第57章『望まぬ再会』
追い求め、縋る思いでここまでやってきた。
その果てに待つものが、どのような形であるかなど——
『考えたくなかった』
そこへ辿り着くのに、どれだけ時間が過ぎたのだろう。
近付くに連れて、足に重く纏わり付く感覚が全身にまで広がっていた。
まるで、前に進むことを本能が拒絶しているかのようだった。
——だけど……
自分はそこに向かわなければならない。
闇の中で蹲る姿から、目を逸らしてはいけない。
胸の奥から湧き上がってくる衝動に突き動かされて、歩を進める。
手が届きそうな場所まで来る頃には、肺が押し潰されそうな程の息苦しさを感じる。
霞む視線の先で、桃毛の兎人族が膝を抱えて俯いている。
それは、かつての自分だった。
何の疑念を差し挟むことなく、目前の正体を受け入れる。
TOIKIに幾度となく捕食され、訳も分からないままに再生を繰り返す日々が思い起こされる。
途切れ途切れの記憶と、どうすることも出来ない諦めだけが、かつての自分だった。
何をしても無駄だと、抗う気力を失っている姿に、身体の奥で鈍い痛みが走る。
とらとかぷこーんに助けられ、生きる意志を取り戻した。
諦観に囚われた自分はもういない。
そう思っていたのに、こうして目の前に姿を表したのは——
「——ッ」
思い当たる節が脳裏に浮かぶのに合わせて、目の前の姿が変異する。
膝を抱えて俯いているのは同じだが、その姿は明らかに自分のものとは異なっていた。
——ハラミさん……
ヒュドラ擬きから助ける際に感じた怒りや嫌悪が、全身を蝕んでくる。
シロウやユズリハを見付けたいのだろう。
彼等の無事を確かめたいのだろう。
なのに、恐怖に縛られて、抗うこともせずに破滅を受け入れようとするなんて、自分には容認出来ない。
どんなに言葉で恩があるからと言っていても、所詮はその程度の覚悟でしか——
『こ、来ないでくださいぃ!』
熱を帯びていく思考の片隅で、あの時の光景が過ぎる。
——いや……
そうじゃ、ないだろう。
身体が竦み、それでもどうにか声を張り上げていたハラミに、抗う意志はなかったのか。
あれが、彼なりの拙い反抗なのだとしたら——
自分が怒りを抱くのは、お門違いではないか。
自分とハラミは、境遇も重ねてきた経験も違うのだ。
ハラミの反抗は、あの場では通じるものではなかった。
だけど、その意志は——確かに存在したはずだ。
——謝らないと……
勝手な思い込みで叱責したことを。
そして——
心に浮かんだ決意を自覚した瞬間。
蹲っていた姿が霧散していく。
残ったのは、どこまでも続く青黒い闇と、
——あれ、は……
闇を押し退けるように押し寄せてくる白銀の輝き。
その中央、一際の輝きを放つ螺旋構造に目を奪われる。
——マジカル、ソフト……?
何故、あれがここに?
答えは、どこにもない。
視界の中で、光が闇を塗り潰していく。
やがて、温かな光に包まれて、意識が漂白されてゆく——
◆
「先程は、申し訳ありませんでした」
「……いや、お前は間違っちゃいねぇよ」
頭を下げてくるローウェンを一瞥して、非がないことを認める。
ローウェンはパーティーのリーダーとして、正しい判断を下したのだ。
疲弊した仲間達の元へ、得体の知れないミノタウロスを招き入れるなど、通常の感覚では有り得ない。
——気を付けていたつもりだったんだがな……
魔物であるハラミに対して、一線を引くようにしていたのだが、いつの間にか絆されてしまっていたようだ。
ハラミが無害なのは、間違いない。
短い付き合いの中でも、それは断言出来る。
だが、初対面のローウェン達にも受け入れろというのは酷な話だ。
ローウェンとしてはこちらの言い分を無下にしたくないといった様子だったが、それで仲間達を危険に晒させるわけにはいかない。
その場で攻撃してこなかっただけ、御の字だろう。
「そういや……エッジとサーシャがいねぇが、どうかしたのか?」
野営地に招かれ、周囲に視線を向ける。
不在の人物の名を挙げて訊ねると、ローウェンが表情を歪めて、
「ここを見つけた時に、亡くなっていた人達がいたんです。ヒュドラが近くで暴れていたので最低限の処置を施していたんですが……本格的な浄化はこれからです」
「そうか、それであの二人か」
死者の魂は、速やかに浄化する必要がある。
迷宮区画のようなマナに満ちた空間では短期間でゾンビ化が進んでしまうからだ。
聖職者のエッジと医術に長けたサーシャがこの場にいないことに納得すると共に、亡くなった者達について思考を働かせる。
このような安全地帯で命を落としたということは、食糧が尽きたか、命に関わる怪我を治す術がなかったかだろう。
探検家や資源採取の任を負ったどこぞの国の兵士かは分からないが、不憫であることに変わりない。
見ず知らずの相手であるが、心の中で哀悼の意を抱く。
「結構な人数なのか?」
「いえ、それがたった二人だったんです。パーティーから逸れたのかは分かりませんが……俺達がもう少し早く到着していれば、助けられたかもしれなかったんですが」
と、ローウェンが口惜しそうに言葉を漏らすのを聞いて、何かが頭の片隅に引っ掛かるのを感じた。
「その二人、死因や時期は分かってるのか?」
「そうですね、ここ二、三日で息を引き取られたようで——男性は外傷による失血、女性は外傷がなかったので衰弱か病が原因という見立てです」
引っ掛かりが、明確な予感——それも悪いものに変わるのに時間は掛からなかった。
その者達に思い入れがあるわけではない。
だが、彼等を探していたハラミがこれから直面するであろう現実に、いたたまれない気持ちになる。
まだ、確定したわけではない。
だが、ぽーやレインも何かを察したような様子で、それが自身の直感を裏付けていると感じてしまう。
ここで話を切り上げるという選択肢は、どうしても浮かんでこなかった。
目を逸らしてはいけない。
勘違いであってくれという思いを込めて、確認を続ける。
「その二人だが、他に何か特徴はあったか?」
「えっと、東領の島国やヒノクニの民族衣装を身に纏っていて」
鼓動が跳ねる。
喉の奥が急速に乾いていくのを感じながら、紡がれる言葉を受け止める。
「——互いの薬指に同じ指輪を付けていたので、夫婦だったんでしょうね」
直後、大気を震わす悲痛な叫びが響き渡る。
それが何を意味するのか、ローウェン達には敵襲かと身構えさせたが、事情を知る自分達には何が起きたのかが明確に理解出来た。
悲鳴の発せられた元へ駆け付けると、口元に手を当て動揺を抑え込もうとするバニラと——その視線の先で、亡骸となった男女の前で慟哭するハラミの姿があった。
——あんまり、だろ……
探し求めていた者達との、望まぬ形での再会を果たしたハラミに、掛ける言葉が、出てこなかった。
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