第70章『さよならを胸に秘め』
別れを惜しみ、されど心は共にあらんと希う。
旅立ちを告げる言の葉と共に駆け出そう——
『行ってきます』
「え……シロウさんやユズリハさんの遺体は、ここで燃やしてしまうの?」
とら達が話を進めているのを横で聞いていたすのぴは、想定していなかった話の流れに思わず口を挟んでしまった。
死者の肉体は聖職者による浄化を行ったのちに、火葬を行い弔われる。それは知識として待ち合わせていたので、そこに疑念はなかったが、
——てっきり、故郷の地で行うものだと思ったんだけど……
「流石に背負って行くわけにはいかねぇしな」
とらの物言いから、彼もそうしたいのはやまやまであることは感じ取れた。しかし、遺体は腐乱していき、僅かとは言えど残留したマナを無抵抗な相手から手に入れようとする魔物だけでなく、屍肉で腹を満たそうとする獣の標的にもなってしまう。屍と化した肉体を運ぶのは想像以上に骨が折れるらしく、先を急ぐ身としては避けるべき行為だと伝えられる。
それならばと、すのぴは最近知り得た知識を引っ張り出してきて、まるで妙案を思いついたと言わんばかりに代案を示す。
「そうだ! ボックスに入れて運ぶのは無理なの?」
魔道具ボックスの特性を思い返す。
異空間への物質の保管を可能としたこの魔道具は生きたままの生物を収納することが出来ない。内部でどのような作用が働いているかは不明であるが、僅かな時間でも収納された生者の生命は失われてしまうのである。かつての悲惨な研究結果により、現在ではヒトをはじめとした動物については、生きている場合は収納出来ないように機能に制限が設けられているらしい。
だが、死者の肉体であればその制限に引っ掛かることもなく運搬が可能ではないのかと提案してみたのだが、
「無理じゃないが、駄目だ」
と、とらからきっぱりと却下される。
どうしてと追求しようとするすのぴに対して、とらは言い聞かせるように落ち着いた声音で続ける。
「すのぴの言うように遺体をボックスに入れて運ぶことは可能なんだが——そのままの状態で入れちまうと、魔物化しちまうんだよ」
「そんな——」
想像の斜め上をいくとらの説明に、すのぴは息を呑んだ。
ぽー達にも視線を送ると、返ってくるのはとらの話を肯定する内容だった。
「シャドウという影で全身が覆われた魔物、ですね。死者が怨念や後悔によって魔物化したゾンビとはまた異なる存在で、その生態は今も謎に包まれています」
「元の姿と掛け離れた状態にすれば、シャドウにならずに済みますけども……流石に、それは」
視線を泳がせ言い淀んでしまったバニラが示そうとした内容。話の流れからして、それはつまり死体をバラバラにしてしまえば良いということなのだろうが、まともな倫理観を持っていれば躊躇してしまうものだった。
聞けば、魔物の死体もそのまま収納してしまうと、シャドウとなって復活してしまうそうである。
ハラミと出会った時に討伐したロックバイソンも食料とするために、そのままの姿ではなく解体した上で収納していたのを思い出す。その時はボックスの容量に上限があるからだとか、予め調理しやすい形に仕込んでおくためだと思っていたが、
——シャドウにさせないため、だったんだ……
そのような理由があるのなら、提案した内容は取り下げなければいけない。そう思い、ハラミの様子を伺ってみると、
「自分も、二人の身体を傷付けたくはないです」
だから、ここでお願いします。しっかりとそう告げたハラミだったが、その声は僅かにだが震えを帯びていた。
悲しくないわけがないのに、毅然とした姿を保とうとする姿勢に、異論を挟む者はいなかった。
遺品として残しておける物を取り除いていき、粛々と火葬の準備が整えられ、皆に見守られる中、二人の遺体が炎に包まれる。
揺らめく弔いの火が次第に勢いを増していき、独特な刺激臭が鼻腔に刺さるのを感じた。
広い空間とはいえ、念の為身体に悪影響を与えないようにと風魔法が発動される。緩やかな大気の流れが、立ち昇る煙を押し流していく。その光景に、二人の存在が希薄化していくようだと感じてしまい、胸が苦しくなる。
関わったことがない自分でもこれなのに、ハラミの辛さはどれほどのものか計り知れなかった。
ふと、隣に立つハラミを見上げると、彼の視線は真っ直ぐに二人へと注がれていた。燃え盛る炎の中に消えていくシロウとユズリハの姿を網膜に焼き付けようとしているようだった。口元は硬く引き結ばれ、溢れる涙を拭おうともしていなかった。
その姿に掛ける言葉が見つからず、すのぴにはその背中に手を添えてやることしか出来なかった。
◆
「俺たちは急ぎで総本部に向かわなきゃならねぇから、北領側への伝達は任せても良いか?」
シロウとユズリハの遺灰と燃え残った骨を集めている間に、とらがローウェン達に頼み事をしているのが聞こえてくる。
ローウェン達が顔を見合わせたが、すぐに承諾の意を示していた。そうと決まればと、彼らは手早く出立の準備を整えて、この場を立ち去ろうとしていたので、ハラミは慌てて呼び止める。
「あ、あの!」
呼び掛けに何事かと振り返られる。その表情に少なからず緊張の色が滲むのが分かったが、臆せずに伝えるべきことを口に出す。
「ありがとうございました!」
言葉を放った直後に、腰を折り頭を下げる。
シロウとユズリハの浄化や火葬の段取り、シェイプシフター討伐への助力など、感謝すべき事柄は沢山あった。その全てに対して、誠心誠意の謝辞を伝える。
どういう反応が返ってくるか分からなかったが、本心が少しでも伝われば良いと思いながら、相手の返答を待つ。
「こちらこそ、だよ」
その声に顔を上げると、こちらへと歩み寄ってきたローウェンが穏やかな表情を向けてくれる。
「君のおかげで、あの怪物を食い止めることが出来た。だから——こちらこそ、ありがとう」
彼の背後に控えていた者達も同意するように頷いてみせてくれる。
そのことに嬉しさが込み上げてきて、また同じ言葉を繰り返していた。
去り行くローウェン達を見送ると、とらが今後の方針を確認し始める。
「さてと、これから俺達は当初の予定通りギルド総本部に向かうわけだ。その後の流れ次第にはなるが、ヒノクニに立ち寄って二人を改めて弔ってやろうと思う」
すのぴとバニラは異論なしと頷き、雇われの身というものらしいレインもそれに追随する。
「私もメーティスに向かう道すがらですので、もう暫くはご一緒させてもらえると助かります」
「よし! それじゃあさっさと迷宮区画を抜けるとするか」
ぽーからの確認が取れたので、方向性は定まったととらが音頭をとる。
先のローウェン達同様に皆が準備を済ませていくのを眺めて、ハラミは声を上げる。
「あの! 無理は承知でお願いしたいんですが、自分も同行させてもらえませんか?」
魔物の身で彼らの旅について行くことがどれだけ困難かは想像の域を出ないが、それでも並大抵のものではないだろう。自分が魔物だと気付かれれば、彼らにも危害が加わるかもしれない。彼らやローウェン達は受け入れてくれたが、そちらの方が圧倒的に少数派であることは間違いないだろう。
「なに、言ってるのさ……」
すのぴが目を見開いて信じられないものを見たような表情を浮かべている。
すのぴだけじゃない。他の者も皆が同じように言葉を失っていた。
やはり、ミノタウロスを迷宮区画の外へと連れ出すわけにはいかないのだろう。彼らも自分と共に行動してくれたのは迷宮区画内に限った話だったと考えると、心の奥が穴が空いたような寂しさに塗れてしまう。
項垂れて視線を落としたこちらに覆い被せるように、とらが大きく溜め息をつくのが聞こえてきた。その次に投げ掛けられる言葉を想像してしまい、ぐっと瞼を閉じてしまう。
「ったく——お前が来ねぇでどうすんだよ」
「……………………え」
言われた言葉の意味を理解するのに時間が掛かった上に、口から零れ出てきたのはあまりにも間の抜けた音だった。
「い、良いんです、か?」
恐る恐る尋ねてみれば、バニラ達から畳み掛けるように言葉の波を浴びせ掛けられる。
「当然ですわ。だって貴方は、お二人にとって家族同然に思われていたんですもの」
「貴方の手で二人を故郷まで送り届けてあげましょう」
「でも……本当に、良いんですか?」
彼らの言葉に嘘は感じられなかった。だけど、そんな都合の良いことがこんなにも続いて良いのかと、疑り深くなってしまっていた。
そんなこちらの懊悩など知ったことではないとでも言うように、既に歩き出していたレインが振り向きざまに、
「早くしなよ。置いてくよ?」
それだけ言い残して、レインが変わらぬ歩調で離れていってしまう。
とら達が呼び止めるながらも、駆け足で追い掛けて行くのを見て、
「ほら! 行こう!」
「は、はい!」
すのぴから差し出された手を取ると、すぐさま腕を引かれて足を前へと踏み出す。
ふと、何かを感じて視線を背後に向けると、火葬跡の周囲に残った熱のせいか、大気が揺らぎ、その輪郭がヒトの形のように見えた。
寄り添い合い、こちらを見送る姿は、自身の願望が生み出した幻影なのかもしれない。しかし理由はどうあれ、こちらへ微笑む姿に対して、込み上げる想いを込めて高らかに叫ぶ。
それは別離を告げるためではない。
いつかまた、愛しき貴方達の元へ帰る日を夢見て——
「行ってきます!!」
お読みいただきありがとうございます!
戦いを終え、ハラミは仲間と共に旅立ちました。彼の道行に幸多からんことを祈って——
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