第12章『熾烈なる女騎士』
忠義に厚く、清純であれ。
この道を歩むと決めた時からの戒めなれど。
魂に刻まれてた熱は色褪せず――
『やってやりますわ!』
目の前の男が繰り出す槍の刺突を受け流し、バニラは歯噛みする。
――思った以上にやりますわね!
古代遺物による強化があるにしても男の動きはこちらの予想を上回っており、武器のリーチの差もあり攻めあぐねてしまっている。
槍の穂先を弾いて隙を作ろうにも、槍の動きに逆らわず、その動きを利用して回避運動を取られてしまう。
「強化術を使わなきゃこんなもんかぁ!?」
ピーゲルがこちらを煽るように言葉を叩きつけてくる。
それに対して、苛立ちを覚えてしまう。
――そちらも強化術を使ってその程度でしょうに!?
こちらを圧倒しきれていないだろうと、反射的に言い返しそうになるが、向こうの方が優勢であるのは確かなので、何を言っても負け惜しみにしかならないだろう。
怒りを堪えて袈裟斬りを放つが、乱れた剣筋では相手を捉えることは叶わなかった。逆に相手に隙を見せる形になってしまい、そこを狙われてしまう。
突き込まれた槍が鎧を掠め火花を散らす。
直撃を免れたが、衝撃に態勢を崩してしまい、
「喰らえや!」
ピーゲルが槍を引く勢いに合わせて、身体を捻り、回し蹴りを放ってくる。
咄嗟に腕を交差させて衝撃に備えるが、
「――――ッ!」
小手をものともせずに、防御した腕が痺れ、振り抜かれた足に弾かれ、身が宙に浮かされる。
着地でたたらを踏んでしまうが、どうにか転倒せずに堪えることが出来た。
距離ができたことで一息を入れようとするが、先程の攻撃で肺から空気が押し出されてしまったせいか、吸気にむせ返りそうになる。
咳払いすることで、胸の奥にあった不快感を取り除く。
――やれやれですわね……
昨日の深酒があったとはいえ、随分と酷い有様だと内心で自嘲する。
こんな醜態はかぷこーんや王をはじめ、双子の妹や祖国の仲間たちには到底見せられたものではない。
「さぁて、そろそろトドメといこうか!」
こちらを追い詰めていると思っているのだろう。
ピーゲルが口角を醜く歪ませたかと思うと、裂帛の気合いと共にこちらに踏み込んでくる。
瞬く間にこちらを間合いに捉え、渾身の一撃を放ってくる。
それはこちらの心臓を狙った致命の一撃。
頑強な鎧を貫くであろう一撃がこの身を喰らおうとし――そして、上空へと弾け飛ぶ。
◆
何が起きたのか、訳が分からなかった。
何故自分は上空から広場を見下ろしているのだろうか。
先程まで、生意気な女騎士を追い詰めていたはずだ。
ホワイトケルベロスに舐めた真似をした報いを受けさせようとしていたはずだ。
なのに、何故、今自分は宙に浮いているのだ。
眼下ではこちらを見上げている女騎士の姿が見えた。
右脚を蹴り上げたかのような姿勢を見て、そこでようやく何をされたのかを理解する。
そして――
「――――がはっ!?」
腹部に強烈な痛みが走る。
いや、正確には、身体がようやくダメージを認識したということだろう。
「なん……で……」
そのようなことが出来たのかが理解出来ない。
あの女騎士は魔法による強化術で戦闘力を向上させると、昨日出会ったあの不気味な商人から聞かされていた。
だから、詠唱させないように真っ先に潰しに掛かったのだ。
実際、あの商人から買い取った魔道具のおかげで追い詰めることが出来ていた。
だが、いざトドメを刺そうとしたところで、この現状である。
――訳が分からねぇ……!
痛みと想定外の状況に思考が停滞する。
それに伴うように身体の浮遊感が失われ、地面に引き寄せられる感覚が身体中を包んだ瞬間、
「何か誤解なさっているようですが――私、戦技による強化も可能でしてよ?」
女騎士が飛び上がってきて、こちらの眼前まで迫ってくる。
その視線は鋭く、まるで紅蓮の炎を思わせる色を湛えて、こちらを射抜く。
「ただ、こちらの制御は苦手で――ついやり過ぎてしまいます、の!!」
鮮烈な一撃が振り下ろされ、肉と骨が軋むのを感じながら、意識が現実から吹き飛ばされた。
◆
クリム男爵家の暴君。
それが、幼少の頃から周囲から揶揄されてきた自分の呼び名だ。
双子の妹であるベリーが大人しい性格もあって、自分の粗野な行動が余計に目立っていた結果だろう。
そのことで妹に対して良からぬ感情を抱くことはなかった。
今にして思えば、そのせいで妹に余計な負担を与えていたはずなので、彼女には頭が上がらないほどである。
とにかく、言いたい者には言わせておけば良い。そんな考えで自分は好き放題をやって来たのだが、かぷこーんの活躍する姿に憧れ、彼から掛けてもらった言葉を切っ掛けに、人生に転機が訪れたのだ。
今なお、粗野な性格は矯正出来ていないが、淑女としての振る舞いを学び、騎士道を重んじるようになったのだ。
苛烈な性格はそのままだとしても――忠義と慈愛を持って、いつか彼の横に並び立てるよう、騎士としての道を突き進めるように――
◆
噴水の水にピーゲルが叩きつけられるのを確認し、こちらは優雅さを忘れぬよう静かに着地を果たす。
そして、鞘に納刀したままの騎士剣を腰に佩き――右足を後ろに下げ、スカートの両端を軽く持ち上げて、礼を送る。
「昨日の件は私に非がありましたので――改めての謝罪を」
ですが――
「これ以上、こちらに危害を加えようとするようでしたら――どうぞ悪しからず」
下手をすれば命に関わる一撃を喰らいそうになったのだ。
正当防衛としては、まだ許容範囲であろうと、自らに言い聞かせる。
「それでは、ごきげんよう」
周囲に控えていた配下の者達が慌てて噴水へと駆け寄るのが見えた。
やがてピーゲルが引き揚げられたが、着水の衝撃で気を失っているようだった。だが、礼を失する訳にもいかなかったので、別れの言葉を残して、とら達の様子を窺おうと振り返る。
――あ……気持ち悪い、ですわ……
気が緩んだところで、抑え込んでいた吐き気がぶり返してくるが、鋼の精神力で臓腑に留めさせる。
口元を手で覆い隠し、周囲へと視線を巡らせる。
「お二人は、どうなりましたの……?」
お読みくださりありがとうございます!
二日酔いでも決めるところはバシッと決める。そんなバニラを少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、ブックマークやリアクション、下のポイント★1からでも良いので、反応をいただけると作者のやる気に繋がりますので、どうぞよろしくお願いいたします!