第39章『出会いの記憶』
始まりはいつも突然で、意図する事なく動き出す。
それを運命と呼ぶのか、ただの偶然と呼ぶのか——
『よろしくね』
それまでもただのミノタウロスとして存在を確立されていたとは思いますが、ただ本能のままに行動するだけの魔物だったと思います。
気が付いた時には、自分という存在は今の形となっていました。
思考し、言葉を巧みに操れるようになっただけでなく、いつの間にか多くの知識が脳内に流し込まれていました。
迷宮区画内にいるだけでは知りようもない、外の世界の事もある程度の事は以前から知っていたように様々な知識を持ち合わせていて、暫くはその情報量に翻弄されてしまい、訳が分からないままに彷徨い続けていたのです。
出会した魔物のほとんどは自分が保有するマナの量を恐れてか、こちらに危害を加えるような事はありませんでした。それでも気性が荒い種に関しては、縄張りを荒らした相手として牙を剥いてきました。
戦う事は……怖くて出来ませんでした。
初めて襲い掛かられた時には既に、本能が恐怖を感じ取っていたのだと思います。
懸命に逃げて、逃げて、逃げ続けました。
どうして自分がこんな目に遭わないといけないのか、そうやって運命を呪っていた時期もありましたが、いつの間にか逃げる事が当たり前のようになっていました。
◆
「あー……ちょっと良いか?」
「ヴモ? 何でしょうか?」
すのぴととらの三人で光源の術を囲み、これまでの事を語っていると、とらから声が掛かった。
「逃げ続けて来たって事だが、マナの補給はどうしてたんだ?」
魔物はマナによってその存在を維持出来ている。
活動する中でマナは消費されていき、他の生物を捕食する事で補給を行っているのである。それ以外にも大気中のマナを常時取り込んではいるのだが、それだけでは効率が悪く、やはり他からの補給がなければ目減りしていくだけである。
確かにその理屈で言えば、自分はマナを消耗する一方でこうして生きているのにもいずれ限界が訪れると思われたのだろう。
だが、上位個体としてマナの保有量が通常の種よりも豊富である事に加えて、逃げる事に専念していたので戦闘でマナを消費することもなかった。更には、
「上位個体となると、魔鉱石を摂取した際の吸収効率が格段に上がるようで、それで生き長らえて来たのです」
「魔鉱石って食べれるんだ!?」
「いや普通は食うもんじゃねぇけどな……」
すのぴととらが目を剥いて驚いていたので、論より証拠という事で手近な魔鉱石を掘り出して、一口サイズに砕いて丸呑みしてみる。
咀嚼する事なく臓腑に取り込まれた魔鉱石からマナが滲み出てくるのを感じられる。
じんわりとした熱を帯びたような感覚と共に全身に力が漲って来るのが分かる。
高揚感とも充足感とも取れる感覚に思わず力瘤を作ってみると、
「上位個体がつくづく規格外って事は分かったよ」
とらがやれやれといった様子で零していた。
「っと、話の腰を折って悪かったな……続けてくれ」
「いえいえ、お気になさらないでください」
気になる事があれば随時訊いて欲しい旨を伝えて、話を再開する。
◆
どれほどの時間を彷徨い続けて来たかも分からなくなっていた頃の事です。
最早日常茶飯事にもなっていた魔物のからの逃走劇の最中、遂に魔物達に追い詰められてしまう事態になってしまいました。
成人した人族程の大きさを持つ蜘蛛型魔物の群に囲われてしまい、ここまでかと恐怖で蹲ってしまっていると、
「符術・聖護の陣!」
女性の、透き通った滑らかな声が響いたかと思うと、周囲が青白い光に照らされていました。
蹲って視界の端がその光を捉え、何事かと顔を上げると、いつの間にか自分の四方に何らかの文字が印された長方形の紙が浮かんでいました。その紙から放たれたマナが光の膜を生み出し、蜘蛛型魔物を押し留めていたのです。
何が起こっているのか分からずに辺りを見回していると、魔物達の囲いの外から勇ましい雄叫びが上がり、
「まかり通らせてもらうでござる——焔薙ぎ!!」
押し寄せた魔物達の黒を払い除けるように紅蓮の炎が幾度となく煌めき、徐々にこちらへと近付いて来ました。
猛々しくも温かさを感じさせる流炎に目を奪われていると、気付いた頃には魔物達は方々に逃げて散っており、残っていたのは自分と——
「怪我はないでござるか?」
「もう大丈夫だから、安心してね」
知識として知っていた、東領の海に点在する島国の民族衣装に身を包んだ男女が屈み込み、こちらの身を案じるように覗き込んでくる。
「あなた、たちは……?」
どうにか言葉を発し——ヒトに対しては初の発声だったが、上手く言葉に出来ていたようで、こちらの誰何に対して二人は微笑み、
「申し遅れたでござるな——某はシロウ。そして、」
「ユズリハよ、よろしくね」
それが、二人との出会いで——ひと月程の旅の始まりでした。
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