第61章『ユズリハノウタ④』
これは失意の記録。
されど、心は未来に向けて——
『最期まで貴方と共に』
シロウさんと想いを通わせあってからすぐの事、私達は日を置かずして祝言を挙げました。
私がシンラで研鑽を積んでいる間、シロウさんも八面六臂の活躍で将軍からの覚えも良く、地位を高めていました。私は私で期待を寄せられている事を理解しておりました。
そうなると、今後は二人揃って目まぐるしい日々を送る事になると分かりきっていましたので、少しでも余裕のある内に夫婦の契りを交わしておこうと思ったのです。
互いに両親、親類はいませんでしたが、多くの方々に祝福される中で、永遠に寄り添う事を約束しました。
◆
想像していた通り——いえ、それ以上の激務が押し寄せてきて、購入したばかりの新居はただ睡眠を摂るだけの場所になる日が大半でした。
病弱だった幼少期を知られている事もあり、シロウさんからは毎日のように心配されていました。しかし、不思議と活力に満ち溢れており、最近知り合った人に病弱であった事を伝えても首を傾げられる程には溌溂とした印象を持たれているようでした。
オドの成長も止まる事なく、扱えるマナの量はヒノクニ内では五指に入ると噂されるようになりました。
国内の治安維持、魔物の討伐、魔法体系の新理論構築。
次から次へとやる事が溢れてくる日々でしたが、シロウさんと支え合いながら駆け抜ける毎日に、満ち足りた思いを感じていました。
◆
夫婦になったからには、そういう営みもありました。
子供は何人欲しいだとか、男の子ならどういう名前で女の子ならこういう名前で、と逞しい彼の腕に包まれながら、明るい未来を夢想して閨の語らいに花を咲かせていました。
私の名前の由来通り、幸せな日々は次の世代に引き継がれ連綿と続いていくものと、この時は疑う事もしませんでした。
◆
いつまで経っても子を身籠る事はなく、不審に思い本格的に検査を受けたところ、どうやら私の身体に原因があり、子を成さないとの事でした。
医師からその事実を告げられた瞬間に、目の前が暗くなったのを覚えています。
次に正気を取り戻したのは荒れ果てた家の中、ひび割れた鏡に映った自分の姿を見た時でした。
赤く目を腫らし、母譲りの黒髪を千々に乱れさせた姿は見るに堪えないものでしたが、シロウさんは静かに抱き止めて子を成せずとも気に病むなと何度も語り掛けてくれました。
それでも、私は私の名を恨めしく思ってしまったのです。
◆
それから、私は体調を崩す事が増えるようになりました。
まるで病弱であった頃のように床に伏して、何日も高熱に苦しむ日々が戻ってきました。
子を授かる事が出来ないという事実に心労が溜まったせいなのか、あるいは何かの流行り病なのかと何度も医師に診てもらいましたが原因は不明で、処方された薬も気休めにしかなりませんでした。
頭の片隅に自身の終焉が顔を覗かせ、眠りに付く事が怖くなってしまいました。
このままでは遠くない未来に、シロウさんを置いて旅立つ事になってしまう。
シロウさんに、私の事は忘れて別の誰かと幸せになって欲しいと思わず口にしてしまった事もありました。
あの時のシロウさん、初めて見るような怒りようで凄く怖かったのですが、どれだけ自分を想ってくれているのかが伝わってきて、嬉しい反面馬鹿な事を言ってしまったと猛省しました。
シロウさんとの日々を諦めたくない。その一心で、何か出来る事はないかと蓄えてきた知識を総動員させていると、かつて師匠が何気なく溢していた言葉を思い出しました。
体内のマナを操作して老化を遅らせる事が可能である、という話。
人並外れたマナが必要であると言っていましたが、あの時の話が本当であるのなら、その応用で病の進行を遅らせる事が可能では? という推論が浮かんできました。
思い立ったら即行動とばかりに、私は手探りの状況から実践を試みていました。
体内のマナを余す事なく制御下に置き、血流の如く全身を駆け巡らせる。
身体強化の術とは似て異なる感覚に最初は翻弄されていましたが、慣れてくると無意識下でも制御を途絶えさす事はありませんでした。
日毎に生気を取り戻していき、多少の気怠さに苛まれながらも、日常生活を取り戻す事に成功しました。
それでも保ってあと三年。
それが、医師から下された最終判断でした。
◆
北領のモスタール帝国に万病を治せる名医がいる。
そんな噂が耳に入ったのは余命を宣告されてから二年が過ぎた頃でした。
マナによる抑制が効いているようで、小康状態が続いていたので職務に復帰していましたが、将軍直々に無理はするなと釘を刺されたので、魔法の研究に専念させてもらっていました。
そんな中で同僚の一人が噂を聞きつけて教えてくれたのです。
あれからも何か手はないかと模索する日々でしたが、マナによる抑制以上のものは見付からず、内心焦りを感じるようになっていました。
行き詰まりを感じていた事もあって、私は一縷の希望に縋るよう、北領へ赴く旨をシロウさんに申し出ました。
その頃の彼は要職を任されており、長期間私事でヒノクニを離れさせる訳にはいかないので、単身で北領に向かおうとしましたが、やはりと言いますか、シロウさんからは猛反対されました。
自分も付いていくと意志を曲げようとしない彼をどう説得しようかと頭を悩ませていると、私達に対して将軍からまさかの暇が与えられました。
私の治療を第一に考え、シロウさんには片時も離れず付き添うように、温情に満ちた命が下ったのです。
将軍もその頃には老年を迎えていたので、体調を崩しがちでしたが、こちらの事は気にするなと送り出してくれたのです。
信頼を置いてくださっていた臣下を二人、長期間に亘って手元から離す事に躊躇いはあったかと思います。それでも私達の事を思い遣り、背中を押してくださった事には感謝の念が絶えません。
治療を終えて、無事な姿をお見せする事が何よりの恩返しであると思い、無事の帰還を誓い、私達はモスタール帝国へと旅立ちました。
◆
数ヶ月にも及ぶ旅を終えた先に待ち構えていたのは、どうしようもない現実だけでした。
世界最高峰の名医とされるピオス様をもってしても、私を蝕む病魔を取り除く事は叶いませんでした。
……正確には、私の命を喰らい尽くそうとしているのは病ではなく呪いだったのです。
いつ。どこで。呪いを受けたのであれば何らかの兆候があった筈ですが、私のこれは本当にいつの間にかに発露したもので、原因は全くの不明だったのです。
最早為す術はなく、シロウさんは血が滲む程に拳を握り締めていました。
シロウさんには申し訳なかったですが、私の心は不思議な程に凪いでいました。
彼の手を取り、不安などどこかに消えてしまった笑顔を浮かべて、
「シロウさん……最後に、貴方と冒険がしてみたいです」
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