第27章『道行きの同行志願者達』
旅は道連れとは言うけれど。
果たして、その資格が今の自分にあるのだろうか――
『駄目だろうか』
――もう何が何やら……
話の流れに付いて行けず、バニラは困惑するしかなかった。
いや、正確には大まかなことは理解出来ているが、最終的な向こうの意図がよく分からない。
すのぴを引き渡せという要求は、その後の本命を通しやすくするための建前だったのだろう。
レインの横で眉間の皺を深くしているレッドの様子から可能であればそちらの要求も飲ませたかったのだろうが、当の団長がその点に拘っていないようである。
こちらとしても受け入れ難い要求を回避出来たので、それは願ってもないことなのだが、
――護衛として一人雇え、ですの……?
それが本当に優先させたかった要望だったのかと疑問が残る。
その点どうなのだろうかと、とらに視線を向けてみる。
しかし、彼も肩を竦めるだけで、向こうの意図を読み切れていないようだった。
考えられる可能性としては、
「手に負えないような団員がいて、その方を引き取って欲しいということですの?」
そういうことならば、話の筋としては通る、ような気がする。
団内に不和をもたらすメンバーの厄介払いをしたい。だけど、放逐して野放しにするのも憚られる。そこで適当な任務を当てがって、距離を置こうとしているのかもしれない。
そういう意味では、目的を持って旅をしていると明言しているこちらに押し付ければ、こちらの旅ーー西領諸国の問題やTOIKIに囚われたかぷこーんの件が片付くまでは隔離できるという算段なのだろうか。
こちらの旅の目的まで詳細に知られてはいないだろうが、彼らにとっては渡りに船ということなのだろう。
なるほど、そういうことかと内心で頷いていると、
「別に、うちの誰かを追い払おうってことじゃないだけど」
「…………」
穴があったら入りたい。
想像豊かに思い描いた展開に勝手に得心して、得意げに頷いていた数秒前の自分を止めれるものなら止めてやりたい。
だが、そんなことは出来るはずもなく、とらの冷ややかな目線を努めて無視して、咳払いをする。
「では、どういった理由で我々にそのような依頼を出させようとするんですの?」
「う〜ん、そうだねぇ」
と、レインが思い悩ぶ素振りを見せるが、そこに真剣味はなく、はぐらかそうとしているのが透けて見えた。
「君達について行くことに意味がある……とでも言えば良いかな」
「そうなさろうとする理由を知りたいのですが」
「そこは……出来れば秘密にさせてもらいたいんだけど、駄目かな?」
と、無邪気そうに小首を傾げてくるが、先程からのやり取りからそれがこちらの油断を誘おうとしているポーズだと分かっている。
彼の雰囲気に流されそうになるのを堪えて、とらの方を伺う。
彼はこちらの視線に気付くと、深い溜め息を吐き出して、
「このままじゃ平行線だな……分かった。そっちの言い分通り、こちらに一人護衛を付けてくれ」
「とらさん、良いですの?」
やれやれといった様子でレインの要求を承諾していたが、彼の真意が分からない以上、もう少し慎重に進めた方が良いように感じたが、
「このままじゃ埒が明かねぇからな。それに、一流の傭兵が護衛に付いてくれるとなると、向こうの思惑は気になるが差し引きしてもプラスの方に傾くだろうよ」
と言ったところで、とらが何かに思い至ったようで、レインへと確認の言葉を放つ。
「それなりに貯えがあるとはいえ、そう高い金額をふっかけてられると、依頼が出せねぇぞ」
「そんなつまりはないから安心して欲しいな。ひと月に30万ユグド――これぐらいなら大丈夫そうかな?」
こういったことの相場が分からないので、判断はとら任せになるが、一瞬彼が安心したような表情を浮かべたので、特に問題はなさそうだった。
「随分良心的じゃねぇか――それだけ、俺たちに依頼させたかったってことか」
「そう受け取ってもらって構わないよ」
腑に落ちない所はあるが、両者の間で落とし所を見つけたようなので、下手に混ぜかえすのは良くないだろうと、とらの判断を信じることにする。
「それじゃあ、詳しい話はまた改めてということで――そちらの彼が目を覚ますまではゆっくりしてると良いよ」
その間にキリングベアの掃討を済ませてくるよ、と言い残してレインはレッドを引き連れて外へ向かってしまった。
「してやられた感はあるが……どうにか話を纏められたかね」
「えぇ、お疲れ様でしたわ」
二人が居なくなったのを見届けたとらが力を抜いたので、労いの言葉を掛けておく。
彼の言う通り、レインの掌の上で転がされていたようであるのは否めなかったが、
「これでひとまずは安心、ですわね」
「ニーズヘッグとは、な」
とらが含みを持たせた言い方をするので、どういうことかと不思議に思う。
だが、今までのやり取りを黙して伺っていた者達のことを思い出して、
「貴方達とも話し合わなくてはなりませんわね」
言葉の先にいる相手の一人が、相変わらずの温厚な笑みを浮かべている。
「ご心配なく。皆さんを困らせるようなことはしませんよ――ただ」
眼鏡の奥の細目に怪しげな光が宿ったかと思うと、ぽーの鼻息が荒くなっていく。
目一杯に開かれた双眸は血走っており、手指を不気味な程に蠢かせながら近寄ってくる様に思わず気圧されてしまう。
「彼の事――詳しく調べさせていただいても!?」
生物学者としての血が騒いでいるのだろうか。
専攻は魔物についてということだったが、ワンダーラビットという生きる伝説のような存在を前にして、知的好奇心が抑えられない、といった様子だった。
「それについてはすのぴが目を覚ましてから話し合おう」
「むぅ……致し方ありませんね」
流石に本人の了解を得ないことには、ぽーも憚られるようで、素直にとらの言うことを聞き入れて落ち着きを取り戻す。
「で、後はお前らだが……」
とらが声を掛けた相手――こちらと諍いを起こしたチンギス達の反応を伺う。
三者三様に疲弊しているようだったが、チンギスが上体を起こして、苦しそうではあったがどうにか応えてくる。
「命を助けられた手前……仇で返す訳にも、いかんだろう……」
「でも、兄貴……」
チンギスの言葉にピーゲルが異を唱えようとしたが、チンギスの鋭い視線に射抜かれて押し黙ってしまう。
「遅くなってしまったが、改めて礼を――ありがとう」
そう言って、静かに頭を下げるチンギスに倣って、不服そうではあったが、ピーゲルとラージィも同様にしてみせた。
それに対して、何か返せととらが合図を送ってきたので、こほんと一つ咳払いする。
「私の態度も良くありませんでしたわ。ですので、これでお互い水に流すということで、いかがですか?」
「いや、それでは釣り合いが取れんだろう……もし良ければだが――」
チンギスが一瞬言い淀み視線を泳がせるが、すぐにこちらを真っ直ぐ見据えて、
「お前達の旅に付いて行かせてもらい、俺達にも力にならせてもらえないだろ――」
「あ、ごめんなさいですわ」
食い気味にお断りを入れさせてもらった。
◆
すげなく断られたチンギスは、内心でショックを受けていた。
――やはりダメか!?
憧れの存在であるとらに命を救われて、その恩に報いたいと思い申し出てみたが、数日前に衝突した相手を信用出来ないということなのだろう。
事の発端であるピーゲルに恨めしい視線を送るが、彼が焚き付けてこなければ、そもそも彼らとは知り合うこともなかったので、歯痒い思いを味わう。
しかし、どうにか恩返しが出来ないかとない頭を捻ってみるが、良い案は浮かんで来なかった。
「俺もバニラと同意見だ」
とらにもそう告げられ、肩を落としそうになるが弟分達が見ている手前、情けない姿は見せられない。
気丈に振る舞おうと虚勢を張っていると、
「悪いが、お前らの回復を待っている余裕はない。すのぴもまだ目を覚ましていないが、刻限が迫ってきたなら担いででもここを出発するつもりだ」
「しかしだな……」
何か力になれることはないかと声を発しようとしたが、とらからは諭すような言葉が送られてくる。
「どうしてもってことなら――お前達をあんな目に合わせた奴に付いて聞かせてくれりゃあ良い」
「それは……」
幾らでも話そう。
だが、そんなことでしか報いることが出来ないのか。
他に何かないのかと言葉を重ねようとしたところで、
「あ――が、あぁぁぁぁ!!」
「すのぴ!?」
突然、悶え苦しむ声が響き渡り、周囲は緊迫した空気に包まれた。
お読みくださりありがとうございます!
少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、ブックマークやリアクション、下のポイント★1からでも良いので、反応をいただけると作者のやる気に繋がりますので、どうぞよろしくお願いいたします!




