第45章『Encounter × Reunion』
線と線が交わる事を何と呼べば良いのか――
『ようやく会えたな』
世界樹の領根内部。
複雑に入り組んだ迷宮区画の一角に、数千メートルを誇る領根を縦に貫く<大空洞>と呼ばれる吹き抜けが存在していた。
最上層から最下層までの移動を一気に可能とするそこは、迷宮区画である事を忘れさせるのに十分な広さを有していた。
その最下層にあたる領域では、熾烈を極める衝突が繰り広げてられていた。
◆
「クソッ! 何なんだこいつは!」
巻き上がる粉塵を鬱陶しそうに払い除けた男が、眼前で猛威を振るう巨体を見上げ、睨み付ける。
巨大過ぎる胴体から伸びる九つの首を縦横無尽に振り回し、ソレから見れば矮小なこちらを蹂躙しようと暴れ回っている。
対するこちらは六人と限られたチーム編成であるが、誰もが腕に覚えのある腕利きである。
本来であれば、ヒュドラに対して後れを取るような事はないはずである。
しかし、現実はどうであろうか。
未だ人的被害は皆無と言っても構わないが、それでも各々の疲弊は色濃く、それでいて相手は消耗している素振りすら見せていないかった。
大木の如き首を切り落とし、戦力を削いでいると思えていたのは、戦闘が始まって数分の間だけの事であった。
どれだけ首を断ち切ったとしても、驚異的な速さで再生する様を見せ付けられ、皆の表情が焦燥感に染まっていくのに時間は掛からなかった。
「まただ! どれだけやっても堪えやしねぇ!」
それでも果敢に挑み、いつかは再生の限界を迎えるはずだと数え切れない程の攻撃を加えていたのだが、先の見えない闇に蝕まれるかのように、焦燥はやがて恐怖へと塗り替えられていこうとしていた。
――限界か……!
このまま無策で立ち向かった所で状況が打開出来るとは、到底思えなかった。
少しでも相手の情報を得られればと戦線を維持するように努めていたが、それも限界を迎えようとしていた。
目的の相手を前にして、歯痒さに奥歯を噛み締める。
「――ッ! 撤退だ!!」
これ以上は無理だ。
張り上げた声に滲んだ焦燥感に情けなさを覚えるが、そんな事で動きを止めている場合ではない。
こちらの指示を聞き入れた仲間達が、即座に動きを切り替え、大空洞の端に点在する通路へと駆け出す。
魔法に長けた仲間が、転進と共に相手の周囲へと魔法を打ち込み、砂塵を巻き上げて煙幕を張ってくれる。
九つある頭部のいくつかはそれにより視界を覆われ、こちらを見失っていたようだが、相手が巨大過ぎるため、全身を覆うには至らなかった。
煙幕を免れた頭部が一斉にこちらの動きを捉え、全身を以て突っ込んでくる。
まるで山そのものが押し寄せて来る威圧感に恐怖の声を漏らす者もいたが、すぐに気を持ち直して各々が戦技や魔法を放ち、巨体を押し返そうと試みる。
仲間達が放った力の奔流が相手の首を弾き飛ばした事で、胴体ががら空きとなった。
そこへ、拳へと溜め込んでいた渾身の力が大気を鳴動させ強烈な一撃として解き放つ。
「――咆天烈波!!」
猛き獅子王が放つ咆哮が天を震わすかの如き力の具現として奔り、敵を捉える。
無防備に晒された胴体に直撃した闘気が、体表を裂き、骨肉を砕いていく。
相手が苦悶の悲鳴を掻き鳴らすが、それも束の間、与えたダメージが見る間に修復されていき、残ったのは害するこちらに対する敵愾心だけであった。
それに対する落胆はなく、やはりという諦観に近い感想しか浮かばなかった。
怒りを増した相手が進撃を再開し、こちらへと迫ってくる。
仲間達の位置は後数十秒で通路への退避が完了するところまで来ていた。
だが、巨体のスピードは上回り、通路へ逃げ込む前にこちらへの攻撃を再開してくるだろう。
ならば――
「何をやってるんですか!?」
仲間の一人が悲鳴にも似た叫びを上げている。
視線を迫る巨体から切る事はせず、僅かに振り返った視界の端で他のメンバーも立ち止まろうとしているのが見えたので、
「走れ!!」
端的に、そして言外にこちらの意図を示す。
「しかし――」
「必ず追いつく! だから、生き延びる事だけを考えろ!」
尚も言葉を重ねようとするのを遮り、先に逃げるよう背中を押す。
こうすれば、少なくとも五人は確実に逃げ切る事が出来る。
そうすれば、聡明な仲間達の事だ。一度迷宮区画を脱し、総本部に増援を要請してくれるだろう。
後の事を丸投げする形になってしまうのは心苦しいが、ここで全滅を喫するよりかはマシである。
――損な役回りだな……
苦笑混じりのそれは、果たして声に出ていただろうか。
そんなどうでも良い事を考えながら、迫る巨体を睨み付ける。
「掛かって来いよ!!」
叫び、迎撃の構えを取り、そして――
「臥龍堅殻・破穿甲刃!!」
敵の巨体がこちらへと到達する事はなかった。
◆
上層から飛び降り、着地と共に放った戦技によって地面から馬上槍を模した隆起が無数に出現する。
完全に虚を衝いた一撃に相手は為す術もなく、猛スピードのまま針のむしろのような障害物へと突っ込み、その体躯を貫かせていく。
飛び散る魔血と共に、大空洞内に悲鳴とも怒号ともつかない金切り声のような叫びが反響する。
自ら架してしまった拘束を振り解こうとするが、無数の地槍が身体を縫い止めてしまっており、脱出には時間を要するようだった。
――あの時のTOIKIみたいだな……
妙な懐かしさを覚えたが、あの時と同様であれば、この相手も回復力頼りに無理矢理抜け出してくるだろう。
「と、とらさん!?」
などと考えていると、背後から驚愕に震えている声が聞こえて来る。
随分と久し振りではあったが、聞き慣れた声を聞き違える事はなかった。
声の主へと振り返り、わなわなと震える指先をこちらへと向けている相手を見下ろし、
「久し振りだな、ローウェン――取り込んでる所悪いが」
幾分か逞しくなった後輩へと声を送りながら、悶え苦しみ続けている相手――本来有り得べからざる行動を取る変異種と化したヒュドラへと視線を鋭くし、
「俺達も、こいつに用があるんでな――手ぇ貸させてもらうぜ」
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