのか。その想いはきっと、時を過ごす中で変わっていった。初めはそれほど強い気持ちではなかったのだから。
「俺の生き方、か」
「うむ」
「俺はそんなリズに何かをしてもらえるほど、優れた人ではなかったと思うけど」
「優れているかではない。妾がイオリスに生きてもらいたかっただけじゃ……救う手段が妾にはあったからの」
結局あるのは単純な想い。どれだけの理由を並べ立てようとも、生きてもらいたかったそれだけなのだ。
「魔女は魔力が尽きるまで生き続ける」
「そうじゃ」
「そして俺は、その魔力を外から取り込む力を持っている」
「……イオリス?」
「つまり、リズよりも俺は相当長く生き続けるってことかな」
相当長く。リズはただ頷いた。誤魔化しても仕方ない。それが事実だ。リズは既に何百年と生きている。それでもまだ半分程度といったところ。しかしイオリスは違う。リズよりも魔女として完成していると言った方がいい。不老ではなく、もしかしたら死さえ遠のいてしまうかもしれない。生まれ持った性質のために。
「俺の魔力をリズに与えるということはできる?」
「相性次第じゃろう。反発しあうことはないはずじゃ。お主を魔女としたのは妾の魔力が起動となっておるがゆえに、イオリスと最も相性が良いのは妾のはずじゃからの」
この時点でイオリスと最も近しい存在はリズとなった。双子の妹がいるイオリスに申し訳ないと思いつつ、それをリズは嬉しく思っている。おそらく師もそうだったのではないか。血の繋がりはない。だが魔力でその繋がりを感じることができる。そんな存在が傍にいることに。
「じゃがそのためには、まず覚えることが沢山あるがな」
「そうだな。わかってる……俺次第で、リズも長生きできるかもしれないってことも理解した」
「……妾はこれ以上ないほど一人で長い時を生きておるがな」
「知ってるさ。けど、今は……一人じゃない。俺がいるだろ」
「あぁ、そうじゃな」
師を亡くしてからも長い時を生きてきた。だが、確かに今はもう違う。傍にはイオリスがいる。リズよりも強い力を持つ魔女となったイオリスが。誰かと共に生きる。そう宣言されて、リズは心からの笑みを浮かべた。一人じゃない。それだけのことが、心に強く響いた。
「それよりもさ、俺は女じゃないから魔女ってのは少し違う気がするんだけど」
「魔女は単なる呼称じゃ。性別を示しているわけじゃないぞ?」
そもそも誰かに魔女と呼ばれるわけでもない。男で魔女となった者もいるだろうが、リズ自身は出会ったことがないため、どう感じていたのかなど知らないが。
「自ら名乗らなければよいだけじゃろう。そもそも妾とてイオリスがいたからそう名乗っただけじゃ。他の誰かに魔女だと告げたことはないからの」
「……確かにわざわざいうことじゃないか」
「うむ」
この先、誰と会うかはわからない。けれど率先して名乗る必要はない。それに、誰かと会う以前にやらなければならないことがある。
「まずは魔力操作の訓練からじゃな。髪色くらいは変えられるようになっておった方がよいじゃろ」
「それはそうだね。この色、確かに目立つ……」
白い髪に紅い瞳。闇の中でも目立つ色は、溶け込むのにふさわしい色ではない。教えることはそれ以外にも沢山あるだろう。
「つまり俺にとってリズは師匠ってことかな」
「妾は厳しいぞ?」
「望むところだよ」
そういいながら笑ったイオリスは、これまで見たどの顔よりもいい表情をしていた。悲しさも寂しさもない、本当に楽しみだと言った挑戦的な笑み。悲哀のこもった顔ではないイオリスを見た時、リズは涙が出そうになった。
「そうした顔の方がよいな」
「リズ?」
「気にするな、単なる独り言じゃ」
思い出の中にある死の際にあるイオリスの顔。いつしかそれが、目の前にいるイオリスのものに変わる日がくる。
「……リズ、実験は成功したぞ」
誰に言うでもなく、リズは夜空にそう呟いた。




