知己を得る事
リズの話を聞いたオーギュスとアレックスは、しばし黙ったままだった。頭の中を整理する時間も必要だろうと、リズも敢えて何も言わず静観する。
それから数十分ほどして、静寂を破ったのはオーギュスだった。
「殿下が仮にそうなるとして、リズはどうするつもりなんだ?」
考え込んだ上での質問がそれなのかと思いながら、リズは既に己の中にある答えを伝える。
「あやつが生きる手段は一つ。妾と同じ存在になることのみじゃ」
「それは……魔女に、ということか?」
「そうじゃな」
内に秘めた魔力を別のモノに変換すると言った方が正しいだろう。その結果が魔女の体質。外見が成長しない。魔力が尽きた時に死を迎える。
「それ以外に方法はないのか?」
「……少なくとも妾は知らぬな。妾も、妾を魔女とした師であっても、同じことしかできぬ。別の方法があったところで、試す機会がそもそもない所為かもしれぬが」
魔女としての力の使い方、そして生き方は師から教えられたもの。直接教えを受ける以外に伝える手段もない。
「いずれにしても確実に救う手立てを知っておるのじゃ。別の手段を試そうとするくらいなら、そもそも相手を救うことなどせぬだろう」
「リスクを恐れて、か?」
「……魔女が同じ体質の人間と出会うことなど稀じゃ。同じ境遇にある存在を死なせたいとは誰も思わぬ。同じ痛みを知るからこそ、救いたいと望むのは当然ではないのか?」
孤独な存在である魔女。他の人間にはわからないだろう。あの苦痛がどれほどのものか。死を目前にした時、あの苦痛から解放された時、リズがどういう気持ちだったのか。魔力の高さに苦しみ、身体が弱い所為で何の役にも立たないと棄てられた悲しみも。
だから同じ境遇に置かれた人間に同情もする。共感し、共に生きていきたいと望むのは普通だ。救えるのが己しかいないのだからより強く思う。
「無論、イオリスと妾は違うことはわかっておる。真実を知っても尚、あやつが妾と同じ道を選ばぬというのであれば、それを尊重する。その結果の先がわかっていても、一度決めたら揺るがぬじゃろうからな……」
「リズ、お前……」
「短い間しか共におらなんだが、それでもあやつの性格くらいは理解しておるつもりじゃよ」
すべてを知って、死にたくないと縋られたとしても、リズは同じ選択をするだろう。けれど、そんな姿が想像できなかった。それがリズの幻想である可能性もあるけれども。
「……アレク」
「わかってる。今更、何もかも知らなかったとは言えねぇ。そういう未来が起きるのが事実だとしたら、方法がそれしかないとしたら、俺たちはリズに縋るしかないんだろう。第二王子殿下がどういうお方に成長するかはわからないが」
「リズの力で助かったとしても、殿下が王族として振舞うことはできなくなる。つまり、いずれにしても結果は変わらない」
何をどうしようとも、人間の世界にはいられなくなる。結果は同じ。十六年後、その日はやってくる。
「……リズ」
「何じゃ?」
「私たちは王国に仕える立場だ。当然、王族である方々を守ることは私たちの義務でもある」
オーギュスも、本来の立場に戻ればアレックスもそういう地位にいる人間。リズもそれくらいは理解できている。
「だがまだ訪れてもいない事態に際して行動することはできない」
「じゃろうな」
「……期限は、あるか? 私たちがお前に、それを願うのだとしたら……もしその危機が本当にあるとわかったなら」
リズの言葉を鵜呑みにはできない。けれど信じないわけにもいかない。立場有る人間として、根拠のない未来を簡単に受け入れることができない。それが信頼できる相手であっても、その対象が王族であるならばなおのこと。
オーギュスの言葉に、リズは出会った頃のイオリスの状態を思い出す。
イオリスが王城の医師に余命を告げられたのは、リズと出会う十月前くらいだったと言っていた気がする。宣告されたのは一年だったが、その前にイオリスは死んだ。無理をして行動した結果だろう。月日の感覚が鈍っていたので正確でなかったにしろ、おおよそ一年前。となれば、十七歳では遅すぎる。もっと早く、せめて十年、最悪でも五年前に会っていればと思った。しかし未熟すぎる身体では耐えられない可能性もある。
「制限付きになるが、それを守ってもらえるならば十六の頃までは何とかできるじゃろう」
「制限?」
「……イオリスと共に生まれた女子、あれと十年は引き離してはならぬ。引き離せば、それだけイオリスの身体は破壊されるのが早まる」
イオリスの双子の妹。あの存在が鍵となる。ただそれで猶予が持てるのも十年が限界だ。身体が大きくなれば、それだけイオリスは周りの魔力を取り込んでしまうだろう。魔女としての性質を強く持つがために。
「王女殿下にも何か、あるのか?」
「あの王女も、人間にしては魔力が多い。だがイオリスほどではなく、あやつのような特異体質も持っておらぬ。成長し、祈りなどで放出する技術を学べば、さほど影響もなかろう。じゃが、あの王女がいることで、イオリスが秘めたる力と循環させることが可能となっておった」
「なら王女殿下と共にあれば、第二王子殿下も問題ないんじゃないのか?」
「……イオリスが成長すれば、その王女殿下の方が持たなくなるぞ?」
いずれ引き離す必要がある。そうしなければお互いが生きて居られない。まったくもって厄介だ。だが現実にそれがわかっている以上、そうなる未来は避けたい。
「その根拠はあるのか?」
「……妾も十の頃まではそこまで苦しむこともなかった。じゃがそれを過ぎた辺りから、力を増すのを感じたものじゃ。そうなれば、王女では抱えきれなくなる。イオリスも、共に生まれた妹を苦しめるのは本意じゃなかろう」
「つまりお前にも、王女のような存在がいた、ということか?」
「そこまでは覚えておらぬよ……」
何百年前のことだと思うのだ。リズが十歳の頃だというのも、断片的な記憶。ただ苦しみが始まったという意味で記憶にあっただけだ。その頃何をしていたかなど詳しく覚えているわけもない。誰と共にいたかすら覚えていない。リズが持つ記憶の中にいる相手は師、そしてイオリスだけなのだから。
「……わかった。そうなるようできるだけ努めよう」
「オーギュス、いいのか? お前は……」
「私は王子殿下の専属薬師でもある。なんとかするさ。そのようなことが起こらなければいいと、そうは思っているが……リズの言葉を無視することはできない」
それだけでも随分と違う。もしかすれば、今までの未来よりもイオリスの苦しみを減らせることができるかもしれない。リズにとっては十分なことだ。
「それで、リズはこれからどうするんだ?」
「……ここへ来たのは、気になったからじゃ。お主らに会うつもりもなかったが、そうであってもなくとも、妾はここを出る」
「どこに行くんだよ」
アレックスは不満そうに眉を寄せている。どこにいくもなにも、リズは一つの場所に長い間留まることはできない。成長をしない姿のまま、人目に多く止まる場所にはいられないのだから。
「近くの森にでも引っ込んでおる。お主らがイオリスを見まもってくれるというのであれば、妾はその日を待つだけじゃ」
「……その成長を傍で見たい、とは思わないのか?」
「妾はただあやつが生きて成長した姿が見られればそれでよい。できればもう、あやつの死に逝く姿は見たくないからの」
「リズ」
「じゃから、お主らに託す。どうかイオリスを、短い間であっても人として過ごす時間を与えてやってほしい」
それはリズにはできないことだから。それだけ言い残し去ろうとすると、アレックスがリズの腕を引っ張りそれを遮る。
「待てよ! せめて、どこにいるかくらいは教えろ! 何かあった時に連絡が取れないと困るだろうが!」
「……本当にお主、妾が怖くないのじゃな」
「当たり前だ。見た目ただのガキだろうが」
「お主の方が数百年はガキじゃがな」
「つべこべ言うな」
アレックスの変わらぬ扱いにリズは思わず笑みを溢す。そんなアレックスの態度が嬉しいなどと、絶対に言わない。けれどもどこか忘れていたはずの何かを感じさせてくれる二人に出会えたことを、今は感謝しているのもまた事実だ。
「ならば、これを渡しておこうかの」
「なんだ?」
リズは魔力を使い小さな石を作り出した。それを二つ。それぞれアレックスとオーギュスに手渡す。
「リズ、これは?」
「強く念じれば妾に通じる。必要であればそれを使えばよい。一度キリしか使えぬものじゃ。本当に必要となった時だけにするのじゃな」
「第二王子殿下に何かあったとき、とかかよ」
「それ以外の用途に使うようなら、お主の姿も老人にしてやろうかの」
「……マジに聞こえるからやめろ」
姿を変えることなど、リズにとっては造作もない。自らの姿も変えてきたのだ。それを視ているからこそ、アレックスも若干顔色を悪くしていた。
「冗談じゃ。まぁ薬の実験台にでもなってもらうくらいじゃな」
「そっちの方がこえぇ……」
「リズ、アレクも。ふざけるのも大概にしろ」
呆れたオーギュスは深く溜息を吐いていた。実際には何度か様子を見にくるつもりだ。だが王城の中で起きる事に関してはこの二人に任せることもできる。そう思えば、二人に正体がばれてしまったことも悪くはなかったのかもしれない。今はそう思えた。




