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青色うさぎはソフトクリームの夢を見るか  作者: くどりん
迷宮踏破編

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第52章『望まぬ再会』

 追い求め、縋る思いでここまでやってきた。

 その果てに待つものが、どのような形であるかなど——

『考えたくなかった』

 静まり返った通路に、まばらな足跡が掠れるような音を響かせ、また静寂へと溶けていく。


 ヒュドラの変異種——ではなく、シェイプシフターの上位変異種とでも呼称すべき相手への策がないために撤退を余儀なくされ、逃げ込んだ通路の入り口を崩落させる事で追撃を免れたのである。

 現在はとらが先頭に立ち、ローウェンと呼ばれていた彼の知り合いが残したであろう痕跡を辿って進んでいる最中であった。


 時折、とらの声が離れたこちらまで届いてくるが、レインやぽーが最低限の返事を返すのみで、沈黙が場の空気を重く感じさせてくる。


「身体はなんともありませんの?」

「え……?」


 嫌な静けさに耐えかねて、隣を歩むすのぴの様子を伺う。

 暴走しかかった事や記憶の一部を取り戻した事の反動があってか、心身共に疲弊している様子で声を掛けても心ここにあらずといった様子だった。


「今のところは、特に……」

「そう、ですか……何かありましたらすぐに仰ってくださいな」


 歯切れの悪い答えに、追求する気が起きなかった訳ではない。

 しかし、すのぴの視線が向かう先を追い、言葉を押し留める。


 ハラミを助けるために誰よりも早く飛び出したすのぴだったが、その瞬間の姿が今でも脳裏に焼き付いて離れないでいた。

 全身を青く染め、不気味な青黒い紋様が生物のように這い回った姿。

 とらが証言した姿と重なり、暴走状態に陥ったと肝を冷やしたが、予想に反して理性を保っていたようで、撤退の活路を開いてくれたのだが、


 ——言動が荒々しかったですわね……


 普段の温厚な姿とはあまりにも懸け離れていた様子に驚愕を禁じ得なかったが、ここへ逃げ込んだ時には僅かにでも落ち着きを取り戻したようで、言動は普段のそれと変わらないように感じられた。


 ——体毛の色は、まだ戻りきっていませんが……


 本来の桃色の毛並みが大半を占めているが、所々が依然として青黒く変色しており、血管が浮き上がっているかのように不気味な紋様も散見される。

 完全に元の状態に戻るまでは油断は禁物だが、ひとまずの危険性は去ったと考えても良さそうだった。


 目下の問題としては、シェイプシフターへの対策をどうするか。それと、すのぴとハラミについてだろう。

 ローウェン達を追うために注意深く周囲を観察しながら進むとらの後を、見るからに肩を落としてついて行くハラミ。彼に向けられるすのぴの視線が申し訳なさともどかしさ、苛立ちといった様々な感情が混在したものとなって投げ掛けられている。

 すのぴの心中を占める大きなものとしては、ハラミを助ける際に放った罵声を悔やんでいる、といったところだろうか。

 後悔はしていても、苛立ちを消しきれていないのは、自分の感情に折り合いがつけれていないからなのだろう。何がすのぴをそうさせたのかは分からないが、


 ——早めに聞き出しておいた方が良さそうですわね……


 ハラミはハラミで、自分が原因ですのぴを怒らせてしまったと思っているようで、距離を置いて一言も言葉を交わそうとしていなかった。

 ヒトと魔物である事を思えば、必要以上に距離感を縮めるものではないのだが、二人が仲良さそうに笑い合っている姿を知っているだけに、


 ——このままというのも居心地が悪いですわね。


 お節介と思われるかもしれないが、第三者が間を取り持つ事で関係の修復が円滑に進む事もあるだろう。それに、ハラミにはもう一つ解決しなければならない事があるのだ。その事を思えば、解決出来る事は早期に片付けてしまった方が良いだろう。

 そうと決まれば即座に行動あるのみ、と自らに言い聞かせて、傍らのすのぴへと再び声を掛ける。


「すの——」

「着いたぞ」


 こちらの声に重なるように、前方のとらから報告が入る。

 なんとも間が悪い事だと肩透かしを喰らってしまうが、それを非難しても仕方がない。


「あー……間が悪かったな」

「ナンノコトデスカー」


 それでも態度に出ていたのか、とらに同情の籠った視線を向けられる。下手な反応をして話を広げられても、今は機を逸してしまっているので、適当にはぐらかす事にする。

 と言うか、すのぴとハラミについてどうにかしようとしているのが自分だけのように感じて、少し気落ちしてしまう。


 ——薄情ではありませんこと……?


 当人達で解決するべき事と思っているのかも知れないが、当事者達は記憶喪失のすのぴと高い知性はあっても魔物であるハラミなのだ。

 関係性の修復に長けているとは到底思えない二人なのだから、周りが多少手助けしても良いのではないだろうか。

 シェイプシフターをどう対処するかという、より大きな問題を抱えている現状では、彼等の中での優先度は低いという事なのだろうか。


 自分に緊迫感がなさ過ぎるのだろうか——いや、そうではないと思いたい。

 まだまだ未熟ではあれど、騎士として戦場で気を抜く事は——ないとは言い切れない事に忸怩たる思いがあるが、今はそうではないと断言出来る。

 ならば不和を来した二人が気掛かりなのは、自身の経験が少ないから、だろう。

 幼い頃より騎士を志し鍛錬に明け暮れ、人との付き合いはかなり限られていたのだ。特に友人と呼べるような相手は存在せず、諍い——喧嘩の後の対応など無いに等しい。それ故に、今のすのぴとハラミを見て必要以上に気を揉んでしまっている、のかもしれない。


 ——先程から、だろうやかもしれない、ばかりですわね……


 自らの人生経験の乏しさに情けなさを覚えるが、今ここでそれを悔いたところで二人の仲が修復するわけではない。

 気持ちを切り替え、二人の事は折を見て対処する事とする。


「それで、ここに彼等が?」


 とらの肩越しに顔を覗かせると、視線の先は広大な空間が待ち構えていた。

 高さは20メートル程だが、広さは先程の吹き抜けの倍以上はありそうだった。

 大小様々な岩石が辺りに散らばっている事もあって見通しが悪かったが、見える範囲でざっと壁面を見渡したところ、いくつか通路へ繋がる入り口が見つかったが、そのどれもがヒトが二人横並びで通れるかどうかの手狭なものばかりだ。

 魔物の気配はなく、もしかしたら迷宮区画の安全地帯と呼べる場所なのかもしれない。


「とらさん! 無事でしたか!」


 こちらの到着に気付いたのか、岩陰から先程見掛けたばかりの青年が姿を表し、安堵の表情で出迎えてくれる。


「まぁな……ただ、随分厄介な相手だったからな。一時撤退、ってところだ」

「そんな、とらさんでも……」


 とらとローウェンの関係性は分からないが、彼の中でのとらの評価はかなり高いのだろう。そのとらをもってしてもあの魔物を仕留められなかったとあって、ローウェンの表情に影が差す。


「そう暗い顔すんなっての。やり合ったお前達の意見も聞きたいが、良いか」

「も、もちろんです! どうぞ、こちらへ」


 ローウェンが岩陰の向こうへと案内するよう先導する。それに皆がついて行こうとするが、とらだけが立ち止まったままで、


「すのぴ、ハラミ——こっちは任せて、お前等はお前等で話し合う事があるだろ」

「……え?」

「それは——」


 呼び止められ、二人が視線を見合わせ、すぐに気まずそうに顔を背ける。それを見てとらがやれやれと大きな溜め息を吐き出して、


「ちゃんと言葉にしねぇと心の内ってのは伝わらねぇぞ」


 しっかりやれよ、とすれ違いざまにすのぴの肩を叩き、とらが振り返る事なく先へと進んでいく。

 二人の事が気掛かりではあったが、とらから急かされたため、後ろ髪を引かれはしたが、その場を後にする。

 駆け足でとらに追い付き、その横顔を見上げていると、


「……んだよ?」

「いえ、お二人の事ちゃんと考えていたんだなぁ、と」


 決して二人の事をどうでも良いと切り捨てていたのではなく、安全な場所で腰を据えて話をするように仕向けただけに過ぎなかったのだ。

 それを早とちりして薄情だと決めつけていた自分を恥じる。


「申し訳ありませんでしたわ」

「……別に、謝られる事でもねぇよ」


 何がとは聞いてこなかったから、何に対する謝罪かは見透かされていたのだろう。


「それに、お前が短絡的思考ってのはもう分かってるからな」


 カラカラと笑う膝裏に蹴りを叩き込んだが、流れる動きで避けられる。


「何やってるのさ」

「何でもねぇよ」


 前を歩いていたレインが冷ややかな視線を向けてくるが、とらは手のひらを振って受け流す。


 すぐにローウェンが拠点にしている野営地に辿り着き、彼の仲間から各々歓迎の声を掛けられるが、


 ——あら?


 その人数が先程見掛けた時よりも少なかった事に疑問が浮かぶ。


「エッジとサーシャがいねぇが、どうかしたのか?」


 既知の仲であるとらが不在の人物の名を挙げて訊ねると、ローウェンが表情を歪めて、


「ここを見つけた時に、亡くなっていた人達がいたんです。ヒュドラが近くで暴れていたので後回しにしていたんですが……せめて先に魂の浄化だけでもと」

「そうか、それであの二人か」


 とらが得心がいったように頷いているので、恐らく不在の二人は聖職者かそれに類する技術を修得しているのだろう。

 このような安全地帯で命を落としたという事は、食糧が尽きたか、怪我を負い治す術がなかったかだろう。

 どちらにせよ不憫な事に変わりなく、見ず知らずの相手であるが哀悼の意を抱かざるを得ない。


「結構な人数なのか?」

「いえ、それがたった二人だったんです。パーティーから逸れたのかは分かりませんが……俺達がもう少し早く到着していれば助けられたかもしれなかったんですが」


 と、ローウェンが口惜しそうに言葉を漏らすのを聞いて、何かが頭の片隅に引っ掛かるのを感じた。


「このような事を訊くのはなんですが……その方達は、死後間もない感じでしたの?」

「そうですね、ここ二、三日で息を引き取られたようで——男性は外傷による失血で、女性は外傷がなかった事から衰弱か何かかという見立てです」


 引っ掛かりが、明確な予感——それも悪いものに変わるのに時間は掛からなかった。

 その人達に思い入れがあるわけではない。だが、関係を持った彼がこれから直面するであろう現実に心が張り裂けそうになる。

 まだ確定したわけではない予感だったが、とらやぽーも同様に表情を歪ませている事が、自身の直感を裏付けていると感じてしまう。


 そこで話を切り上げるという選択肢は、どうしても浮かんでこなかった。

 目を逸らしてはいけない、そんな思いとは裏腹に、僅かな希望に縋るよう、ローウェンに確定を続ける。


「そのお二人ですが、他に何か特徴は……?」

「えっと、東領の島国やヒノクニの民族衣装を身に纏っていて」


 今にも耳を塞ぎたくなる衝動を堪えて、紡がれる言葉を受け止める。


「——互いの薬指に同じ指輪を付けていたので、夫婦だったんでしょうね」


 直後、大気を震わす悲痛な叫びが響き渡る。

 それが何を意味するのか、ローウェン達には敵襲かと身構えさせたが、事情を知る自分達には何が起きたのかが明確に理解出来た。


 悲鳴の発せられた元へ駆け付けた時には、亡骸となった男女の前で慟哭するハラミの姿があった。


 ——あんまり、ですわ……


 探し求めていた者達との、望まぬ形での再会を果たした彼に、掛ける言葉が見つからなかった。

 お読みいただきありがとうございます。


 悲しい展開は書いててきつい事もありますが、少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、ブックマークやリアクション、下のポイント★1からでも良いので、反応をいただけると作者のやる気に繋がりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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