第16章『移動時間の教育者』
知識は力を支える土台である。
知識を織り成し、知恵として活用するためにも——
『さぁ、勉強のお時間だ』
「復ッ——活!! ですわ!!!!」
目覚めと共に、苛んでいた酔いがなくなっていることに気付き、バニラは両の拳を突き上げて回復したことを高らかに叫んだ。
最低限のプライバシーを保つために、申し訳程度で設置されていたカーテンで周囲を遮られていたので、状況はよく分からないが、薄い布の向こうでは人の気配が二つ——とらとすのぴが室内にいるであろうと察することが出来た。
酷い酔いのせいで、昨日ここであったことはうろ覚えだが、二人以外の誰かに世話になったのはなんとなく記憶に残ったいた。
早速、その人物や迷惑を掛けたとらたちに礼を伝えようとベッドから降りたところで、カーテンが無遠慮に開かれた。
視界に突如入り込んできた黒衣の男性が眉間に皺を寄せながら、筒状に丸めた紙の束を手にして仁王立ちしていた。
「とらさん! 女性のテリトリーを断りもなく覗くのは如何なもの——」
これで着替えたいたらどうするのかと、文句をぶつけてやろうとしたが、それは果たすことが出来ず、
「朝から——やかましい!!」
振り抜かれた紙の束がこちらの頭を叩き、張り手で頬を打たれたかのような音が炸裂し、予想以上の痛みに身悶えさせられる。
——貴方も大概やかましいのでは?
◆
「とんだご迷惑をお掛けしましたわ」
身支度を整えたバニラが、改めてカーテンを開けて出てくるが、この数日でいったい何度彼女から謝罪を受けただろうかと、取り留めもないことを考えてしまう。
「それで、お二人は何をしていらっしゃるのですか?」
室内に備え付けられたテーブルを挟んで座っているこちらとすのぴを見比べながら、バニラが問い掛けてくる。
すのぴはこちらが書き記したメモを凝視し、ブツブツと呟いているので、
「到着まで時間を持て余しているからな……ここで戦闘訓練って訳にもいかねぇし、知識を叩き込んでるとこだ」
手にした紙束——一般常識に始まり、戦闘の基礎から応用に至るまでを書き出した教材をバニラに手渡すと、目を通していった彼女から意外そうな声が返ってきた。
「驚きましたわ……とらさんって、言葉で説明するより、身体で覚えろ! とか言うタイプだとばかり……」
「脳筋のてめぇと一緒にすんな。感覚だけで覚えるより、言語化出来るように理論立てて覚えた方が後々で応用が効かせやすいだろが」
「ぐぬぬ……仰る通りなんですが——って、誰が考えなしに突っ走る猪突猛進系女騎士ですか!!」
言ってねぇ。
快調したかと思えば騒々しいことこの上ない。
これでは座学の邪魔になるので、理由をつけて部屋から追い出すことにする。
「元気になったなら、世話になったことの礼でも伝えてきたらどうだ」
「それも、そうですわね……」
こちらに文句を言い足りないのか、渋々といった様子だったが、ぽーの特徴を伝えて送り出す。
帰ってきたら私への認識についてお話がありますの! などと残していったが、どうやってあしらおうかと溜め息を溢していると、
「一応、頭に入ったと、思う……」
すのぴが嘆息と共に顔を上げたので、渡していた紙束を回収して、どれだけ定着しているか確認作業に移ることにする。
「じゃあさっきの内容から質問していくから答えてくれ——まず、マナとはどういったものだ?」
「えーと……森羅万象に満ちるエネルギーのことで、戦技や魔法を発動させるための源、だよね?」
すのぴが自信無さげに答えてくるが、おおよそはそれの認識で正解だった。付け加えるとするならば、
「魔道具の動力源でもある、ってのも押さえとけよ」
魔道具が世に普及したことで、人々はそれまで以上にマナによる恩恵を授かることになる。
魔法使いとして鍛錬を積んだ者以外でも安定したマナの出力を可能とする魔道具は生活の水準を押し上げることに貢献しているのだ。
火や水を簡易に扱えるようにするだけでなく、大都市では魔物避けの結界としても使用されているが、欠点ももちろんある。
「安定してマナを使用出来る魔道具だが、俺やバニラみたいに戦闘に従事する奴らはそれを使わねぇ。その理由は?」
「魔道具のそのほとんどが小型化出来ずにいるから、携帯して使用することが、ない?」
今度はスラスラと答えていたが、最後の最後で小首を傾げてみせるすのぴに、もう少し自信を持てと小言を挟む。
すのぴが答えた内容は今度も正解であった。
唯一の例外があるとすれば、
「ボックス、と呼ばれる収納型魔道具だけが小型化に成功したとされる訳だ」
掌大の大きさのそれを持ち上げて見せる。
これを発明した者についてはその多くが伏せられており、ただ技術だけが普及している形である。
世界中の技術者や魔法使い達が原理や構造を解析しようとしているが、今のところそれが果たされたという話は聞かない。
一部では、古代遺物を解析してその技術を転用しているのでは、という噂も流れているようだ。
「よく分かってない物だが、便利だからと世に普及してるってのは、よくよく考えると空恐ろしいものがあるがな」
人智を超えた何かを理解せぬままに利用し続けて良いものかと思わないでもないが、これがない生活というのも不便なだけなので、目を逸らしているのが実情である。
——欺瞞だな……
思わず自嘲しそうになるが、すのぴが不思議そうに見ているのに気付いて、咳払いで余計な考えを追い払う。
「とにかく、でけぇもん背負った状態じゃ戦う以前の問題だからって理由で、魔道具は実戦で使用されていない訳だな」
しかし、今も日夜研究が続けられており、魔道具の小型化はそう遠くない未来の話として巷で噂されているのも確かである。
実現が果たされた暁には戦術の幅が広がり、従来の戦闘形式を遥かに凌ぐ応酬が繰り広げられると予想されている。
それが世界にどれだけの影響を与えるかは計り知れないが、今ここで頭を悩ませても仕方がないと、思考を切り替える。
「それじゃここいらで、基礎の復習もしとくぞ——戦技と魔法についてだが、その違いは?」
「どっちもマナを使用して発動するのは一緒だけど……」
そこですのぴが言葉を閊えさせてしまったが、どうやら自分の中にあるものを咀嚼して、言語化しようと思索しているようだったので、じっと待つことにする。
「……戦技は体内のマナを操って、魔法は術式と詠唱を用いて発動で……」
たどたどしくも徐々に言葉を紡いでいたが、そこで完全に詰まってしまったので助け船を出してやる。
「戦技は使用者の意思によって制御され、出力は良く言えば自在——悪く言えば不安定ってことだな。反対に魔法は体内のマナ溜まり——オドに予め付与させた術式にマナを走らせ、詠唱を行うことで発動させる形だ。戦技に比べ、効果は付与されている術式に左右されるから応用は効き難いが、型が決まっている分、安定して使用することが出来るってことだな」
「なるほど……そう言えば、術式の付与って具体的にはどうするの?」
「基本的には魔道書を使用する形だが、高位の魔法使いなんかは自力で付与出来るって話だ……ギルドに所属している魔法使いで——」
その後もすのぴとの質疑応答が続けられ、彼の頭から煙が出そうな程煮詰まってきた頃、ようやくバニラが戻ってきて、その傍らにはぽーの姿もあった。
こちらの様子を見て、気分転換にとバニラが騎士の歴史を、ぽーが近年における魔物の進化と傾向などというそれぞれの嗜好全開の講義が始まろうとしたが、すのぴが悲鳴を上げて逃亡を図ろうとしたことで、未遂に終わった。
深淵領域から今日に至るまで、久方振りの和やかな時間が過ぎていく。
——あと一日もあれば、目的地に到着だな……
その後は迷宮区画の踏破に臨まなければならないので、今の内に英気を養っておくべきだろう。
だが、目的地まで残り僅かという所で問題が発生した。
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