第36章『通行止めの宿場町』
進むべき先は見えている。
障害が道を閉ざすなら——
『切り拓くだけだ』
「迷宮区画前の宿場町が見えてきました」
橇の振動に揺られ、流れる景色を眺めていると、御者の少年から声が掛かる。
ニーズヘッグの野営地から二時間程の道のりは何事もなく過ぎていった。
——一部を除けば、ですが……
途中からは意識の外に追いやっていた方へと目を向ける。
ここに至るまで間断なく続いていたやり取りが、依然として終わる気配を見せていなかった。
「ほほぅ……オドに莫大なマナが蓄えられているわけではなく——」
「……………………」
ぽーに隈なく観察——時には触診されているすのぴが辟易とした表情を浮かべていた。
宙を見上げる虚ろな視線は、諦観に染まっているようだった。
ぽーが移動時間の余暇をこれ幸いとして、すのぴへ質問を浴びせ続けていた。
当初は穏やかなやり取りだったはずだが、気付けばすのぴは矢継ぎ早の問いに晒されていた。
流石にぽーが暴走しているように見えたので、熱が入ってきた時点で抑えるよう止めに入ったが、
『大丈夫だよ』
と、すのぴが平然と言うものだから、ぽーの好きにさせていたのだが、
——後悔先に立たず、ですわね……
恐らく、すのぴも軽はずみの発言を後悔していることだろう。
とらやレインは橇上の端の方で膝を突き合わせており、契約内容の詳細や今後の行程について話し合っているようだった。
時折、こちらの様子を窺っているようだったが、我関せずといった姿勢を貫いている。
流石にこのまま放置というのは気が引けたので、仕方なくぽーへと声を掛ける。
「ぽー博士、そろそろ到着するみたいですので、その辺りで」
「おっと、もうそんな時間でしたか! では、この続きはまた後ほどということで」
「あ、あはは……」
ぽーが名残惜しそうにしていたが、人前でワンダーラビットの話題を話す訳には行かないと理解してくれていたので、話を切り上げる。
ようやく解放されたすのぴが乾いた笑みを浮かべている。
しかし、ぽーに対して明確な拒絶をしていないので、当分は隙あらば同様のやり取りが繰り広げられることになるだろう。
——嫌でしたら、断れば良いものの……
と思わなくもないが、すのぴの性格からして一度許可を出した手前、ぽーに悪意がないことで断り辛いのかもしれない。
損な性格ですわね、と内心で溜め息を吐き、視線を行き手へと向ける。
山肌に沿って唸った道の先に、開けた場所が視界に入ってきた。
小さな町程の規模で開拓されたそこには、建物が軒を連ねており、遠目にもヒトが行き交っているのが見える。
このような光景は迷宮区画の入り口近辺ではよく見掛ける光景である。
迷宮区画へ挑む者、他領へ渡る者——
それらを相手に商いが成り立つ場所。
だが……
——それにしても、多過ぎませんこと?
経験と照らし合わせて見ても、目前に迫ってきた人混みに違和感を覚えた。
迷宮区画周辺の宿場町全てを網羅している訳ではないので一概には言えないが、それでもここの混みように困惑するばかりである。
ここはいつもこうなのかと、詳しそうなとらやレインに伺ってみるが、
「こんなに人が溢れてるのは、僕でも見たことないね」
「あぁ……何かあったみてぇだな」
とらが視線を細め、宿場町の大通りの先——領根内の迷宮区画へと繋がる関所へと視線を注いでいる。
つられてこちらも関所の方角を観察してみる。
領根によって形成された山肌の中に異質な存在感を放っている関所——要塞と言っても過言ではない佇まいの建築物は、その中央に据えられた金属製の門扉を硬く閉ざしていた。
迷宮区画内の魔物が外に出て来ないよう、深夜など人手が少ない時間帯に門扉を閉ざすのは珍しくない。
だが、今はまだ正午前で人の行き来が盛んな時間だ。
現に関所前ではかなりの人だかりが出来ているようだった。
「とにかく向こうに行って状況を確認だな」
とらが面倒臭そうに呟くのに、頷きを返す。
大通りとはいえ、人で溢れかえっている中を大型橇を引いて進む訳には行かなかったので、御者の少年に礼を伝えて、この場で別れることにする。
去り際にレインと言葉を交わしていたようだが、ニーズヘッグとして今後の指示を出していたのだろう。
人波に飲まれて、すのぴが流されそうになるのを手を引いて誘導してやる。
どうにか掻き分けて進み続けて、関所前に到着。
近付くにつれて耳に届いてきた内容の通り、関所が封鎖されており、それに対して抗議に来た者や封鎖解除の目処を訊ねに来た者でごった返しているようであった。
「おい、いったい何があったんだ?」
事情を確認するなら関所を管轄している迷宮管理機構の職員に声を掛けるべきだが、彼らは押し掛けた者達の対応に追われて手が離せないようだった。
とらが近くにいた行商人らしき人物に声を掛けると、
「なんでも中層域に深層域の魔物が紛れ込んだみたいなんだが……」
魔物は縄張り意識が強く、居着いたエリアから移動することは稀である。
だが、皆無という訳ではないので、これだけの大騒ぎになっているということは——
「かなり強力な魔物、ということですのね」
こちらの言葉に、行商人の男が大袈裟な程に頷いて見せた。
深層域の魔物は、迷宮区画でも特に濃いマナの影響受けた強力な個体が多い。
その中でも一際危険な魔物が紛れ込んだとなれば、中層域の出入り口を封鎖するのも当然だった。
「その魔物の正体は掴めているのかい?」
「あ、あぁ……九つの首を持つ竜——ヒュドラ、らしい」
◆
ヒュドラ。
九つの首を持つ異形の竜。
猛毒を吐き、傷を瞬く間に再生させる——
ギルドにおいてもAランクの危険度と指定される化け物だ。
だが、
「ヒュドラは深層域の奥深くにしか生息しないはず、なんですがねぇ」
ぽーが不思議そうに首を傾げるのを見て、とらは同意の頷きを送る。
「マナの濃度の問題で深層域から出られないはず、だったよな」
「そのはずなんですが……もしかしたら、変異種ということかもしれませんね」
変異種とは、従来の個体が何らかの影響を受けてその特性などに変化が生じた存在を指す。
件のヒュドラが中層域のマナ濃度でも活動出来るようになっている、ということなのだろう。
先の行商人の話に拠れば、そのヒュドラは何かを追い掛けるような挙動だったという話が流れているらしい。
縄張りを離れて徘徊している理由として考えられるが、何を追い掛けているのかという肝心な所は不明であった。
何にせよ、そのような化け物が場違いの領域に現れたとあっては、厄介極まりないことである。
——変異種は、従来の個体より能力が高くなってるからな……
中層域を抜けるレベルの戦力では、蹂躙されるのが目に見えている。
それ故に、余計な犠牲者が出ないよう関所を封鎖しているのなら納得がいく話で、迷宮管理機構の対応は何も間違っていない。
ここに集まって不満を露わにしている者達も、そのことは理解しているはずだが、
——足止めを食らうとなると、不満も積もるわな……
行商人であれば商売の機を逃すことになりかねないし、レインのような傭兵であれば依頼の期日に間に合わなくて違約金を払わされることもあるだろう。
今の自分達もこのままここで立ち往生という訳にはいかない。
安全策を取るなら、浅層域まで迂回するべきなのだろうが、それでは半月以上余計に時間が掛かってしまう。
かぷこーんとのこともあり、先を急ぐ必要があったし、
——知っちまったからには、な……
我がことながら、つくづく依頼請負人というのは因果な仕事だと思う。
だが――なんだかんだ、性に合っているのだろう。
ふと、視線が集中しているのに気付き、周囲を見回すと、すのぴやバニラだけでなく、ぽーやレインまでが一様にこちらを温かい目で見てきていた。
「……んだよ」
見透かされていることに気恥ずかしさを覚え、睨み付けると揃って笑みを深くしてくる。
「流石、ギルドの英雄だねぇ」
「まだ何も言ってねぇだろ」
「ですが、そのつもりなんですよね」
レインがからかうように、ぽーが念押しするように言ってくる。
ったく、と悪態をつきながら頭を掻く。
「状況的にそうするしかないってのもあるが……良いんだな?」
確認の言葉に皆が頷いてみせた。
「困っている人がいるなら助けないと、だね」
「とは言え、あまり時間を掛けてもいられませんし——迅速に行動あるのみですわね」
「ニーズヘッグの団長として腕の見せ所だね」
「ヒュドラの変異種……是非とも調べてみたいですね!」
各々が意気込みを口にする中、ぽーのブレなさに苦笑が漏れる。
意思決定が成されたことで、早速迷宮管理機構の職員を捕まえて、こちらの提案を告げると二つ返事で承諾を得られた。
既にギルドから大勢の依頼請負人が派遣されていることもあり、話はすんなり通った。
正式に依頼を受けたメンバーがいる以上、こちらはあくまで増援というスタンスで動けば良いだろう。
こちらの事情もあるので、最悪対処は他の依頼請負人に任せることになるだろう。
——手を抜くつもりはねぇけど……
妙な胸騒ぎがする。
だが、確証のないまま口に出すのは憚られた。
ヒュドラの対処に掛けられる時間は長くても十日程である。
本来の目的に支障が出ない範囲としてはこれが限度だろう。
限られた時間ではあるが、遭遇した場合は全力で対処にあたり、それが難しいようであれば同僚達のために情報を集めて提供する。
大まかな行動方針を打ち立てて、迷宮へと繋がる鉄扉——ではなく、立ち往生している者達を刺激しないよう、職員専用の通用口から関所内に案内される。
そうして一行は、改めて迷宮区画内部へと足を踏み入れた。
お読みいただきありがとうございます!
少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、幸いです。




