第32章『不安の共有者』
自分ではどうしようも出来ないこと。
纏わり付く不安を拭い去るのに必要なものは——
『仲間だろ』
とらから聞かされた内容を反芻し、バニラは状況を整理しようとする。
雪崩に巻き込まれたあと、気を失っていた自分達を守ったのはすのぴだと言う。
それだけなら、ぽー達から離れて話すような内容ではない。
すのぴに感謝の言葉を述べるだけで済む話であった。
それを憚って人目を避けた理由は、
——TOIKIの様相と酷似していた、からですのね……
すのぴの事情やTOIKIの事を知らない相手の前で話すべきではない、というとらの判断は正しいように思えた。
不用意に伝えれば、こちらの事情に巻き込むことになるだろう。
ぽー辺りには折りを見て話し、その知見を貸してもらうのも良いかもしれない。
だが、マフィアを気取っていてもチンギス達はただの街の不良に過ぎない。
そんな相手を無遠慮にこちらの事情に引き込むのは避けるべきだ。
先程のチンギスの申し出も、自分と同様に考えたからこそ、とらもつっぱねたのだろう。
「——という訳なんだが」
と、こちらに思考する時間を与えていたとらが前置きして、すのぴへと視線を注ぐ。
「本当に何も覚えてないんだな?」
その言葉にすのぴが過剰なまでに身体を縮こまらせてしまった。
とらが話している最中も、居心地悪そうにしていた挙げ句に、可哀想な程に消沈してしまっていたのだ。
そこに今のような訊かれ方をされると、
「とらさん、それではすのぴさんを責めているように聞こえますわよ」
彼にそのつもりはないと思っているが、どうにも言葉が足りないきらいがあると感じたので、指摘しておく。
「責めてねぇっての」
と言ってくるが、こちらに言っても仕方ないだろう。
睨み付けるとバツが悪そうに頭を掻いて、
「すのぴ……悪かった。前にも言ったが、抱えてるもんがあれば吐き出してくれってことなんだ」
とらが頭を下げるのを見て、すのぴは——
◆
本当に話しても良いのだろうか。
自分の中に湧き上がったどす黒い感情を吐き出してしまうのが、怖い。
彼らに嫌悪されてしまったらどうしよう——そんな懸念が頭の中に渦巻いている。
今は鳴りを潜めているが、あの時の衝動がまたいつ表出するか分からない。
あの時は狼の群へとその衝動が向かったが、次にとら達へ向かないとも限らない。
——こんな力……
求めてはいなかった。
誰かを助けられるようにと願ったが、これでは正反対ではないか。
徒に誰かを傷付ける力なら——要らない。
だが、捨ててしまいたいと思っても、この力は自分の根底に結び付いてしまっている。
直感が、そう告げているのだ。
目を背けたくなる事実に、吐き気が込み上げてくるが——
「安心しろ」
「……え?」
とらの短い呼び掛けに面を上げる。
「お前だけでどうにか出来ないことだったとしても、俺達が力になる」
「ですわね——私達は仲間、ですものね?」
「擦ってんのか?」
バニラがとらをからかうようにすると、とらがそれに噛み付こうとしている。
騒がしくする二人を見て、胸の奥がスッと軽くなるのを感じた。
きっと大丈夫。
根拠となるものはない。
恐怖は、依然として心の奥底で燻っている。
だけど、そう思わせてくれる二人を信じて、内心を吐露していく。
「最初は、人造巨人に囚われたチンギスさん達を見たときだったんだけど……」
あの時、自分は今まで感じたことがない怒りといった感情が湧き上がるのを感じた。
彼らの姿が、TOIKIに囚われていた頃の自分を彷彿とさせていたから、だと思う。
何者かの手により、そのような境遇となってしまった彼らに対する憐憫——それ以上に、原因となる人物への怒りが遥かに上回っていた。
戦いの最中は、救助を優先する必要があったので、目を背けることが出来たが、そのあとの場面では抑えきれなかった。
とら達の命が脅かされ、その要因となった相手に——その状況を見ているしか出来ない自分に対して、感情が爆発したのだ。
そして、衝動に駆られて——
「気付いたら、狼の群を殲滅していた、か……」
「……うん」
頭に血が上っていた。
それだけでは説明が付かない程の衝動に我を忘れてしまい、その場面については詳しく覚えていなかった。
だが、暴力の嵐と化して一面を血の海に変えてしまったことは、実感として残っている。
「気になる点としては、その時の姿がTOIKIのそれに似ていたことだな」
とらが言うには、青味掛かった体毛に全身に青黒い紋様が浮かんでいたらしい。
確かに、深淵領域を脱する前に対峙したTOIKIの姿と酷似していると言ってもいいだろう。
「となると、その暴走状態? についてはTOIKIに起因するものかもしれませんわね」
バニラが推測を述べてくれる。
数え切れない程の長い年月をTOIKIに取り込まれていたことを考えれば、アレの要素を体内に取り込んでしまっている可能性も否めない。
だが、もしそうだとしても、それでどうすれば良いのだろうかと不安が押し寄せてくるが、
「とりあえず、怒りや憎しみといった感情がトリガーになっている可能性が高そうだな」
「そうですわね。対策としては、感情を昂ぶらせないこと、といったところでしょうか」
「一旦それで様子を見るか。それと、なるべく戦闘には参加させねぇ」
とらの言葉に、バニラが頷いてみせる。
確かに、戦わなくて済むのなら、あの力が発現することはないかもしれない。
だけど、
「大丈夫——戦えるよ」
頼りない言葉だと分かっている。
それでも——守られているだけではいられないんだ。
そう誓った時の熱を、思い出す。
とらとバニラが揃って、表情を渋らせている。
暫くして、とらが長い溜息を吐き出して、
「——分かった。お前の考えを尊重するよ。だが、何かあれば止めるからな」
それで良いな? と確認を向けられたバニラも渋々といった様子で頷いてみせた。
「そういうことでしたら、私に異論はありませんわ」
二人に負担を掛けている自覚はある。
それでも、自分を受け入れてくれたことが嬉しくて、
「ありがとう」
自然と、感謝の言葉が溢れ出てきた。
お読みいただきありがとうございます!
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