第64章『You Say,Run!』
駆けろ。
己が信ずるがままに——
『行け!』
ハラミがすのぴを助けるために飛び出して行ったのを見て、バニラの内心は安堵に包まれた。
ハラミを奮い立たせるために荒療治まがいの事をしてしまった自覚があっただけに、彼の決心に胸を撫で下ろす。
「良かったですね」
「えぇ、そうですわね」
隣に立つぽーも安心した様子で笑い掛けてくる。
当のハラミはすのぴと何やら話し込んでいるようで、暫くするとすのぴが彼を立ち上がらせていた。
背筋を伸ばして胸を張って立つ姿は、今までの気弱な彼ではなかった。
もう大丈夫だと、そう信じさせてくれるだけのものを感じ取る事が出来たのだ。
ならばこちらは、彼の背を押し、共に苦難に立ち向かうだけである。
そのための力を示すために、一歩を踏み出し意識を集中させる。
「巡る星々 描く軌跡の 妙なる調べ」
淀みなく紡ぐ言葉は、己のオドに刻まれた術式を起動させるための詠唱。
音の連なりが編まれた式を励起させ、超常を引き起こす法を以て世界に働き掛ける。
「猛き力は四肢へと宿り 静謐なる願いはその胸に」
唄を奉じていく毎に、体内からマナの昂りを感じられる。
自身を中心に、地面に円形状の魔法陣が浮かび上がる。
「大いなる意志よ 彼方より来たりて 我等と共に 無辺の戦場を駆けよ!」
魔法陣から放たれる光が強まり、周囲の薄闇を塗り潰していく。
極限まで高められたマナを放出すると共に、術式の名を叫ぶ。
「オル・ゾディアック!!」
四方に弾けた光が、ローウェン達を含む仲間の元へと飛翔する。
強化術を術者任意の仲間達へと施すこの魔法は、対象人数に応じて消費するマナが跳ね上がり、本来の強化術に比べて効果が分散してしまうのが難点玉ある。
本来であればハラミに強化術を施し、ヒュドラの懐まで接近させるのが最善の手であるように思えたが、彼一人に押し付けるという考えは存在しなかった。
自分達が側にいる。その事を示すために、あえてこの術を選んだのだ。
「ぽー博士は引き続き、後方からの支援をお願いしますわ」
「お任せください」
力強く頷くぽーの姿に笑みを浮かべながら、すのぴとハラミに並び立つ。
前線では強化術の補助を得たとら達が気勢を増して攻め立てている。それでも、相手の再生速度が桁外れなせいで形勢は五分と言ったところだろうか。いや、スタミナの差でこちらの方が不利と見るべきだ。
余計な時間は掛けられない。
「準備は良いですわね?」
横目で頷く二人を見て、息を吸い込む。
先程ハラミが粉砕した頭部が再生していくのを見上げつつ、
「行きますわよ!!」
号令と共に、弾かれるように駆け出した。
◆
混戦の最中、レインは新たに戦線に加わった者達を見て、苦い顔を浮かべた。
——ようやくか……
今回の鍵となる者の遅々とした様子に痺れを切らしそうになっていたところだったが、やっと重い腰を上げたようである。
業腹だが、このヒュドラ擬きに対して有効な策を実行出来るとすれば、あのミノタウロス以外に存在しないだろう。
話を聞く限り、すのぴでも可能なのかもしれないが彼は彼でマナのコントロールが不安定という問題を抱えている以上、成功率が高いのはやはりあの者となる。
——あの者、ね……
その思考は無意識によるものだった。しかし、いつの間にか自分はあの魔物の事をヒトのように扱ってしまっていたのだ。
魔物は等しくヒトに仇なす存在である。例外は僅かにだがあるが、それでも相容れない相手であるというのが常識として扱われる認識である。
ましてやミノタウロスなど迷宮区画における暴虐の代名詞とも言える存在なのだ。
どれだけ知性を有して、無害を訴え掛けてきたとしても、魔物という事実がある以上、その存在は決して許容出来るものではない。
そう思っていたのだが、
——あんなものを読まされちゃあ、ね……
ユズリハが遺した手記に綴られていた内容からは、真にあのミノタウロスを想い、大切にしていた事が伝わってきてしまったのだ。
魔物相手に何を馬鹿な事をと最初は鼻についていたが、彼女達が心を通わせていく様を想像してしまい、遂には——絆されてしまったのだろう。
正直、全てを受け入れているとは思っていない。魔物に対する嫌悪や憎悪は依然として心の奥底で燻っている。
それでも、かつての自分が今の様子を見たらどう思うだろう。
激しく非難するだろう。聞くに耐えない罵詈雑言を吐き捨てるだろう。魔王が聞いて呆れると嘲笑するだろう。
だが、あんな魔物が——ヒトに愛される魔物が存在するのだと知ってしまった。
そして彼は今、怯えて震え上がっていた弱さを乗り越えて、立ち上がってきた。
自らの目で目撃した実在を、まやかしと切り捨てる事は可能だ。しかし、それをしてしまえば、
——僕が狭量みたいに思われるのは癪だね……
認める認めないに関わらず、腹立たしい存在である事に変わりないと、改めて認識する。
思えば、彼に対しては魔物である事への憎悪の他に、苛立ちを覚えていたのだった。
強大な力を持つくせに、弱者を装うその在り方に腹が立っていたのだ。
だが、その苛立ちも今の彼を見たら霧散していた。
すのぴとバニラとでスリーマンセルを組んだ彼がヒュドラ擬きの苛烈な攻撃を掻い潜り、時には反撃して己が進む道を切り開いていく。
背後から再生した首達が追撃を掛けているが、すのぴとバニラが連携してこれを払い除け、彼はひたすらに前進を続けていた。
しかし、ヒュドラ擬きの胴体に近づくに連れて、攻撃の密度が増していく。
周囲で応戦していたとら達も援護に入るが、このままではその質量に押し潰されてしまうだろう。
——まったく……見てられないね……
苦笑混じりの吐息を一つ。
次の瞬間には双剣から放った冷気によりヒュドラ擬きの首が二つ、氷像への成り果てる。
「ここは任せて、先に行きなよ——ハラミ!!」
その叫びに、視線がこちらへと集中する。
ローウェン達からは特に反応はなかったが、すのぴやとら達からは信じられない出来事を目撃してしまったかのような目が向けられてくる。
いったい何だっていうのさ。あぁ、君もそんな嬉しそうに笑ってるんじゃないよ。
「ほんと……ムカつく奴だよ」
◆
地を踏み締める脚が、脈打つ鼓動が、前へ前へとこの身を突き進ませる。
敵の攻撃は勢いを増して、こちらの接近を拒んでいるようだった。
こちらが手にした符に込められた術式が自身を脅かすものであると感じ取っているのだろう。
巨大な九つの首で、こちらを払い、あるいは叩き付けようとしてくるが、
「こっちは任せろ!」
「援護します!」
とら達や名も知らぬ誰か達でさえ、こちらの歩みを阻むものを取り払ってくれる。
一人じゃない。
そう実感出来る事がどれほど心強い事か、身にしみてくる。
シロウやユズリハに置いていかれたと思った時は本当に心細かった。だけど、二人の想いは常にこちらへと向けられていた事を知った。そして今は、二人の想いを胸に抱き、共に進む者達が側にいてくれる。
満たされた気持ちのままに戦場を駆け抜けるが、その心は今までにない程に軽く感じられた。
「行け!」
「行きなさい!」
「行っーーけぇぇぇぇ!!」
皆の言葉に背中を押され、遂にヒュドラに擬態したシェイプシフターの懐へと辿り着く。
符を鱗で覆われた胴体へと押し付け、渾身のマナを注ぎ込む。
刻まれた術式は、童話や民謡にて語られる初めてミノタウロスを討伐した勇士の逸話をモチーフにしたものである。
迷宮区画の奥底でミノタウロスを倒した勇士を地上へと導いた希望の繰り糸。出口へと誘うその糸から着想を得た術式は、術者が望むものへと辿り着けさせるものとして編み出された。
死に瀕した僅かな時間で構築された、天才と謳われた者からの贈り物。
その名は——
「勇士を導け、希望の糸よ!!」
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