第51章『浮かび上がる正体』
仮説と反証。
繰り返す果てに浮かび上がるものが、どんなに突拍子だとしても——
『目を背けてはいけない』
相対するヒュドラに対して違和感を抱くのに、そう時間は掛からなかった。
ぽーの魔法で動きを抑え、四方から攻撃を叩き込み続けていく中で、とらは実体を持たない何かを相手取っているような感覚に襲われていた。
ヒュドラに傷を与えれば魔血が飛散し辺りを染め上げ、苦悶の悲鳴が上がる。
そのため、実体がないという感覚は錯覚のはずである。
しかし、攻撃を次々に放った所で、返ってくるのは手応えの無さだった。
見掛けではダメージを与えているように見えるが、傷が瞬く間に塞がってしまうためか——何をしても効果がないのではという徒労感に苛まれている。
相手に決定打を与えられていない今の感覚は、
——まるで、霞や陽炎だな……
触れているはずなのに、手応えを得られない。
不可解な状況に、苛立ちが全身を強張らせていくのを感じる。
「スゥーー……」
焦りは禁物だ。
深く息を吸い込み、得体が知れない相手に対して思考を動かし続ける。
自身が感じている奇妙な感覚、その正体が掴めれば状況の打開に繋がるのではと、考えを巡らせる。
傷を負ったヒュドラはその痛みにのたうち、悲痛な金切り声を絞り出している。
攻撃は通っているのに、手応えを感じられない。
それはつまりこちらの攻撃が相手の核——本質を捉えられていないということでないだろうか。
仮定の一つとして、あれが既に息絶えた死骸で、魂が失われてもぬけの殻となった肉体が何らかの方法で操られているパターンだ。
ゾンビの場合も死した肉体であるが、核となる魂が残っているため、攻撃はその核を捉えることとなる。
しかし、死骸となった肉体が操られている場合、既に核はなく、肉体を破壊した所で命を捉える感覚は無いに等しい。
過去の経験から近しいものを想起したが、すぐに目の前の状況との差異に棄却する。
仮に死体であるならば腐臭が鼻腔を刺激するはずであるし、魔血が飛び散っている以上、目の前のヒュドラは生命活動が途絶えていないのだ。
生きている、だけどそうでない何か——無機物を相手にしているような——外殻、いや、鎧といった武具を——
「!! お前ら、少しの間任せた!」
自分の中で何かのピースが嵌まり込む感覚が駆け巡り、すのぴ達の返事を待たずに後退する。
目指す場所は後方で支援に徹しながら、ヒュドラの特性を見極めようとしているぽーの元だ。
戦闘開始から今までの間にもそれぞれが感じたことや気付いたことをローテーションを組みながらぽーに伝えていた。
そのため、こちらの離脱を引き止める者はおらず、すぐさま陣形を組み直して対応を続けてくれる。
とは言え、長い時間を掛ける訳にもいかないので、手短に感じた疑問をぶつける。
「ぽー! 魔物に、他の生物に擬態する奴がいたよな!?」
「——! ええ、います! ということは……やはり、そういうことでしたか……」
こちらの質問に思う所があったのか、ぽーがぶつぶつと何かを呟き出す。
その反応から、こちらの推測がある程度的を得ていたのだと悟る。
思い返せば、違和感は他にもあったのだ。
目の前で暴れるヒュドラの攻撃が単調なのだ。
巨大な首を鞭のようにしならせて振り抜き、叩き付ける。
あるいは鋭利な牙で噛み砕こうと喰らい付いてくる。
それだけなのだ。
ヒュドラの最大の特徴と言っても過言では無い毒液や毒の息吹による攻撃が一切放たれていないのだ。
——こちらを侮ってる訳、ねぇよな!
獰猛なヒュドラが敵対する相手にそのような出し惜しみをするとは考えられない。
ならば、あえてしてこないのでは無く、出来ないとしたら、奴はヒュドラではない。
「シェイプ、シフター」
姿形を模倣し、他者を惑わす魔物の事が脳裏を駆け巡り、思わず出た声がぽーのものと重なる。
ぽーと意見が一致した事で、推測は確信めいたものへと変わる。
奴の正体がシェイプシフターであるなら、攻撃手段の少なさに説明がつく。
あくまで姿形、見た目を真似するだけなので、内臓器官等は再現出来ないとされている。
だから、毒を用いた攻撃手段を持ち合わせていないのだ。
パズルのピースが一つずつ嵌まっていく感覚を覚えるが、不明点が全て解消された訳ではない。
自身が感じた手応えのなさ、これが判明しない事にはシェイプシフターという線すら確定とは言い切れない。
それに、
「あれだけ巨大なシェイプシフターって、存在すんのか?」
記憶が確かならシェイプシフターのサイズは大きくても成人した人族程度のものだ。
ヒュドラに擬態したとしても、サイズは元の大きさから逸脱しないはずである。
だが、自分が知らないだけであれだけ巨大な個体が存在するのかもしれないと思い、ぽーに視線を投げ掛けてみたが、返ってきたのは首を横に振る姿と、
「疑問点ならまだまだあります……シェイプシフターにも再生能力はありますが、アレの速度は常軌を逸しています。それにマナの量も異常で、オドの位置も茫洋としていて捉え切れない状態です。仮にあれがシェイプシフターだとしても、それは我々が知らない、新種、の……」
ぽーの言葉尻がすぼまり、目を見開き今も暴れ回る巨体を凝視する。
まさかという思いが浮き上がってくるが、次にぽーが放つ言葉が想像通りのもので、それが真実だとするならば、全ての謎に一応の説明がつくことになる。
思い込みや過信は避けるべきだが、思った以上にしっくりする考えに、頭の中が埋め尽くされそうになる。
「なぁ、ぽー……もしかして」
「はい。恐らくですが、アレの正体は——シェイプシフターの変異種、そしてその上位個体なのかもしれません」
「やっぱ、そうなるよな」
変異種としての特性か何かしらの方法で、擬態した姿を自身とは切り離して傀儡として操作しているのかもしれない。
上位個体として保有する膨大なマナで、強力な再生能力を可能としているのかもしれない。
確証はない。
だが——妙に、腑に落ちる。
ようやく掴んだ敵の秘密に、様々な感情が胸中に湧き上がり——そして、思わず固唾を呑む。
——何てことだ……
変異種の上位個体という前代未聞の存在に頭を悩ませる。
ギルド内でもかなりの手練であるローウェン達が苦戦を強いられていたから、ただの魔物ではないと思っていたが予想の斜め上過ぎて、流石に困惑の色を隠せない。
それに、
——ハラミ……
吹き抜けの上層で身を隠しているハラミがいる方向を見遣る。
追っていたこのヒュドラの正体が、全く違う魔物であるならば……
——いや、今は考えるな!
まずはこの仮説が正しいものなのかを確かめ、その上で対策を講じる必要がある。
その為に必要なのは、
「どうすりゃ、アレの正体に確信が持てる?」
鋭さを帯びた問い掛けに、ぽーは動じることなく受け止め、はっきりと告げてくる。
「あれの内部がどうなっているか観測出来れば……それと可能ならば全身を細かくバラバラにしてもらえたら、オドの位置が見つけ出せるかもしれません」
「簡単に言ってくれるじゃねぇか」
断ち切ることは出来る。
だが、細かく刻むとなると話は別だ。
再生能力によってすぐに元通りになるのだから、回復される前に切り刻む必要がある。
——何か手はないか……
眉間に皺を寄せて唸っていると、
「なら、僕の出番のようだね」
いつの間にか、息一つ乱していないレインが傍らに立っていた。
お読みいただきありがとうございます!
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