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第72章『シェイプシフター(前編)』

 姿は同じ。

 されどこの身は異端の誹りを受ける——

『何が違うのか』

 自身という存在が特異なものであると気付いたのは、この世に生まれ落ちてしばらく経った頃だった。


 シェイプシフターと呼ばれる魔物に属することを生まれながらの知識として理解しており、姿を他の生物のものに変化させることは、自身にとってなんら違和感を抱くようなものではなかった。


 元来の粘性を帯びた液体のような姿のままでいると、何かに変化している時以上に他の生物から襲われることがあった。

 防衛手段として、相手と同種の姿に変化したり、群れを成す種に変化することで同族として紛れ込み、難を逃れようと試みた。


 しかし、そのどれもが失敗に終わった。


 姿形を似せた所で自身は排斥されるべき存在として扱われ続けたのである。


 疑問。


 何故、同じ姿であっても排除されるのか。


 仮定。

 単身で行動する種は同族であっても相争う存在なのかもしれない。


 否定。

 群れを成す種に至ってはその仮定は成り立たない。


 似通った姿の者達でコミュニティを形成している以上、姿を模したこちらが異物として追いやられるには別の要因があるということなのだろうか。


 種による独自のマナの波長が存在するのか——不明。

 あるいは自身のマナが独特な波長なのか——不明。

 マナの量——否定。

 不明。

 否定。

 不明。

 ——不明。


 幾度も仮定と推論を繰り返した所で、答えは得られなかった。

 出口の見えない問答に、徐々に意識の片隅に翳りが差すようになってくる。


 何故。


 いつしか思考に過ぎるようになった問いに、意識が傾き始めるのにそう時間は掛からなかった。


 何故。

 何故。

 何故、自身は他の存在から迫害されなければならないのか。


 自身が忌避される理由とは何か——不明。


 分からないことに対して、思考は袋小路に追いやられていく。


 その内、自身に終焉の足音が近付いていることに気付く。


 体内に蓄積されていたマナが枯渇しかかっていたのである。

 生まれてから一度もマナの補給を行なっていなかったのだ。

 生命維持に必要なものを消耗するだけの日々では当然の帰結である。


 移動することさえ困難になってきた頃、ある考えが思考を染め上げていくようになった。


 相手がこちらに危害を加えるというのならば——こちらも危害を加えても問題ないはずだ。


 命を奪おうとしてくるのならば、等しく命を狙われても問題ないはずだ。

 こちら側が一方的に襲われる理由など、存在しないのだ。


 喰らえ。

 奪え。

 そして己が糧とせよ。


 身体の奥底から感じる飢えを満たさんとする衝動のままに、他の種達を襲い始めた。



 他の魔物達を取り込むことで、尽き掛けていたマナが補填されていく。

 他の存在を喰らいたいという衝動は依然として存在しており、マナが満たされてきても、より多くの糧を求めるようになっていた。


 他種の魔物を取り込んでいく中で、今までとは比較にならない量の情報を得ることが出来た。

 体内の構造や各器官がどのような働きを担っているかなど、ただ相手を認識するだけでは知り得なかったことが詳らかになっていく。


 そして、何故己が迫害されていたのか、その原因へと思い至った。

 どれだけ姿形を似せたところで、その動作がシェイプシフターの蠢くような動きであっては異質な存在として看破されてしまっていたのだ。


 それぞれの種の骨格、身体の動かし方を理解しなければならなかった。

 そのことに気付いてからは、行動の方針は明確となった。

 徒に喰らい尽くすのではなく、まだ情報を得てない相手を重点的に狙っていく。


 喰らい、取り込み、理解していく。

 繰り返し、繰り返し。

 何度も、何度も。


 あらゆる魔物達を襲っては、自らの糧として吸収していく。

 強靭な外皮に身を包んだもの。

 宙を飛び交い、音の反響で獲物の位置を探るもの。

 二足歩行の牛頭をもつもの。


 様々な種の情報を獲得していくごとに、マナの総量が増していき、擬態の精度が高くなっていった。

 中には魔物とは異なる、奇妙な音を発する種もいた。


 取り込み、手に入れた情報によれば、その種は人族と称される存在だった。


 その者達は、この薄闇の空間に生息するのではなく、不定期に現れては魔物を狩ったり、魔鉱石を採掘してはどこかへと去っていくのである。

 その者達は二足歩行という共通点はあるものの身体的特徴の違いが多い種であった。


 気になり、取り込んでみたところ、人族という種族はヒトという大きなカテゴリーの中に含まれるものであり、その他に犬人族や猫人族といった特徴ごとに分類が異なる種が存在するようである。

 その他にも男女という性差が存在するようである。

 同じ種族を性別というもので二分する意味が分からなかったが、どうやらヒトというものは男女が交わることで、次の世代を生み出す種であるらしい。

 

 興味深い。

 魔物とは全く異なるその生態に関心が生まれ、次なる行動指針が定まった。


 知りたい。知りたい。知りたい。知りたい。知りたい!


 ヒトを取り込んだところで、魔物程マナは満たされなかった。

 しかし、害意とはまた別の、いつの間にか生まれていた欲求に突き動かされ、己は行動を開始する。

 お読みいただきありがとうございます! 


 少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、幸いです。

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