第63章『踏み出す勇気』
恐怖に抗い、心を奮い立たせるもの。
心の奥底で眠っていたものが、今目覚めるーー
『立ち向かおう!』
この場で一番マナを保有するハラミ目掛けて襲い掛かろうとしている魔物に対して、戦線に立つ誰もが持てる力を駆使して、その侵攻を押し留めていた。
放たれる威圧感に身が竦みそうになるのを堪えながら、すのぴは先程以上の殺意と憎悪を感じ取っていた。
きっかけは、こちらの攻撃を意に介さず、執拗なまでにハラミの元へと向かおうとするヒュドラ擬きの様子に違和感を覚えた事だった。
捕食対象に向けられる感情のそれとは異なるように感じられ、憤怒の矛先がハラミの更に向こう側へと向けられている事に気付く。
ーーシロウさんとユズリハさん!
息を引き取ってしまった二人に対して、このヒュドラ擬きは怒りや憎しみを抱いて、襲い掛かろうとしているのだ。
何故そこまでの執着を見せるのか、思い当たるとすればユズリハの手記に綴られていた内容である。
シロウとユズリハは最後の戦闘でヒュドラの秘密に辿り着いたとあったので、その体内に埋もれるようにして存在する時空穿穴を露出させるだけのダメージを与えたという事だろう。
自身の急所とも言える秘密を目撃した相手に対して、警戒心を持ち敵意を剥き出しにしている、という事で一応の筋は通るようにも感じられる。
しかし、なら自分達に対してはどうなのだろうか。
レインの活躍により、同じく時空穿穴を目撃した自分達に対する敵意は今のところほとんど感じられないでいた。あくまで、シロウとユズリハにだけ害意が向けられているようである。
二人と自分達の違いは何か、その要素があるとすれば、
ーー対抗策を編み出したかどうか……
ユズリハの手記に具体的な内容が記されていなかったので、これはあくまで想像でしかないが、時空穿穴を目撃しただけのこちらよりも集中的に狙われると言うなら、ユズリハ達はあれに対して何かしらのアクションを行ったのではないだろうか。
それ故に編み出された対抗策だと言うなら、矛盾はないように感じられる。
もしこの推測が当たっているとすれば、ユズリハが編み出した対抗策は有効である可能性が高いという事になる、と思う。
ーーハラミさん……
この場において、遺された術式の成功率が最も高い相手の様子を窺う。
バニラが任されていたが、どうなっているのかーー立ち上がってくれるのかが気になり、戦いの最中であっても思わず目で追ってしまう。
ーー泣いてる……
手記に視線を落とし、バニラに何かを語り掛けられている姿は、滂沱の涙を流していた。
その様子にハラミの心が挫けてしまったのではないかと危惧したがーー
「抜けられた! すのぴ!!」
とらの叫びが轟き、意識が引き戻される。
こちらの脇を風を切る勢いで抜けたヒュドラ擬きの首がハラミ達の眼前にまで迫る。
怒りを宿した瞳が見開かれ、口角が裂けるのも厭わぬ程に口腔を広げていく。
ぽーが張った結界諸共に呑み込み、標的に定めたシロウとユズリハをこの世から消し去ろうとしているのだろう。
たとえ二人が息絶えていたとしても、そんな事はお構いなしに、二人の肉体が存在する事自体が許せぬとでも言うように、大蛇の顎が彼等を覆い尽くそうとする。
「させるーーかぁっ!!」
両脚に宿したマナを体外に放出、炸裂させる事で推進力を得た身体が瞬きの内に肉薄する。
視界いっぱいにヒュドラ擬きの瞳が映り込む。ギョロリと蠢き、こちらの接近に気付いたようだが、回避させる暇は与えない。
握り締めた拳に渾身の力を込める。
先の人造巨人に放ったものと同じ戦技を放つつもりだったが、拳を覆うマナの輝きはより鮮烈に、そして今尚この身を覆う青黒い紋様が入り混じり、混沌とした様相を成す。
自身に起きた異変が、マナ出力を増幅させているのだろうか。
分からない事だらけだが、今は自分の制御下にあるのなら、
ーー力を貸して!
今までにない高出力に翻弄されそうになるが、意志を強く保つ事で自在に操る事を成し遂げる。
輝きを増した黒白の閃光を壁のような横っ面に叩き付ける。
「ケイオスーーインパクト!!」
打撃の直後、光が収束したかと思うと、次の瞬間には破壊の結果を齎していた。
頭部の肉と骨が粉々に砕かれ吹き飛んでいく。残った首は力を失い地面へと叩き付けられる。
あまりの威力に反動が駆け巡り、腕が軋む痛みを訴えてくる。
「大丈夫!?」
「ええ! 助かりました!」
痛みに表情を歪めながら確認すると、すぐさまぽーからの返答があった。
結界ごと呑み込まれたとしてもしばらくは持ち堪えたであろうが、未然に防げた事に安堵の溜め息を漏らす。
次いで、ぽーの背後からバニラとハラミが姿を覗かせるのを見て、すのぴは先程と同じ質問を投げ掛ける。
「大丈夫?」
だが、その問いが指し示すところは、身体の無事を確認するものではない。
もう大丈夫なのか、やれるのか、と決意を問う呼び掛けだった。
向こうもそれを理解しているようで、バニラが身体を傾け、ハラミに答えるように視線で促している。
バニラの視線を受け取ったハラミが一歩前へと踏み出してくる。
その瞳に宿るものを感じ取った時、すのぴの口角が自然と吊り上がっていき、
「何やってんだ!? 再生してんぞ!!」
背後からとらの叫び声が聞こえてくる。
蠢く気配は感じ取っているが、視線はハラミの瞳に吸い込まれるように釘付けとなっており、
「ヴモォッ!!」
ハラミが唸り声を上げた瞬間、その姿を見失う。
一陣の風が吹き抜けたように感じた直後、炸裂音が全身を震わせる。
それが、再生したヒュドラ擬きの頭部をハラミが殴り飛ばし、先程自分がやってみせたように粉砕させた音だと一拍遅れて理解する。
振り返った先では、殴り方が悪かったのかバランスを崩して膝を付いたハラミの姿があり、
「……拳が、痛いですね」
握った拳を見つめるハラミが、噛み締めるように呟く。涙で濡れた表情に、今までの弱気な色は存在せず、
「だけど、何かを守るためには、この痛みを受け止めないといけないんですよね?」
「そうならないのが一番なんだと思うけど、そこから目を逸らしていたらいざという時に守れるものも守れない、と思うよ」
立ち向かう事には相応の勇気がいると思っている。だからこそ、
「ありがとう。守ってくれて」
ハラミが勇敢な踏み出し、こちらを守ってくれた事を嬉しく思い、感謝の意を送る。
「自分にも、誰かを守れる力があったんですね」
そう言って苦笑するハラミに、三度の質問を投げ掛ける。
「もう、大丈夫?」
「はい! と言えれば良いんですけど、正直まだ怖いです」
だから、とでも言うように、ハラミが言葉を続けてくる。
「すのぴさんーー背中を、押して貰えますか?」
「えっと……どういう風にしたら良いのかな?」
その要求を拒む理由は一切なかったので、どのような感じを求めているのか確認する。
「自分の弱気になる気持ちを吹き飛ばして、心を奮い立たせてくれるような……お願い出来ますか?」
「……………………うん、やってみるね」
自分に出来るだろうかという不安はあったが、ハラミのお願いを無下にしたくはなかった。
心を奮い立たせるような言葉、身近な存在で檄を飛ばしてくれる相手を思い返し、その言動を真似てみようと試みる。
大きく息を吸い、意を決して、
「まだ何か怖い事があるのか!?」
そう言ってハラミの背中を力強く叩く。
膝を付いたままの姿勢だったので、丁度良い位置にあり、バシンッと周囲に響き渡る音が耳朶を震わせる。
「大切な人が傷付いたり、失うのが怖い」
「抗わなけりゃ、何もかもがその手から溢れ落ちるんだぞ? 頭を抱えて蹲ってるだけじゃ、ただ奪われるだけだ!」
自分でも驚く程にスラスラと強い語調が口から溢れてくる。
青黒い紋様の影響で気性が荒くなっているせいなのか、とらという手本がいるからかは分からない。だが、先程ハラミに伝えようと考えていた内容とに齟齬は存在しない。
殻に閉じこもって何かを願ったところで、現実は何も変わりはしないのだ。自らの命を守るにしろ、大切な誰かを傷付けさせないにしろ、勇気を振り絞って立ち向かわなければ、非情な現実に何もかもを奪われてしまう。
だから、
「君は、どうしたいんだ?」
「これ以上誰かが傷付かないようにーーアレを止めたい」
ならば、
「止めたかったら、立ってーー戦え!!」
逞しい腕を引き上げて、ハラミを立たせる。
見つめてくる瞳には気炎に満ちておりーー
◆
すのぴからの激励に、すぐさま応じようとしたが少し思い留まる。
はい、と答えるのは弱々しく感じてはしまわないだろうか。
ここは一つ、弱かった自分を乗り越える意味でも、力強く応じておきたい。
そう思った時、自分の中で最も勇敢で、尊敬している戦士の姿が思い浮かんだ。
彼ならばどのように返事をしただろうか。
まずは形から入ってみようと考え付き、彼が是の意を示す時の文言をなぞる。
「ーー応ッ!!!!」
発した応答に、広大な空間を漂う空気が鳴動した。
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