第89章『離れていても繋がるもの』
離れていても、心はすぐそばに寄り添うように——
『隠しきれませんわね』
日中に温められた空気が、夜の静謐に溶けていく。
イースデン領内に入り、最後となる野営の中、バニラはすのぴと共に火を囲み、魔物や野盗の襲撃に備えて見張りを行っていた。
地龍であるグランは長距離を走り続けてくれたこともあり、今は静かに目を閉じている。だが、その威容のおかげで襲ってくるのは知性を失ったゾンビぐらいのものである。
先程まで見張りを担っていたとらとハラミが一通りの掃討を済ませてくれていたこともあり、二人の見張りは形式的なものとなっていた。
——今のうちに報告しておきましょうか……
周囲から感じられる気配は、野生の小動物達のものぐらいである。
この様子なら多少意識を別の所に向けていても問題ないだろうと判断したバニラは、一言すのぴに断りを入れて双子の妹への定期報告を開始した。
◆
頬を撫でる涼やかな風に心地良さを感じながら、バニラは意識を集中させて遠く離れた妹へと思念を飛ばす。
『——といった感じで、明日にはオリエンスに到着する予定ですわ』
『順調なようですね。姉様に関しては、最近は災難続きのようでしたが』
双子の妹からは淡々として口調で返されるが、送られてくる思念に呆れの感情が滲み出ていたのが感じ取れた。
思念のやり取りでは表情までは分からないが、遠い故郷の地では双子の妹が冷めた眼差しをしているに違いないだろう。
——まぁ、仕方ありませんわね……
自分がベリーの立場であれば同じように呆れていたであろう。
祖国を取り巻く状況が緊迫の一途を辿る中、下着を紛失して大騒ぎしたり、味方が調子に乗ったことで酷い目に遭いかけて元凶を締め上げたりしていれば、何をやっているのだと頭を痛ませるのは当然の反応だと思う。
確かに、ここ最近は緊張感が欠けていたと反省していると、
『ですが、良い方々に巡り逢えたようで何よりです』
こちらが押し黙っていると、不意にベリーから安堵の色と共にそのような言葉が送られてくる。
『姉様のことですから、必要以上に気が急いて大きなミスを犯すのではないかと心配していましたが……程々に肩の力が抜けている様子に安心しました』
『ぐっ……それはどうも、ですわ』
妹の言葉に騎士見習いの時に犯した失態が脳裏に浮かぶ。
頭を振って、苦々しい記憶を記憶の彼方へと追いやる。
こちらの様子に、焚き火を囲って周囲を見張っていたすのぴが不思議そうに首を傾げてくる。
何でもないとジェスチャーで伝えて、妹との交信に意識を向けなおす。
『急ぐに越したことはないですが――かぷこーん様の件がありますので、暫くはオリエンスに滞在することになりますわね』
『……北領の使節団でも情報を集めてもらっていますが、それらしい情報は今のところ入ってきていないようです』
ご無事だと良いのですが、とベリーの不安を帯びた心情が我がことのように伝わってくる。
バニラとてかぷこーんの身を案じていないわけではなかった。それどころか、来る日も来る日もかぷこーんの無事を祈り続けている。
しかし、今の自分に出来ることは限られている。
『信じましょう』
胸の奥で重い澱のように沈殿する不安を払い除けるように、言葉を送る。
それは自分に言い聞かせているようでもあり、ベリーにもきっと伝わってしまっているだろう。
だが、ベリーからは同意を示すものだけが返ってきた。
『そう、ですね。かぷこーん様のことです——きっと、何事もなかったかのようにお戻りになるでしょうね』
希望的観測かもしれない。
しかし、バニラにはベリーが言ったような光景が鮮明に思い描くことが出来た。
自身が最も過酷な状況にあったはずなのに、その辛苦を感じさせない笑顔を湛えさせていることだろう。
そして、清涼な風の音を思わせる声でこちらの名を呼んで、身体を引き寄せられ——
『姉様?』
『——はっ!?』
かぷこーんとの再会を夢想していると、ベリーからの呼び掛けで現実へ引き戻される。
思わず乙女チックな妄想が思い浮かべてしまった。
妹にあられもないイメージが伝わっていないことを願ったが、
『——そうですか。ようやく自覚なされたのですね』
『みぃ!!?』
恥ずかしさのあまり、変な発音を送ってしまう。
自分達の力の特性上、感情の機微も伝わってしまうのは分かっていたのだが、最近になってようやく自覚した慕情については秘したままでいたかったのだが、
『って、ようやくと言いましたの!?』
『はい……まさか、本気で気付かれていなかったとでも?』
心の底から驚いたという感情を向けられ、頬が熱を帯びるのを感じる。
焚き火のせいだと思いたかったが、ベリーからの追撃に誤魔化しきれるものではなかった。
『ちなみに、気付いていないのは姉様とかぷこーん様だけかと』
穴があったら入りたい。
だが、このままでは姉としての沽券に関わるので、せめてもの反撃を試みる。
『…………貴女の方はどうなんですの?』
『どう、とは?』
返ってきた反応は、吊された布を押し退けようとした時の如く、何の手応えもないものだった。
こちらの意図が全く理解出来ないという様子に、バニラは暖かい眼差しを妹へと向けたくなっていた。
——そちらはまだまだ先が長そうですわね……
妹のベリーはワッフル王に対して尊敬以上の念を向けている。
対するワッフル王もベリーを自身に仕える騎士として見ているのではないことは、誰の目にも明らかであった。
ただ、当の本人達だけが互いに想い合っていることに気付いておらず、ベリーに至っては自覚すらしていない状態である。
かぷこーんに対しての想いも、すのぴと出会ったあの日に自覚出来た身なので、妹のことをとやかく言える立場ではないのだが、
——流石は双子の姉妹、ということでしょうか……
唯一の違いがあるとすれば、かぷこーんの心がこちらに向いていないということだろう。
胸の奥がチクリと痛むのを感じたが、その痛みは気のせいだと思い込む。
今はただかぷこーんの無事を願い、思慕の念を抱いているだけで十分だと——
『そろそろ見張りの交代のようですし……また連絡しますわね』
『……はい。では、おやすみなさい姉様』
返す思念を飛ばし、交信を終了する。
力を使った直後の、ふわついた感覚が肉体のものと一体になるのを感じながら、視線を地平の彼方へと向ける。
世界樹の枝葉と地平の狭間で、星々の煌めきが道行きを照らしているように感じられ、
——頑張りませんと……
少しだけ影が差してしまった心を奮い立たせるように、バニラは深く息を吸い込む。
明日の昼過ぎにはオリエンスに到着し、ギルド総本部にてギルドマスターとの面会が予定されている。
とらの話では、事情を伝えればギルドとしても協力は惜しまないだろう、とのことだったが——
——事情が事情ですし……
そう簡単に西領への介入に踏み切ってもらえるとは思えない。
それだけ、西領諸国の関係には溝があるのだ。
度重なる交渉を余儀なくされるだろう、と心構えをしておくべきだろう。
かぷこーんとの合流が果たされた時に、即座に行動出来るようギルドと話をつけておくこと。それが目下の自分の役目であると、バニラは意を決する。
熱された薪が爆ぜ、火の粉が宙を舞う。
夜空へと昇る紅蓮の星々が、バニラの決意を照らし出すかのようだった。
◆
「そういうことであれば、全面的に協力しようではないか!」
「即決ですのーーーー!!!?」
お読みいただきありがとうございます!
次話では遂にギルド総本部へと到着です!
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