第87章『心の内に抱くもの』
胸中に渦巻く思いの数々。
危険性を感じ取りつつも、その場に身を寄せるのは——
『全ては己が信念と目的のために』
「そういや、ばさに見てもらいてぇもんがあったんだ」
イースデンまでの道程も終盤に差し掛かった野営の最中、ばさはとらから差し出された物を受け取る。
それは精緻な紋様が彫られた腕輪で、一目見ただけでかなりの技巧が凝らされているのが分かるものだった。
腕輪には加工された魔鉱石がはめ込まれており、焚き火にかざすと元から赤黒かった鉱石が妖しげに輝いているようにも見えた。
「……これをどこで?」
鑑定眼の力を行使せずとも、それが良くないものだと直感する。
手の中にあるものの異様さが触れた場所から薄ら寒い何かを伝播してくるように感じられ、顔をしかめながらとらに訊ねる。
ノース・ダストの不良グループが所持していたというそれは、後に彼等を人造巨人の生体コアに仕立て上げた要因ではないか、という推測が立てられていたらしいが、
「あー……その見立てで間違いなさそうですね」
両眼に『見る』という意識を張り巡らせると、鑑定眼がその力を起動させる。
脳に流れ込む情報を精査すると、やはりという思いが浮かんでくる。
「これそのものは身体能力を向上させるだけみたいですけど、上塗りするように複数の魔法が施されてるみたいですね」
精神汚染。
意思剥奪。
遠隔操作。
ざっと見ただけでは数え切れない程の魔法が付与されているが、大まかにはこの三つが主軸となり、古代遺物を侵食しているようだった。
その効果を考えれば、とらが述べた推論は正しいものだったと立証出来たも同然だった。
しかし、
「古代遺物のランクにも依りますけど、魔法を付与出来るということはかなりの手練れですよ」
古代遺物のどれもが、その機能を損なわれないように外部からの干渉を防ぐ力を有している。
その力を発動させないよう絶妙なバランスで魔法を付与することは、熟練の魔法使いであっても至難の業と言っても過言ではなかった。
——それを、これだけの数をだなんて……
常軌を逸している。
それに加えて、それらが悪意を以て為されていると考えると、全身に怖気が走り表情が引き攣る。
これだけの芸当を可能とする人物に心当たりはあったが、
「彼女がこんなことをするとは思えないですし」
「あぁ、あおいか? あいつは魔法に関しちゃぶっ飛んでるところはあるが、誰かに害を与えるような奴じゃねぇだろ」
共通の知人を思い浮かべては、揃ってそれはないなと否定を入れる。
顔を見合わせ、どちらからともなく苦笑が漏れた。
「ともかく、これをやった相手とは関わらないのが良いってことですけど……」
「そうも言ってられねぇよ」
依頼請負人としての倫理観が目を逸らすことを良しとしていないのだろう。
誰かからの依頼の有無に関わらず、依頼請負人は社会秩序の守護者たらんとすることを求められる。それは、ギルドが掲げる理念にかくあれかしと綴られているからである。
戦乱の調停や災害発生時の救難・支援など、誰かの命が危険に脅かされているとあっては見過ごすことの出来ない者達の集まり——それがギルドという組織の実態であった。
——その理念は立派だとは思いますけど……
ばさの立ち位置はあくまでギルドの協力者である。
そのため、ギルドの理念に準じる必要性はないし、それを強制される立場ではない。ギルドマスターからも承諾を得ているし、口には出さずにいるもののそれについては危うさすら感じている程である。
善行を為す組織が大きくなるにつれて、内側から溢れ出てくる危険性。
それは宗教においても起こり得る善性故の、悪性。
一部では既にギルド内でもソレに蝕まれているという噂も耳にするが、
——俺が首を突っ込むことではないですからね……
ギルドとの関係性を維持するため、懐に入りつつも適度な距離感を保つ。
そのことを念頭に置いているが故に、危険性に気付いていても組織の根幹に関わることには深入りしないと決めているのだ。
——いざとなったら、鞍替えも辞さないですが……
しかし、それは己の矜持が踏みとどまらせている。
信頼と契約を重んじる商人が軽々しく契約相手を切り捨てるべきではない。というのがばさなりの信念であった。
こちらが致命的な損害を被るか、相手側から尊厳を踏みにじられるなど、決定的な決裂に繋がるものが起きない限りは反故にすることはない。
「どうかしたか?」
「いえいえ、少しぼうっとしてただけです」
思考に意識が傾いていると、野性とも言える勘の良さを発揮したとらが訝しむように瞳を覗き込んでくる。
ギルドの一員であるとらにこちらの内心を勘付かれないよう、咄嗟に「疲れが出たんですかね」と曖昧な笑みを浮かべて、ふと思い出したかのように話題を逸らす。
「とりあえずその古代遺物については、いつものようにこちら預かりということで良いですよね?」
「……そうだな。頼むわ」
一瞬、とらが逡巡する素振りを見せたが、すぐに何事もなかったかのように残る二つの腕輪を投げ寄越してくる。
何かを躊躇ったかのようだったが、特に言葉にすることはなかったので、こちらも敢えて閉じられた蓋をこじ開けるようなマネはしなかった。
抱き抱えるようにして受け止めたものを確認し、それらをボックスの中に収納していると、
「ばささんの鑑定眼って、どういった情報まで分かるの?」
今までこちらのやり取りを黙って眺めていたすのぴから疑問が投げ掛けられる。
先程の腕輪の件から、純粋に興味が湧いたというような様子で訊いてきた感じであった。
この魔眼については、ギルド内でも一部の者にしか知られていないものではある。
稀有で便利な力を持っていると知れ渡ってしまったら、鑑定眼目当てに良からぬ者達が近寄ってくるだろう。
それはそれで商機にも成り得るだろうが、リスクが勝ち過ぎるために必要以上の開示は控えるようにしてきたのだ。
――まぁ、とらさんには知られていますし……
それにすのぴをはじめ、他のメンバーも無闇に口外するような者達ではなさそうなので、
「大体のことは分かるよ。ヒトだと名前や種族、マナの保有量なんかも……だけど」
言葉を区切り、すのぴを凝視した上で続ける。
「ワンダーラビットという伝説とも言える存在だからか、すのぴ君の情報は大部分が靄が掛かっている感じだね」
「例えば?」
横で聞いていたとらから促されたので、そうですねと気になる点を挙げていく。
「名前は”すのぴ”で間違いないんですけど、その前に隠されているものがあるみたいで……それと、年齢なんかは完全に読み取れない状態ですね」
こちらの答えに対して、すのぴが見るからに肩を落としているのが分かる。
記憶を失っている彼からすれば、何かしら元の自分に繋がるものを知りたかったのだろう。
「ただ、今までの経験上――そういった部分に関しても『見る』時間が蓄積されていけば徐々に分かるようになるはずだよ」
「本当ですか!?」
途端に表情の翳りが晴れて、期待に満ちた眼差しを向けてくる。
その時がいつ訪れるのかは分からないので過度な期待は荷が勝ち過ぎるが、わざわざ落胆させるのも忍びないので、
「これでも高ランクの古代遺物を鑑定してきた実績もあるんでね」
だから何か分かったらすぐに伝えると言葉にすれば、すのぴの表情が安堵の色が染まる。
そして話の流れからか、彼の興味が古代遺物に対するものへと移っていく。
「古代遺物もすぐに分からないものがあるってことですか?」
「そうだね。先日見せてもらったマジカルソフトなんかは、現在の状態がどうなっているのかがどうにか読み取れたぐらいだったね」
経験と照らし合わせてみても、マジカルソフトの鑑定には今までにない程の時間が必要そうであった。
それこそ、数か月どころか年単位は掛かると考えた方が良さそうだ。
「古代遺物と一括りに言ってもその力はピンキリだから、一瞬で鑑定出来るものもあったりするしね」
「そうなんだ……今までに、どんな古代遺物を鑑定してきたんですか?」
と、興味深そうにすのぴが訊ねるものだから、つい心の奥に燻られるものがあるの自覚する。
商人にとって、手持ちの商材に興味を持ってもらえたなら、本能としてそれ等の魅力を伝えたくなるのは致し方ないことだと思う。
自然と口角が吊り上がるのを感じながら、すのぴに営業スマイルを向ける。
「良かったら、実際に見てみる?」
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