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第10章『出立時間の妨害勢』

 勝手は承知。

 非があることも認めよう。

 それでも行く手を阻むと言うならば――

『押し通らせてもらう』

「おはよー……ございます」


 出発の準備を済ませ、宿酒場のフロントまで下りてくると、欠伸を噛み締めながら先に来ていたとらに挨拶をする。

 フードを目深に被っているから表情までは見えていないはずなのだが、先程の欠伸のせいでやれやれといった感じで呆れられる。


「ったく、遅くまで起きてるからだぞ」

「う……ごめんなさい」


 昨夜、部屋を出てから暫く帰ってこなかったことはしっかりと把握されていたようだ。


 あれからバニラと色々話し込み――というよりは、バニラが一方的に話し続けて、それに対して相槌を打つだけだったのだが、何にせよかぷこーんの活躍を始めとし、彼にまつわる話を延々と聞かされたのだ。

 出発の時間に遅れたりしなかったので、大目に見て欲しい。


「そういえば、バニラさんは?」


 こちらの問い掛けに、とらが顎でフロントの壁際に設えられたソファを示した。

 そこには既にバニラの姿があった。

 お開きになるまでにもかなりの量の酒を飲んでいたはずなのに、こちらよりも先に準備を整えていたことに感服するが、それもすぐに霧散してしまう。


「う~ん……」


 ソファに腰掛けている姿は、背筋をピンと伸ばしたようなものではなく、力なく背もたれに体重を預け、顔面蒼白の状態で呻いていたのである。


「完全に二日酔いだな」

「あはは……」


 あれでは本当に騎士なのかどうか怪しいものだと苦々しげに歪めているとらの横で、こちらは乾いた笑みを浮かべるだけにする。

 昨日までため込んでしまっていた不安を、酒の力で吐き出していた姿を見てしまっているので、とらのように彼女に非難の目を向けることは出来なかった。


 ソファで苦悶の声を上げ続けている彼女を尻目に、とらがフロントでチェックアウトを済ませてくれる。

 そして、バニラの元へ移動してきては、


「おら、シャキッとしやがれ」

「も、申し訳ありませんわ……」

「バニラさん、無理しないでね」


 とらに言われ、どうにか姿勢を正すバニラだったが、その表情は酷く苦しそうだったので、その身を案じて声を掛ける。

 その様子に、とらが短く溜め息を溢してくる。


「……とにかく、ここを出るぞ」



 吐き出す息が白く染まり、時折吹き付ける風が肌から熱を奪っていく。


 領根によって日照時間が限られた北領の気候は、年間を通して常に寒冷であるらしい。

 命が住まうには過酷な環境であるはずだが、それでもこの地に暮らす人達からは苦悩のようなものは感じられなかった。

 自分が知らないだけで、それぞれが悩みだったり問題を抱えているのだろうが、流れる視界の中に移る表情には活気が満ちているように感じた。


 宿酒場を出て暫く歩いたところ、大通りでは多くの出店が朝早くから商いを始めていたのだ。

 道行く人々に声を掛けて、様々な品を売ろうと商品の説明を繰り返している。

 食品や雑貨、店ごとに特色はあるが、数え切れない種類の品が並んでおり、横目にもつい気を引かれてしまいそうになる。


「ここを真っ直ぐ抜けた先に、宿橇の停留所がある。それに乗って、北東の領根を目指す形だ」


 先を歩くとらの声に、後ろ髪を引かれながらも、意識を元に戻す。

 昨日打ち合わせた通りの再確認で、こちらの横を歩くバニラが頷いている。


「それから領根の迷宮区画を抜けて、東領に入る……ですわね」


 先程に比べて幾分かマシな表情になったバニラの言葉に、昨日受けた説明を思い出す。


 領根の迷宮区画。

 超大陸マイアケは世界樹の根によって四つの領域に分断されている。

 その根――領根の内部は入り組んだ構造となっており、隣の領域に向かう際にはそこを通過するのが基本とのことだった。

 それ以外にも海路を使う場合もあるが、大陸の端にある港町に向かうだけでもかなりの日数を要するにことから海辺に近い地域の者以外は、迷宮区画を抜けるのが主流となるようだ。


 ――領根を越えるルートもあるみたいだけど……


 根によって形成された山脈は根本に近付く程に、その高さは人の侵入を拒むようになってくる。

 大陸の端まで行けばそれ程でもないが、その大半は過酷な環境であるため、内部を通過することが常識となっているとのことだった。


 迷宮区画というだけあって、内部には魔物が巣食っているが、そこで取れる鉱石や植物などは様々な利用価値があるため、今日に至るまで無数の人の手により、開拓・整備が進められている。


 ――それでもまだ完全には程遠いみたいだけど……


 とらが所属するギルドのコントラクターや各国の軍が精力的に推し進めてはいるそうなのだが、それだけ領根――ひいては世界樹の大きさが桁外れということなのだろう。


「ここからの定期便だと、領根の中層域だから――東領に入るまで、多く見積もって二十日程だな」


 そこから一週間程掛けてギルドの総本部を目指すことになるらしい。

 かぷこーんが告げた約束の日までに十分間に合う行程である。


 ちなみに、とらが言う中層域というのは迷宮区画の区分の一つらしい。

 領根の先端の方から、浅層・中層・深層と区分けされている。浅層は迷宮区画も短く生息する魔物も下位の種族だけとなるが、その分採取される物の価値も低い。逆に深層は強大な魔物が蔓延っている代わりに希少な物が手に入るようである。

 今回目指す中層域は、こちらの戦力や限られた時間を加味すると最も適したルートであると、とらが語っていた。


「焦っても仕方ねぇが、時間は有限だからな」


 そう言って、とらの歩調が僅かに速まる。

 雑踏の中、はぐれないようにこちらも足を進ませる。

 徐々に増えてくる人混みを抜けると、開けた場所に辿り着いた。

 先程まで歩いてきていた大通りと同等の道が四方に伸びた広場であった。


 広場の中央には大きな彫像が佇んでおり、見上げいる間もなくとらとバニラが先に進んでいく。

 じっくりと見てみたかったが、そうも言ってはいられなかったので、足早に二人に追い付く。


「見つけたぞ!!」


 するとどこからともなく、男性の大声が広場に木霊した。

 周囲の人達も何事かと視線をあちらこちらに向けていたが、人垣の向こうからざわめき、悲鳴が聞こえて来たことで、警戒を高める。


 怒号とも思える声の波と、足音がこちらへと近付いて来ている。

 とらとバニラが既にそれぞれの得物を手にし、臨戦態勢を取っている。

 やがて、人垣が割れていかにも柄が悪そうな男達が姿を表した。


 ――あれは……


 男達の肌には首筋や腕など場所の違いはあれど、同じ意匠の刺青が刻まれていたのを見て、昨日の記憶が呼び起こされる。


「ようやく見つけたぜ――昨日の侘びをしてもらおうか!」


 集団の中央にいた細身の男が一歩前に踏み出して来て、こちら――特にバニラへと怒りの表情を向けてきていた。

 昨日の腹いせに来たのだろう。

 その執着心に嫌なことを思い出すが、今は自分を気にしている場面ではなかった。

 男に敵愾心を向けられたバニラを伺うと、青ざめた顔をどうにか引き締めながら、言葉を放っていた。


「……………………誰ですの?」


 男の方から何かが切れる音が聞こえた気がした。



 バニラのすっとぼけに男が怒りに任せて飛び掛かって来そうになったので、大剣を構えて迎撃しようとしたが、


「落ち着け――ピーゲル」


 集団の奥から男が声を掛けた途端、ピーゲルと呼ばれた男が、その足を止めた。

 現れた男は、他の者と比べて異質とも呼べる身形をしていた。

 アッシュゴールドの総髪に、切れ長の瞳。

 上質なロングコートを羽織り、その下には重厚感のある黒塗りの衣服を纏っていた。


 ――街の不良グループと思っていたが……


 他の者とは風格からして別格の存在を目にし、己の認識を改める必要を感じた。

 取り巻き達はいかにもな不良だったが、恐らくその首領であろう彼は、裏社会に生きるギャングを思わせる佇まいだった。


「チンギスの兄貴! でも――」

「そう急くな」


 チンギスと呼ばれた男が手で制すると、ピーゲルは渋々だが、言葉を飲み込んだ。

 そして、チンギスがこちらへと視線を寄越し、


「昨日はうちの弟分が世話になったようだな」


 落ち着いた声――だが、猛禽類を思わせる鋭い視線が突き刺さる。

 横でバニラが、ようやく昨日の事を思い出したようで、あぁと声を漏らしていた。


 ――こいつに話したら余計に拗れそうだな……


 先程の不用意な発言からして、話し合いの相手にさせる訳にはいかなかった。

 構えて大剣を下ろし、


「こちらの連れが粗相をしたようで悪かったな――それと、俺も事情が分かってなかったとはいえ、手を出してすまなかった。謝罪としていくらか金を渡すことも出来るが、どうだろうか」

「ほう?」


 問答無用で襲い掛かってこなかったことから、単に報復といっても話し合いの余地がないわけでなさそうだったので、まずはこちら側の非を認めて、頭を下げる。

 それが意外だったのか、チンギスが言葉を漏らしていた。


「随分殊勝じゃあないか――どうだ、ピーゲル?」


 昨日痛い目にあったのは、チンギスではなくピーゲルである。

 だからこそ、こちらの謝罪を受け入れるかどうかは彼に委ねるようであった。


 ――金で収まるならそれで良いが……


「ハッ! それじゃ俺の腹の虫が治まらねぇよ!」

「だ、そうだが?」


 こちらとしては、ここで余計な時間を取られたくはなかった。

 金で解決するならそれが何よりだったのだが、それが叶わないとあれば、


「先を急いでるんだ、どうにか金で手を打ってくれねぇか?」

「ならんな」

「そうか――」


 一度下げた大剣を構えなおす。

 背後ですのぴとバニラも身構える気配を感じたので、はっきりと宣言する。


「――なら、交渉決裂だ」

 お読みくださりありがとうございます! 


 二日酔いのバニラを少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、ブックマークやリアクション、下のポイント★1からでも良いので、反応をいただけると作者のやる気に繋がりますので、どうぞよろしくお願いいたします!

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