第92章『組織を統べるもの』
組織を束ねる者として求められるもの。
それは、器量か、強さか——
『年の功ってのもあるかの?』
木造建築ならではの温かみを吹き飛ばすように、豪快な笑い声が木霊する。
漆黒の光沢を放つ革張りのソファに身を預けているバニラは、あまりにもあっさりとした返答に目を丸める。
「ほ、本当に良いん、ですの?」
「そのつもりで言ったのじゃが……儂、変なこと言ってしまったかの?」
と、禿頭で筋骨隆々の男が整えられた顎髭を撫でながら、不思議そうに首を傾げる。
「報酬についての擦り合わせもなく快諾するからだろうが」
「む……勿論、その辺の話は詰めるつもりじゃよ?」
とらから呆れた声を投げかけられ、男が喉を唸らせて顔を顰める。
こちらと同じくソファに座る姿はしかし、見上げながら話さねばならない程の体格の持ち主であった。
隆々たる筋肉に押され、衣服が窮屈そうに悲鳴を上げていた。
衣服のボタンは僅かな衝撃で弾け飛びそうだった。
ギルドマスター、ルーク。
オリエンスに到着した一行はとらの案内でギルド総本部へと赴き、ギルドマスターの執務室にて対面を果たしたのである。
とら曰く、御年七十を越える御仁であるが、今尚ギルド最強の称号を背負っているとのことだった。
簡単に自己紹介を済ませた後、バニラの口から西領諸国の実情や予言書の内容、〈教団〉と名乗る者達の出現などを伝えることとなった。
話している間、ルークの鋭い眼光がバニラの一挙手一投足を品定めするかのように注がれており、内心気が気でなかったのだが、
——話し終えた瞬間に快諾、でしたわね……
西領諸国では騎士団が幅を利かせている関係上、ギルドが介入する余地は少ない。
それどころか、多くの騎士達は余所者であるギルドの存在を煩わしく思っているくらいである。
数十年前、ギルド側が西領に支部を設けようとした際には、その排他的な気質から衝突が起きたために西領への進出を断念したと記録が残っている。
祖国のワッフル王はよく、共に手を取り合えれば西領諸国の情勢を安定させられるだろうにと零していた。
それ故に今回のマジカルソフトの探求の流れでギルド総本部に赴き、助力の嘆願を行う予定も組み込まれていた。
——とらさんの言った通りでしたわね……
騎士達に邪魔者扱いされたギルド側がこちらの依頼に対して首を縦に振ってくれるだろうかという懸念はあった。
実際は、以前にもとらが語っていたように問題なく引き受けてくれたことに胸をなで下ろす。
ルークの年齢からして、西領への進出を図った際には当事者であったかもしれない。
にも関わらず、快諾してくれたことに懐の大きさを感じずにはいられなかった。
諸々を含めた謝意を言葉にして、頭を下げていると、
「しかし、今すぐ西領に赴き介入を行うというわけにはいきませんね」
背筋をピンと伸ばしてルークの傍らに控えていた女性が、淡々とした口調で告げてくる。
腰まで伸びた白銀の髪が南向きの窓から差し込む陽光に照らされて、神秘的な気配を纏わせている。
銀縁眼鏡の奥から覗く切れ長の金の瞳からは知的さが滲み出ており、獲物を狙う猛禽類のようなそれが細められ、緩みかけていた気持ちが引き締められる。
静かな威圧感を放つ女性に言葉を詰まらせていると、ルークが眉尻を下げて嘆息を漏らす。
「申し訳ないがフィアナの言う通りじゃな。今の状況で乗り込んでも、余計な火種——下手をすれば、儂らのせいで開戦、なんてこともあり得るじゃろう」
言われ、バニラは想像を働かせる。
ルークが言ったように、ギルドが大々的に介入するとなってはどこの国が彼等を引き入れたのかと騒然となるだろう。
≪聖域≫をはじめとした主要国が引き入れたのであれば、不穏分子の排除という名目で通るかもしれない。
しかし、主要国がギルドの力を借りるとは到底考えられない。
であれば、反乱分子が西領諸国を転覆させるために引き込んだと邪推する者が出てくるだろう。
そうなっては絶妙なバランスで保たれていた情勢が崩れ、戦争状態に突入ということになりかねない。
「秘密裏に西領へと潜り込み、有事に備えて足場を固めておきたいところじゃが……何か良い案はあるかの?」
「それでしたら北領にいる使節団に合流してもらえれば良いですわ」
使節団はマジカルソフトを求めて北領の深淵領域を目指す自分やかぷこーんの隠れ蓑である。
そしてもう一つ、ギルドの協力を得られた場合に彼等を西領へと密入国させる受け皿として遣わされている。
モスターク帝国の皇帝に親書を届けた後は、外交を理由に長期間の滞留を予定しているのである。
「私の力で使節団とは情報共有出来ますの。かぷこーん様との約束もあって、暫くはこちらに留まるつもりですので、その間に合流の手筈を整えていただければと」
「うむ。そういうことであれば、近日中に人員を集めて北領に向かわせるとしよう」
ルークが鷹揚に頷き、フィアナへと指示を出す。
物音を立てない、だが、足早な歩調でフィアナが退室していく。
それを見送ったルークが改めてこちらへと向き直り、こちら——ではなく、隣のとらへと笑みを向ける。
「まったく……懲りずにTOIKIの元へ向かったと思えば、とんでもない案件を引っ提げてきおったな」
「ギルドとしちゃ見過ごせねぇだろ?」
返すとらも口の端を吊り上げている。
それに対してルークが、そりゃそうじゃ、と言葉にしており、その口調はとらによくやったと言っているようにも聞こえた。
「長年、西領については気掛かりじゃったからの……それに」
言葉を区切り、視線をとらの背後にいるすのぴへと移していく。
見据えられたすのぴがあからさまに緊張していくのが見て取れた。
「まさか伝説と謳われるワンダーラビットまで連れて来るとは——そちらについても、詳しく話を聴かせてもらおうかの?」
お読みいただきありがとうございます!
ギルドマスターのルークはヨボヨボのお爺ちゃんか、ムキムキマッチョなお爺ちゃんかで迷っていましたが、強者感を分かりやすくするために後者を採用しました。ギャップのある強いご老人はまた別の機会に登場してもらおうと思います!
少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、幸いです。




