第24章『集合場所の魔王』
強者を統べて、君臨する者。
揺るぎなき威光を示す覇者を、人はこう呼ぶ――
『魔王、と』
医療用の天幕は、先程自分がいたものよりも数倍近い大きさだった。
天井の高さもそうだが、骨子となる骨組みからして頑丈そうである。
厚手の布で覆われた空間は広々としており、傷病者を横たわらせる簡易ベッドが幾つも整然と並べられていた。
その一角に見知った顔を見つけたので、駆け寄る。
「ぽー博士、ご無事でしたのね」
とらの口振りから彼は大丈夫だったと窺い知れていたが、顔を見ることで改めて安心する。
「やぁバニラさん、お目覚めになられたのですね」
向こうもこちらに気付き、同じように安堵した表情を浮かべてくれる。
きっと自分も彼の治癒魔法の世話になったのだろう。雪崩に巻き込まれた時に助けてもらったことと併せて、改めて礼を伝える。
「おかげさまでですわ……それより」
視線を少し横にずらす。
ぽーの傍にあるベッド、そこに横たわっている見知った人物を見やる。
「……フン」
気不味そうに顔を逸らすピーゲルに苛立ちを覚えないでもないが、消耗して覇気のない相手に小言を捲し立てる程悪趣味ではない。
それに彼の状況を鑑みれば、心中複雑であることは想像に難くない。
こちらに対して突っかかってきたにせよ、何者かの策略に巻き込まれた挙句、命を救われたとあっては複雑な気分なのだろう。
周囲を見渡せば、ピーゲル同様にベッドに寝かせられているチンギスとラージィーーいや、ラージィはその巨体故に、地面に敷かれた厚布の上に横臥しているが――もまた、憔悴した様子でこちらを伺っていた。
――その辺りの話は追々ですわね……
彼らをけしかけ、人造巨人の核代わりにした相手について聞きたいことがあったが、それよりもまず――
「博士、すのぴの様子は?」
背後に控えていたとらが、こちらの聞きたいことを代弁してくれる。
ぽーは眉尻を下げ、困った様子で別のベッドへと視線を送る。
顔を向けた先にいるであろうすのぴを探し、すぐには気付かなかった。
出会ってから今まで見てきた純白の毛並みはそこにはなく、話で聞いてしかいなかった桃毛に覆われた存在がすのぴであると結び付くのに時間を要した。
ベッドに横たわっているすのぴが静かな寝息を立てているので、ひとまず胸を撫で下ろしそうになるが、
――髪色が!
慌ててとらへと振り返るが、彼は諦めが入ったような表情で首を横に振ってみせる。
「どういう訳か、ここに運ばれる前にこうなっちまってな」
「ですが――!」
とらは既に諦観しているようだが、すのぴの素性が割れてしまうのは大問題ではないだろうか。
桃毛の兎人族――ワンダーラビット。
目撃情報は極僅かであり、それを手中に収めた者は莫大なマナの恩恵により繁栄が約束される、という伝説がある程なのだ。
それが実在すると知られたならば、すのぴを巡って諍い――いや、下手をすれば戦争すら引き起こされてもおかしくないだろう。
とらもその事は重々承知していると思っていたが、それにしては現状に対して焦っているような素振りがなく、
――おかしい……ですわ……
詰め寄ろうとしたところで、とらの様子に違和感を覚える。
流石に彼がそれについて何も考えていないはずがない、と思う。
ならば、今の彼の態度にも意味がある筈だと思いたい。
「いやぁ、お待たせして申し訳ないね」
とらに対して思考を巡らせていると、入り口の方から鷹揚な声が掛けられ、そちらへと振り向く。
そこには線の細い美丈夫が佇んでいた。
傍らには眉間を寄せた気難しそうな男性が控えているが、そちらは黙したままこちらを品定めするかのように睨み付けてくる。
とらはそんな視線を気にすることなく、一歩前に進み出て応じる。
「こちらも今集まったところだ。それに一人はまだ目覚めちゃいないが」
「そちらの彼にはまた改めてということで、ひとまずは……」
温和そうな青年がそう区切ると、姿勢を正して深々と頭を下げてきた。
「こちらの不手際で君達を危険に晒したこと、深くお詫びさせてもらいたい」
◆
「ど、どういうことですの?」
ここに運び込まれた経緯を知らないバニラが事態を飲み込めずにいたので、まずはそこから話をしないとだね、と男が切り出す。
「君達が雪崩に巻き込まれた先で、丁度僕達がキリングベアの群を討伐中だったんだけど、その余波で他の魔物や野獣があちこちに逃げ回っちゃってね。そいつらが君達を襲おうとしてた訳なんだ」
そうなのかと確認するようにバニラが見上げて来たので、頷きを返してやる。
するとバニラは首を傾げ、
「流石にそれで責任を感じられると申し訳ないと言いますか……雪崩が起きることや目的外の魔物達の動向まで把握するのは流石に困難を極めるかと」
「それでもこちらの行動に起因する以上、責任は僕達にある。これでもプロだからね」
そう言ってのける男に対してバニラは生返事を溢すだけだった。
さもそれがこの組織の総意であるように語る青年の姿が腑に落ちないといった様子だった。
――こりゃ相手がどの立場の誰なのか、分かってねぇ感じだな……
そう思う自分も、先だって自己紹介される直前にはバニラと似たような反応をしていたので他人の事は言えないが、要領を得ていない彼女に耳打ちする。
「目の前の彼だが――この傭兵団の団長だからな」
「団長って……えぇ!?」
バニラが面白い程に大仰に驚き、後退る。
目を剥き、奇怪な姿勢で声を震わせている。
「ニーズヘッグの団長と言えば、かの有名な――ま、<魔王>ですの!!?」
あまりの反応に<魔王>と呼ばれた男が不快感を浮かべないか身構えるが、それは杞憂だった。
男はニコニコと満面の笑みを浮かべて、
「知っていてもらえたとは光栄だなぁ」
その表情を不敵なものへと変化させて告げる。
「傭兵団ニーズヘッグを束ねる<魔王>レインだ――以後、宜しく頼むね?」
お読みくださりありがとうございます!
〈魔王〉という仰々しい異名を持った新キャラが出てきましたが、今後どうなることやら……
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