第68章『雷光』
闇を切り裂く光の刃。
己の内より生じるその名を轟かせよ——
『ずっと、そこにいたんだね』
「勇士を導け、希望の糸よ!!」
符に籠められた術式を起動させるためにマナを注ぎ込み、術式名を叫ぶ。
直後、ハラミが目撃したのは、符から放たれた眩い光が糸状に織り上げられていく光景だった。
無数に見える細い糸が絡み合うようにして形成されたそれは、光を束ねたように見えるが、確かな質量を感じさせるものだった。
光の糸が先端を震わせると、目指すべき場所を見付けるようにあるはずのない視線を周囲へと走らせる。その動きはヒュドラ擬きの胴体——その深奥を見透かすようにして静止し、次の瞬間には強靭な体表を貫いていた。魔血が飛び散ったり、ヒュドラ擬きが苦悶の叫声を上げていない事から、糸は物質を透過して突き進んでいるのだろう。
だが、間もなくしてヒュドラ擬きが嫌悪感を露わにして、身体に付きまとう不快な何かを払い除けようと暴れ始める。
符から伝わる感覚が、糸が時空穿穴の向こう側へと浸入した事を知らせてくる。オドを捕捉するのも時間の問題だったが、相手もそうはさせまいと抵抗を強めていく。
胴体から遠くまで伸びた首は怒りを示すように縦横無尽に振り回される。迎撃のために残っていた首もすのぴ達抑え込んでくれているが、攻撃の激しさ増す一方だった。
——はやく!!
激しくうねる胴体に弾き飛ばされないようにしがみつき、符に籠めるマナを増やしていく。それと共に求める物を強く思い描く。
これ以上ヒュドラ擬きがヒトを襲わないように、ここで止める。そのためにも、核となるオドを破壊しなければならない。
オドは形のない臓器と呼ばれるだけあって物理的な実体を持たないものであるが、ユズリハが遺してくれたこの魔法ならば、
——捕まえ、た!!!
糸が球状の何かに絡み付いたのを察知した瞬間、ハラミは符を通して光の糸を渾身の力で引き寄せた。
粘り気のある泥の中から、重たい物を引き上げるような感覚が腕に伝わってくる。
「——!!!!」
離せと言わんばかりにヒュドラ擬きの抵抗が激化していく。僅かにでも手の力を緩めようものなら振り落とされてしまいそうになる。いや、それよりも前にのたうち回る胴体と地面に挟まれて圧壊させられるかもしれない。そんな事が脳裏を過ぎると否が応でも気持ちに焦りが帯びてくる。
焦燥感に駆られながらも、着実に光の糸を引き戻していく。
もう少し、そう感じた瞬間に、恐れていた事態が起きてしまった。
ヒュドラ擬きの胴体が苦し紛れに跳ね上がり、宙で身を捩る。結果、ハラミがしがみ付いた側が地面を向き、加速度的にその距離を縮めていく。
思わず目を瞑ってしまうが、最後までその手を離すまいと力を込めると、
「大人しく——しろってんだよ!!」
背にした地面側からマナの高まりを感じ取り、直後にはそれが鋭利な形となって隆起していく。脇を抜けてヒュドラ擬きの巨体を磔にした力を、ハラミは知っている。
「とらさん!!」
「今だ! やれぇ!!」
とらの叫びに促され、思いっ切り腕を引く。
すると、ずるりという感触と共にヒュドラ擬きの肉体から鈍色の球体が零れ出て来る。光の糸で絡め取られたそれは見るだけでも心に悍ましさを植え付けるような不気味さを醸し出していた。
——これを破壊すれば!
魔物の生命維持を担うマナの供給源を断つ事が出来れば、どれだけ強力な再生能力を持った相手であっても無力化出来るはずである。
急ぎ破壊のためのマナを練り上げていると、違和感が全身を覆い尽くした。
あるはずのものが、急になくなってしまったような——見えているのに何かが失われているような感覚。
突然湧き出してきた違和感に困惑し、しかしすぐにその正体に辿り着く。
とらが放った戦技により頭上で磔にされた巨体から、命の気配が消え失せているのだ。
まるで抜け殻。そう感じた事が何を意味するのか、眼前の光景がすぐさま突き付けてくる。
光の糸で捉えられたオドの外郭とも呼べる表面が蠢き、瞬く間にその表面積を膨れ上がらせていく。
——脱ぎ捨てた!?
脱皮するが如く、不要となった肉体との繋がりを切断し、再生能力に物を言わせて新たな肉体を生成しようとしているのだ。
肉の鎧が再びオドを覆い尽くしてしまう前に破壊しなければ、折角のチャンスが無に帰してしまう。
誰もがそれを感じ取ったのか、皆が一斉に攻撃を叩き込んでいく。
だが、そのどれもが際限なく生み出されていく肉体に阻まれて核への到達へと至らない。それどころか再生速度が今までのものより明らかに速くなっているように感じられる。消滅の危機に瀕した事で、能力が成長したのか。その想像に奥歯が欠ける勢いで歯噛みする。
——それでも!!
まだ誰も諦めていない以上、ここで自分も投げ出す訳にはいかなかった。
ここで決着を付ける。その決意を胸に、何度でも、何度でも拳を叩き付けていく。
破壊と再生が間断なく繰り返される中で、この均衡を打ち破る何かがないかと模索する。
先の戦闘でレインが見せた戦技はどうだろうか。否、マナを練り上げる時間を確保するのは難しいどころか、今レインに抜けられるとこちらが押されるのは目に見えている。
他に何か手立てはないのか。
溢れ出る肉塊を穿ち、オドへと至るだけの攻撃手段を持っているのは——
「…………あ」
◆
「ぽーさん!!」
最前線からの呼び掛けに、ぽーが視線を向けるとハラミが次々と溢れてくる肉塊に拳を叩き付けながら、要望を飛ばしてくる。
「数秒だけでも、抑え込めますか!?」
ハラミが求める所は、膨れ上がる肉体を結界の中に封じ込めるかどうか、という事だろう。
可能ではあるが、増幅され続ける質量を前に結界を保てる時間は数秒間が限度である。
——ですが、その僅かな時間が必要という事ですね!
「お任せください!!」
他のメンバーへの補助を行いながらの並列詠唱で魔を封じ込めるための術式を起動させていく。魔法を発動させるために必要なマナを迅速に出力していく。
「——スフィア・リフレクション!!」
発動した術式により、球体の障壁が対象を包み込んでいく。
内部からのエネルギーを反転・反射させる結界が生み出され、膨張を続ける肉体を抑え込む。しかし、球体には瞬く間に亀裂が走り、今にも崩壊しそうであった。
この限られた時間に起死回生の一手が打てるかどうかが勝負の分かれ目である。ハラミが考え付いた策が何なのか、それを確認するために目を凝らすと——空間を走り抜ける稲光に釘付けとなった。
陽の届かぬ迷宮区画の奥底で、眩い光が薄闇の空間を照らし出す。
その発生源を確認した時、ぽーの心には、やはり、という思いが浮かんできた。
ユズリハの手記にも綴られていたハラミに対する考察。自身が導き出したものと同じ帰結へと至った彼女に対する賞賛が今一度胸の高鳴りを伝えてくる。
やはり——
「——そこにあったのですね!!」
それは、ミノタウロスがミノタウロスであるが故に、決して分けて考える事が出来ぬ物だった。
過去の記録では、それをミノタウロスから引き剥がしたところ、自らの命を顧みずに奪還しようとしたとあった。
それ程までに深い結び付きを持つ、ミノタウロスにとっての半身。
それが今、ハラミの身体——その深奥にあるオドより引き抜かれたのだ。
雷を纏った白銀の威容が、主の呼び声により目を覚ましたのである。
◆
『ハラミくんについて気になる事があるとすれば、それはバトルアックスの所在だと思います。
ミノタウロスの象徴とも呼べるバトルアックスを、彼は所有していないと言うのです。
上位個体であるが故に、バトルアックスに対する執着が薄れたのかとも考えたのですが、どれだけ存在としての階位を上げたところで、ミノタウロスである以上、バトルアックスは手放せないものであるはずです。
それ程までにミノタウロスとバトルアックスは分け難い存在だと言えるです。
では、彼のそれはいったいどこに行ってしまったのか?
思考を重ねていく事で、私の中で一つの推論が組み上がっていきました。
彼のバトルアックスが存在しない、あるいは失われた、ではなく、まだ存在として確立されていないのだとすればどうでしょうか?
失われているならば、不安に駆られて取り乱すはずです。
臆病で泣き虫ではありますが、ハラミくんからはそのような様子は見受けられませんでした。
だから、私には確信に限りなく近い考えがあります。
ハラミくんのバトルアックスは、今も尚彼と共にあると。
その所在は——』
◆
「ヴモォォォォォォォォ!!」
己の胸に手を当て、雄叫びと共に内側から力の結晶を呼び覚ます。
それは自身をミノタウロスたらしめるための武器。
存在の象徴であるそれを、己の深奥たるオドより引き抜く。
迸るマナが雷へと姿を変えて轟く。
今まで以上にマナの昂ぶりを感じる。これが本来の姿であると、直感が訴えかけてくる。
興奮を噛み締めるように、半身の柄を握り締める。
眼前ではぽーの結界が破られ、抑え付けられていた肉塊が濁流の如く氾濫する。その一部が大蛇の姿を象り、こちらへと襲い掛かってくるが、
「させませんわ!」
バニラが放つ高速の突きにより、その軌道を逸らされ、
「甘い!」
レインの双剣が道を切り開いてくれ、
「いっ——けぇ!!」
すのぴの一撃がオドを覆い隠そうとしていた肉塊を吹き飛ばす。
これで、己と相手の間を遮るものはなくなった。
皆が繋げてくれたから、ここまで来れた。
支えてくれた者達にそして、愛を授けてくれた二人に届けと、声を張り上げる。
「——かたじけない!!」
そして、持ち得る限界の力を込めて、振るう力の名を叫ぶ。
我が半身、その名は——
「雷光戦斧ッッ!!!!」
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