第80章『謎が深まるもの』
前へと進めど、謎はしこりのように残り続ける。
深まる疑問に何を思えば良いのだろうか——
『どういうことですの?』
レルフィンに到着し、すぐさま教会へと足を運んだすのぴだったが、
「我々に出来ることはここまでのようです」
申し訳ないと頭を下げる司教に倣い、居合わせた司祭達もそれに続く。
突然来訪したこちらに対して深く詮索することなく、彼らなりに手を尽くしてくれたのだ。
昼過ぎに訪れたのだが、外は既に夕暮れの朱に染まっており、それだけの時間を彼らに使わせてしまい、あまつさえ頭を下げさせてしまったことに、すのぴはいたたまれない気持ちになる。
「そ、そんな! 顔を上げてください! だいぶ気分が楽になったのは確かなので」
その言葉に嘘はなかった。
司教を筆頭に多くの者がすのぴの身体を蝕むものを取り除こうと浄化の魔法を行使してくれたおかげで、ささくれだちそうになっていた心は久方振りの平静を取り戻していた。
偽装のための塗料のせいで表面上は分からないが、同行してくれたばさがすのぴだけの聞こえるように耳打ちしてくるに、
「俺の目で見たところ、全身を覆っていた紋様は引っ込んだようだね」
ただし、こちらのオドには呪いのような何かの残滓が残り続けているとのことだった。
根本的な解決には至らなかったが、浄化の魔法で青黒い紋様を抑えることが可能だと分かっただけでも良しとするべきだろう。
改めて司教達に礼を伝えて、教会を出ることにする。
外は僅かに残っていた茜色が夜の帷に覆われていくところで、街の至るところでは魔鉱石の照明が灯り始めていた。
街並みを撫でる冷やかな風に目を細めていると、とらが念押しするように言葉を投げ掛けてくる。
「今回はなんとかなったが、用心するに越したことはねぇだろ」
とらの言うように、次もまた紋様が発現しても浄化魔法が効くという保証はないのだ。
この身を蝕むものが何なのか。そしてそれの確たる対処法が分かるまでは、極力感情を昂らせないようにした方が良いだろう。
「……うん、気を付けるよ」
ニーズヘッグの野営地でも同様の話をしたのを思い返す。
あの時は心構えさえしっかりしていれば大丈夫だろうとたかを括っていた。しかし今回の件があり、果たしてそんなことが可能なのかと元々あってないような自信は揺らいでいる。
だからといって、開き直って端から気にも留めないというわけにはいかないわけで、
「まぁ、あまり難しく考え込んでもどうにもならねぇしな。何かあっても俺達がフォローするからよ」
だから自然体で良いんだ、ととらが言葉を付け足してくれる。
曖昧な笑みを浮かべてしまっていたこちらの内心を見透かしての発言だろう。
とらの気遣いをありがたく感じていると、バニラが明るい声音で、
「ここで頭を悩ませていても仕方ありませんわね。今日はこのままここに留まるのでしたら、少し気晴らしをしませんこと?」
◆
農耕都市レルフィン。
その街は、世界樹の麓から湧出するラクリマ湖から流れるエリアス川と北東の領根が形成する山脈から流れるリオール川とに挟まれるようにして栄えている。
広大な平野と潤沢な水源を活用し、東領が誇る農産地として知られているレルフィンでは、発展した都市部を中心にして円形状に広がる農耕地が有名である。だがそれ以外に、市街地においても作物を育てる土地が設けられていることも、レルフィンの特徴として挙げられる。
それを可能としているのは、二大河川から水を引いた水路が街中に張り巡らされているからである。
中には農作物のための水源確保だけでなく、川魚や食用目的の水棲生物の養殖を生業としている者もおり、そうなってくると必然的にレルフィンにおける食文化は——
「美味でしたわ!!」
大衆食堂で旬の食材を堪能した後、ばさが手配した宿へ向かう道すがら、バニラは先程食した料理の味を思い返して満足げな表情を浮かべた。
「旬の野菜は瑞々しくて生でも美味しくいただけましたし、蒸し上げたものにディップした特製のソース——アレは格別でしたわね」
「大豆を発酵させたものですけど、西領じゃ珍しいみたいですね……今度売り込んでみるのも面白そうですね」
「私はレインボートラウトの塩焼きが一番良かったですねぇ。脂の乗ったジューシーな身が思った以上にさっぱりとした味わいで、パリッとした皮の香ばしさと相まって絶品でした。ところでレインボートラウトと言えばですね——」
「お前さん、生き物なら何でも熱弁するのな」
「団の皆に知られたら羨ましがられるだろうね」
バニラの感想を皮切りに各々が話に花を咲かせる一方で、すのぴとハラミは言葉を交わすことなく恍惚の表情を浮かべているだけだった。
今までの旅で食してきた料理に比べれば、そうなってしまうのも無理はないだろう。
道中で用意してきた料理も美味しく食べれるように工夫を凝らしていたが、ここで食べたものとは食材の質からして違っており、ましてや調理した者がその道のプロかどうかというのも大きな差を生み出していた要因であろう。
今まで味わったことのない上質な食事に対して、感動で打ち震えている二人を見て、微笑ましく感じる。
特にハラミは初めて迷宮区画を抜け出しての旅で、初めての経験ばかりだろう。
ヒトの中に紛れられるのかと不安に思っていたようだが、首元に付けられたタグがしっかりと効力を発揮しているようで何よりだった。
すのぴを教会で見てもらっている間、ぽーとレインの付き添いのもと、役所で発行してもらった牛人族の識別タグが、魔鉱石の照明が放つ柔らかな光を浴びて煌めいて見えた。
彼等の様子を眺めていると、なんと穏やかな時間なのだろうと胸の奥が温かくなるのを感じる。
こんな時間がいつまでも続けば良いと願ってしまいそうになる。
祖国の状況を思えば一刻も早くマジカルソフトを持ち帰るべきなのだろうが、
——急いては事を仕損じる、ですわね……
最短距離で帰国を果たすにしても、マイアケの大地はあまりにも広大過ぎる。
強行軍に臨んだところで却って非効率的になってしまうだろう。それに、こちらを監視していた者達の動向が不明瞭であるため、下手に北領からのルートを辿るのはリスクが高い。
限られた時間の中でも万全を期すためにも、今は安全を考慮した上で可及的速やかにギルド総本部を目指すべきなのだ。
明日も夜明けと共に出立して、先を急ぐことになる。
明日に備えて早めに休んだ方が良いだろうと思い、名残惜しさを振り切るように歩幅を広げ、宿に向かおとしたところで——
「…………なんですの?」
大きめの水路を跨ぐように架けられた橋の途中。ふと、視線を上流の方へ向けると大きめの物体が流されてくるのが見えた。
静かに揺れる水面——しかし、速い流れに運ばれてくる存在が街灯に照らされ、その正体が明らかになってくる。
それはヒトの形をしており、肩から上を水面から覗かせていた。虚ろな瞳は何を捉えているのかさえ定かではなく、焦点が合っていないように見受けられた。
右腕を高く掲げながら、水流に翻弄されるかのように、くるくると回転を続けるゾンビの姿を見て、
「ほ、ほらぁ! いるじゃありませんの!!」
バニラはそれ見たことかと、力一杯に叫んでとらへと振り返った。
何故昨日と同じような存在が、という疑問よりも先に、こちらの正気を疑われたことに対する意趣返しが先に立った。
興奮気味に橋下を指差していると、とらだけでなく皆が覗き込むように橋の欄干から身を乗り出す。
「うわ……マジでいやがった……」
「あれ? 腕のところに何か引っ掛ってない?」
とらに昨夜の謝罪を要求しようと詰め寄っていると、何かに気付いたすのぴから疑問の声が上がる。
視線を再度流されてくるゾンビへと向けると、確かに二の腕の辺りに布切れのような物が引っ掛かっているように見え、
「あれは——!」
それが何なのかを認識した直後、思わず声を張り上げてしまう。
薄暗くても見間違いようのないそれは、
——昨夜流されてしまった私の下着!
祖国の有名ブランドが手掛けた物で、上品なデザインに可愛らしいレースがあしらわれたお気に入りの一つである。
手に入れるのに数ヶ月も予約待ちした物で、手に入れた時の感動は今でもはっきりと思い出せる。
そんな大事な物を苛酷な旅に持ってくるなんて、と後ろ指を差されてしまうかもしれないが、苛酷だからこそ大切な物を身に付けて気を引き締めることに役立ててきたのである。
昨夜の騒動で流されてしまったと深く落ち込んだが、再び巡り逢えるとは僥倖である。
男性陣に自分の下着を見られる羞恥心はあったが、背に腹はかえられない。
「ぽーさん! あのゾンビを捕捉してくださいな!!」
「は、はい!」
こちらのあまりの剣幕に、ぽーが慌てて魔法の詠唱に取り掛かる。
瞬く間に起動準備が完了した術式が、ぽーの伸ばした腕の先に方陣を浮かび上がらせる。
「チェーンバインド!」
方陣の中央からマナで編まれた鎖が射出され、眼下を通り過ぎようとしていたゾンビへと絡みつくような軌道を描き——
『……え?』
その場に居合わせた全員の声が重なる。
ぽーが放った魔法がゾンビを縛り上げようとした瞬間、
「き、消えた……?」
全員が見守る中、ゾンビの姿が忽然と消えたのである。
残されたのは呆然と水路を覗き込むバニラ達と、僅かな波紋が広がっていく水面だけだった。
お読みいただきありがとうございます!
すのぴを蝕むものが何なのか、そして突如として消えたゾンビなど……謎が深まる一幕、如何でしたでしょうか?
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