第20章『迎撃現場の救出者達』
吹き荒ぶ暴威を前に何故前へと進むのか。
恐怖を跳ね除け、己が意志を貫くためにも——
「いま、助けるから」
疾走する移動宿から飛び降り、雪が降り積もった山道に着地する。
とらは安定した身のこなしで。
バニラとぽーはそれぞれ着地に合わせて、魔法で落下の勢いを抑えて。
各々が問題なく着地を完遂させる横で、すのぴだけが着地の衝撃をいなし切れず、たたらを踏んでしまう。
皆が大丈夫かと視線を寄越してくるが、不恰好な様を見られた気恥ずかしさから照れ隠しの笑みを浮かべる。
しかし、それもすぐになりを潜め、目の前の巨人へと視線を注ぐ。
「移動宿は、追わないみたいだね」
漏らした言葉の通り、人造巨人は視覚があるかも分からない無貌の顔をこちらへと向けている。
とらの予想通り、こちらが狙いということで間違いなさそうだった。
巨人の胸部、そこに埋められた三人が関わっていることから予想出来たことだ。
ただ、とらが言うには、常軌を逸した様子に彼らのような街の不良だけで現状を引き起こしているとは考えられないとのことだ。
——裏で悪さしている人がいる、ってことだよね……
彼らを人造巨人の核の代わりにして、ここまで転移してきた何者か。
その人物が何を意図しているのかは不明だ。
だが、その所業を容認する事は出来ない。
もしかしたら、あの三人が命を投げ出してでも報復しようと望んだ事なのかもしれない。
それでも、かつての自分とを重ね合わせ、今の彼らの状態を見過ごす事は出来なかった。
身体の奥から湧き上がる嫌悪感や怒りが心を塗り潰していく感覚があるが、やるべき事を見失ってはいけないと言い聞かせる。
「助けよう」
自分に向けて小さく呟いた言葉だったが、とら達はしっかりと頷きを返してくれた。
人造巨人の四肢が蠕動したように見えた直後、巨大な質量がこちらに向かって襲い掛かってきた。
◆
改めて対峙したそれは、正に暴力の権化と言っても過言ではなかった。
力任せに振るわれる巨腕が、降り積もった雪を暴風と共に吹き飛ばす。
歩を進め、その脚がこちらを踏み付けようとする様は天が降ってきたような錯覚を与えてくる。
直撃すれば人の身の命など容易く消し飛ぶような戦場で、余波に煽られながらもバニラ達は縦横無尽に立ち回り続けた。
ぽーを除く前線の三人で巨人を翻弄し、後衛のぽーは狙われないように立ち位置を変えながら防御術で敵の動きを阻害してくれる。
とらは果敢に攻めに転じて、頑強な人造巨人の体表に切り裂いていく。
気が急いているように見えたすのぴもどうにか攻撃を掻い潜り、巨人に肉薄してダメージを与えようと奮闘している。
煩わしそうに人造巨人が暴れ回ろうとすると、ぽーがこちらと巨人を隔絶するように術を発動させてくれる。
即席の連携ではあったが、上手く機能している。
しかし、決め手に欠けているのが現状だ。
攻撃力の高さで言えば、この中ではとらが一番上だろう。
だが、その真価を発揮するための隙がないのだ。
大技を放つ溜めを稼ぐ必要があるのだが、前線からとらが抜けると巨人を押し留めるのは困難になるだろう。
こちらも強化魔法で全体の力を底上げしようと試みたが、相手の猛襲にその隙を得ることが出来ないでいる。
ならば、現状を打開するために必要な一手は——
「ぽー博士!!」
強力な防御術を行使するぽーならば、敵の動きを封じる事が出来ないかと呼び掛ける。
「どうにか動きを止める事は出来ませんの!?」
彼が出来るかは分からないが、今のところ披露して見せてくれた力を見るに、こちらの要望に応えてくれるのではと期待を込めて視線を送ると、
「お任せください! こんなこともあろうかと——」
得意気に微笑む彼が眼鏡をくいっと押し上げると、その周囲に複数の魔法陣が展開されていく。
「サークルバインド!!」
ぽーが術の名を叫んだ瞬間、複数の光条の輪が巨人の四肢を捉え、その場に拘束していく。
「い、いつの間に詠唱を!?」
こちらの望み通りに動きを止めてみせた事よりも、驚く事があった。
彼は先程から要所要所でこちらのサポートを行っていたのだ。
それなのに、こちらの呼び掛けに即応して術を展開したということは——
——並列詠唱ですの!?
複数の術を並行して展開する並列詠唱という技法は確かに存在する。
しかし、高位の魔法使いが長年の研鑽の末に習得するような高難度の技術である。
それを生物学者であるぽーが平然とやってのけたことに疑問が生じるのは無理からぬことである。
いったい彼は何者なのか?
フィールドワークで荒事に慣れているとは言っていたが、それだけでは説明が付かない底知れなさを感じ、固唾を飲む。
しかし、彼の援護により人造巨人が動きを止めたことは確かなのだ。
頭に過ぎる疑念を振り払い、一気呵成に攻めるために体内のマナを活性化させ、術を起動させる詠唱を紡ぐ。
「暗夜を裂く光条、疾く駆ける矢羽を象れ。
遮る物を貫き、無窮の蒼天を示せ。
——行きますわよ!」
呼び掛けに対する返事はなかった。
代わりに、とらとすのぴがいる方向からマナの高まりを感じる。
意思に応えてその性質を変異させるマナが、各々の輝きを放ち周囲を照らし出す。
「光刃閃!!」
「フォトンインパクト!!」
「——レイ・スティンガー!!」
示し合わせた訳ではなかったが、光属性の三連撃が巨人の体躯を飲み込んでいく。
とらの横薙ぎの達が脚部を切り払い、続くすのぴの拳とこちらが放った魔法が両腕を粉砕していく。
攻撃の余波により、ぽーの拘束結界が消し飛ぶ。
手足を失ったことで、人造巨人は身体を支えることが出来ず、仰向けの姿勢で倒れ込む。
巨体が巻き上げる雪の結晶に周囲が覆われそうになるのを、マナを無造作に放つことで視界を確保する。
「やりましたの……?」
倒れたまま沈黙した人造巨人を観察し、言葉を溢す。
しかし、とらから返ってきた言葉は、
「馬鹿! 畳み掛けるぞ!」
言葉を言い切る前にとらが駆け出し、大剣へとマナを流し込み、次の技を放つ準備を進めていた。
彼の言葉の意味を、バニラはすぐに理解した。
一瞬の沈黙のあと、人造巨人が残存する四肢を地に打ち付け、身体を捩って身を起こそうとしているのだ。
肘と膝の先を失っているのに、
——まだ動けますの!?
と思ったが、直後に己の不明を恥じる。
通常の生物であれば四肢の欠損は重大な損失であり、その痛みに身動きが取れなくなることだろう。
しかし相手は人造巨人だ。
岩石を素体としている存在に痛覚などあろうはずもなく、先程の沈黙は状況を把握するために生じたタイムラグでしかなかったのだろう。
当初の予定通り、囚われた三人を救出することでしか、この巨人を止めることが叶わないというならば、
「やるしかありませんわね!」
◆
「臥龍堅殻・破穿甲刃!!」
とらが放った一撃が、身動ぎしようとしていた巨人を背後から貫き、その動きを封じ込めた。
「すのぴ! バニラ! 今の内だ!!」
「はい!」
とらの言葉に背を押され、脚に力を込めて跳躍——巨人の胸部へと飛び乗る。
すぐにバニラもやって来て、共に眼前の光景に息を呑む。
遠目で見ても悍ましさを感じていたものを、間近で見たことで忌避感が増していく。
生き埋めにされているという印象を持っていたが、そんな生易しいものではなかった。
まるで岩石そのものと同化するかのように取り込まれたチンギス達。
彼らの状況に、胸の奥が重くなるのを感じるが、今は救出が最優先である。
いつまた巨人が拘束を破り、暴れ出すか分からない状況で躊躇っている時間はない。
「バニラさん!」
「任せてくださいまし」
呼び掛けるやいなや、バニラが風の力を纏わせた騎士剣を振るい、彼らの周囲を切り刻んでいく。
「切り離していきますので、すのぴさんは彼らの運搬を!」
バニラを手伝おうにもこちらの攻撃が打撃主体なので、岩石と同化しつつある彼らごと砕いてしまいかねないので、言われた通りにする。
意識を失った肉体は想像以上に重く、一人運ぶだけでも一苦労だった。
どうにか巨人の体躯の端にまで辿り着くと、眼下でぽーが待ち構えており、
「こちらで受け止めますので、投げ下ろしてください!」
大丈夫だろうかという疑問が浮かんだが、考えなしに言っているのではないと信じ、抱えたチンギスの身体を放り投げる。
すると、ぽーの上空に光の網が現れ、落下するチンギスを受け止めてみせた。
魔法の一種なのだろうと、その光景を眺め安心を得る。
急いでバニラの元へ戻り、ピーゲルの救出を行う。
ここまでは順調に進んでいたのだが、残る一人——巨人族のラージィを助け出すのに難航してしまった。
何しろその巨体を掘り出すのにも時間を要したし、担ぐには自分一人の力では困難を極めた。
「おいっ、まだか!?」
とらから急ぐように声が掛かるが、焦りが募るばかりである。
バニラが戦技による強化を施した上で手伝ってくれているが、ビクともしない。
せめて自分もマナによる強化が出来れば——
「すのぴさん」
バニラもその思考に至ったのか、こちらを真っ直ぐに見つめ呼び掛けてくる。
とらが放った技が、その効力を失いつつあり、巨人が蠕動を始める。
ぽーによる拘束結界が張り直されるまで保つかどうか分からない以上、一刻の猶予もない。
やるしかない。
その言葉が浮かんだ瞬間に、深く息を吸って、気持ちを落ち着かせる。
戦技による肉体の強化。
移動時間にとらから教えられた技法。
限られた時間で練習はしたもののいまだ成功していないそれを、この土壇場で発動させる。いや、させなくてはならない。
緊張が胸を打ち、鼓動が速くなる。
不安が押し寄せてきそうになり、呼吸が浅くなっていく。
「すのぴさん」
もう一度、バニラから呼び掛けられる。
いつの間にか閉じていた瞼を持ち上げ、彼女の表情を視界に納める。
静かな、しかし揺るぎない瞳が語りかけてくる。
貴方なら出来る、と——
出会ってまだ数日しか経っていないのに、どうして自分のことをそんなにも信じてくれるのだろうか。
不思議に思う傍らでは、しかしその信頼に応えねばと意識を研ぎ澄ませていく。
とらから教わったことを脳内で反芻する。
身の内から放出したマナを全身を覆うように操作していく。
自らの肉体の形に添うように密度を濃くして張り巡らせる。
一挙手一投足、自身の動きに合わせるようにマナを淀みなく動かしていけば——
——出来た!
溢れる力を制御下に置いたことを確認し、バニラに頷きをを送ると、直ぐさま彼女が声を張り上げる。
「せー、のっ!!」
こちらは声を上げる余裕がなかったので、合図の声に合わせることだけに集中する。
強化された二人の膂力より、ラージィの巨体が人造巨人から引き抜かれる。
直後。
拘束を抜けようと蠢いていた巨躯が動力源を失ったことで、その震動を停止させた。
だが、
「しつっこいですわね!!」
バニラの叫びに身構える。
彼女の視線の先、巨人の感覚器官がない頭部へと視線を向けると、口のような穿孔が出現していた。
そこに大量のマナが収束していくのを感じ取った直後。
破壊をもたらす光が放たれた。
◆
「なんだ!?」
巨体の影で何が起きたかはっきりとは分からなかったが、突然の閃光が放たれ、周囲に轟音が鳴り響いた。
人造巨人による反撃が行われたのだと悟り、すのぴ達の安否を確かめる。
「お前ら、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫ですわ!」
「びっくりしたけど、全然別の方向を攻撃したみたい」
二人からの返答が届いたので、胸を撫で下ろす。
どうやら救出作業も完了したようなので、技を解き二人を労おうと思ったのだが、
「これは……まずいですね」
「あん?」
傍らのぽーがこちらの背後を見て、緊張を露わにする。
振り返る先は、人造巨人の閃光が放たれた方角であり、
「くそったれが!」
何の意味も成さなかったと思われた反撃はしかし山肌を抉り、そこに堆積していた雪の層を震撼させた。
瞬く間に、耳へと届く轟音と全身を揺らす震動がこちらへと届いてくる。
「皆さん、こちらへ!」
ぽーの叫びが聞こえて間もなく、世界は白の濁流で覆い尽くされた。
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