第37章『冷たい視線』
認めたくない。
受け入れたくない。
だけど、その光景は確かにそこにある――
『信じられない』
「とりあえず、ハラミさんにはこの術を掛けておきましょうか」
ロックバイソンとの遭遇場所から少し移動したところで、すのぴ達は壁面の一画に走った亀裂を見つけ、その内部が安全である事を確認した上で、本日の野営地へと定めた。
各々が野営の準備を進める中、ぽーが手早く詠唱を紡ぐと、薄らと青白い光がハラミの姿を包んでいく。
「ヴモ? これは何ですか?」
「他者からマナの波長を認識させない、隠匿の魔法ですよ」
まじまじと自身の手足を眺めるハラミに、ぽーが教鞭を振るう講師さながらに解説し始める。
「今のままでは探知能力が高い魔物に狙われやすいですからね」
魔物はマナを糧にその存在を確立させている。
マナの保有量が高ければそれだけ戦闘力の高さに繋がるのだが、ハラミが争いを嫌う性格らしく、格下相手の魔物に対しても怯えてしまう始末であった。
それに気付いた相手にしてみれば、上位個体という上質で量が豊富なご馳走が目の前にいると認識し、我先にと襲ってくるということになる。
先程のロックバイソンの群れがそうであったように、だ。
「そういや、すのぴは魔物達に特別狙われやすいとかはないよな」
「言われてみればそうですわね」
ワンダーラビットは無限にも等しいマナを有しているとされている。
現にTOIKIがすのぴを取り込んでいたのはそれが理由であろうが、他の魔物が彼を執拗に狙ってくるということはなかったのである。
「それなんだけど、僕のオドが特殊なのが原因みたいなんだ」
すのぴがどこか気恥ずかしそうに頬を掻きながら、ぽーへと視線を送っている。
それに気付いたぽーが、一つ咳払い。
「関所までの道すがら、すのぴさんの身体を調べさせてもらったところ、彼のオドが異空間とも呼べる場所に繋がっていることが分かりまして」
ぽーの口調に次第に熱が帯びていく。それを聞いていたとら達も興味深そうに耳を傾けて、目で続きを促していた。
「一部の才能ある方を除けば、大半のヒトは他者の体内にあるマナについてはほとんど知覚出来ません。ここは皆さんもご存知ですよね?」
「そうだな……戦技や魔法を使おうと活性化させない限りは認識出来ないよな」
「そうです。ですが魔物の中にはマナの探知能力が高い種もいて、遠く離れた場所からでも相手を知覚することが可能なのです」
上位個体のハラミはマナの保有量が通常のミノタウロスを凌駕している。そのため、他の魔物に狙われないようぽーが魔法を施したのである。
では何故、すのぴは魔物達を引き寄せないのかと言うと、
「すのぴさんのオドがマナに満ちた空間に接続されていて、そこからマナを抽出しているようなんです」
「つまり……そこからマナを引っ張り出さない限りは魔物の探知能力に引っ掛からない、ということですの?」
ぽーの説明を自分なりに噛み砕いたバニラが確認のために問い掛けると、ぽーがまだ推測の域ですがと前置きを挟む。
「現状、魔物に群がられていない以上、そういうことなのかもしれません」
「ぅもー……確かにすのぴさんのマナ量は、他の人とそう差はないように感じますね」
ぽーの説明を受けて、ハラミがすのぴの事をまじまじと眺めて、鷹揚に頷いてみせる。
人造巨人との戦いで見せた並外れたマナは、話にあった異空間から引き出した結果に因るもので、平常時は人並みのマナしか発していない、という事なのだろう。
「でも、TOIKIは執拗に僕を狙ってきてたんだよね……」
ぽーの推測が正しいのであれば、TOIKIが自分を狙い続けたのはどういった理由なのか。腑に落ちないといった様子ですのぴが呟く。
「ワンダーラビットとしての特性であるなら、TOIKIはそれを理解していたのでしょうね」
そしてそこからマナを抽出する方法も、とぽーが続けるとすのぴが表情を強張らせてTOIKIに対する畏怖を思い起こしているようだった。
◆
「マナを際限なく引き出せても、コントロールを覚え込まねぇと暴発する可能性があるって事だよな」
「そうですね――」
野営の準備を進める傍ら、ハラミやすのぴの事について花を咲かせている輪を見るレインの視線は冷やかであった。
ある程度のメリットがあると感じたからこそ、魔物であるハラミの同行を許容したのだが、彼等のように積極的に言葉を交わそうとは思えなかったのだ。
――魔物なんて、人に害を為すだけの存在だと言うのに……
積極的に人を襲わない種もいないではないが、そんなのはごく僅かでしかない。
自分からしてみれば、大抵の魔物は歯牙にも掛からない存在でもあるが、他者からすればその限りではない。
種として対立している筈の存在と心を通わせる。そんな、あり得べからざる状況を前に、心が冷え込んでくるのを感じる。
――あの頃の僕は、もう……
脳裏に焼き付いて消える事のない光景が想起される。
それに囚われたそうになる弱い自分を唾棄するよう、長い息を吐き出す。
心を乱すな、平静を保て。
内心でそう言い聞かせ、すのぴ達に注いでいた視線を逸らす。
賑やかに談笑している彼等に、こちらの心情が伝わる事などなかった。
お読みくださりありがとうございます!
少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、ブックマークやリアクション、下のポイント★1からでも良いので、反応をいただけると作者のやる気に繋がりますので、どうぞよろしくお願いいたします!




