第60章『ユズリハノウタ③』
それは研鑽の記録。
いつか貴方と並び立つ為に、出会いと別れを糧にして——
『そのために、頑張るの』
半年後。
兼ねてより入学が決まっていたヒノクニ最高峰の魔法使い養成学校シンラへの初の登校日に、私はお世話になっていた保護施設で退居の挨拶を済ませていました。
院長はここから通う事を許してくれていましたが、少しでも魔法の鍛錬に打ち込む時間を確保したくて、シンラが設けている寮への転居に踏み切りました。
そうなると、今まで以上にシロウさんと会う時間は少なくなってしまいますが、今はまだ彼の横に立てるとは思えなかったので、シンラで力を付けて戻ってくるまでは、胸の奥の慕情に蓋をしようと決めたのです。
院長達に見送られる事に後ろ髪を引かれながらも、私は前を向いて歩み続けた。
保護施設を出てすぐの大通りでは、シロウさんが瞼を閉じた状態で静かに佇んでいて、こちらの足音に気が付いたのかゆっくりと瞳を露わにしてきました。
徐々に近付く二人の距離、しかし交わる事なくすれ違う最中で、シロウさんが放った「待っている」という言葉に「行ってきます」とだけ応えて、学舎への道を急ぎました。
その短いやり取りに、互いの気持ちが通じ合っているように感じてしまい、緩む頬を引き締めるのに苦労したのはここだけの秘密です。
◆
シンラでのカリキュラムは流石最高峰と謳われるだけあって、途轍もなく高度な内容でした。
自分がどれだけ胃の中の蛙であったかと突き付けられ——俄然やる気が湧いてきたのです。
自分の想像を超えた範疇に、まだまだ高みが存在する事を知り、いずれはそこに辿り着きたいと思いました。その領域に至ってこそ、ようやく彼の隣に相応しいのだと思えたからです。
幸いにも切磋琢磨出来る友人に恵まれ、《鬼神の災禍》の際に封印を復旧させるためにギルドから派遣された魔法の申し子と崇められる天才魔法使いに師事出来た事で、半年と経たずに入学前とは比べ物にならない力を手に入れたのです。
師匠(こう呼ぶと彼女は渋い顔をしますが)曰く、稀有な才能に恵まれ、かつ努力を怠らなかったからこそ得られた力だから誇りなさい、と言ってくれました。
それは今日に至るまでの全てを、私を通して両親をも褒めてもらえたようで、これ以上とない賛辞でした。
師匠はいつも眉間に皺を寄せて無愛想に見えますが、しっかりと生徒達を見守り導いてくれる慈愛に満ちた方だと思っています。
彼女の事を詳しく知らない人達が悪評を囁いていたので、師匠の本質を説いたところ、返ってきたのはそれは誰の話なのか、という不思議そうに首を傾げる姿でした。
どうにか師匠の魅力を伝えられないかと頭を悩ませていると本人にバレてしまい、恥ずかしいから止めなさいと釘を刺されてしまいました。
余程納得していない顔をしていたんでしょうね。師匠は私にやれやれといった様子で、「貴女を含む私の生徒が分かっていてくれるだけで嬉しいわ」と微笑む姿は、今でも鮮明に覚えています。
◆
二年次への進級が決まった事を友人達と喜び合い、この事をすぐにでも師匠に伝えたくて、彼女の研究室に駆け込むと、彼女が荷物を纏めているところでした。
年度終わりの大掃除だと思ったので手伝いを申し出ましたが、彼女は珍しくバツの悪そうな顔をして、来年度にはここにはいない事を告げられました。
師匠がヒノクニに訪れたのはギルドからの指示であり、《鬼神の災禍》を引き起こした結界の欠損を修繕するためである事を思い出しました。その期間が一年半にも及んだのは、結界の経過観察を行っていたためであり、問題がないと判断が下った以上、彼女は元いたイースデンへと帰還する手筈になっていたのです。
私達の卒業まで見届けたかった、という言葉に嘘偽りはないようでしたが、やらねばならない事があると、師匠は寂しげに溢していました。
数日後、年度最後のカリキュラムが終了したのを見届けて、彼女はシンラを後にしました。
別れを惜しむ生徒一人一人と言葉を交わしていき、私にも激励の言葉を贈ってくれました。
去り行く師匠に、いつか立派になって会いに行きますと誓いを立てて、残る二年間を直向きに歩み続けました。
◆
瞬く間に過ぎた三年の月日の中で、私の符術はヒノクニ随一とまで謳われるようになりました。
シンラを首席で卒業し、将軍家お抱えの魔法使いとしての奉公が決まった事で、ようやく私にも決心が付きました。
シンラの正門を抜けてすぐの桜並木で待ち構えていたシロウさんの姿を見付け、鼓動が早鐘を打つのを必死で抑えながら、逸る気持ちを言葉に乗せる。
この日、長年の慕情が、ようやく実を結ぶ事となったのです。
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