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第4章『狂乱の女騎士』

 愛故に怒り、愛故に叫ぶ。

 抑えきれない衝動がこの身を突き動かす。

『どうして』

「強くなりたい、か」


 深淵領域を抜け、かぷこーんから預かった比翼の灯籠を頼りに進む銀嶺の旅路の最中、野営の焚き火を囲んでいる時にすのぴが言った言葉を反芻する。


 かぷこーんと別れてから消沈している様子だったが、次第にその瞳に光を取り戻し、決心したような眼差しをするようになったのである。


 ――立ち直るのにまだ時間が必要かと思ったが……


 存外、すのぴという兎人族の少年は心根の強い存在なのかもしれないと、認識を改めることにする。

 ただ、


「理由を聞かせてくれ」


 決意の眼差しを正面から受け止め、大事な確認であることが伝わるように真剣な声音で問い掛ける。


 力を求める理由が真っ当なものであれば、手を貸すのはやぶさかではない。

 しかし、負の感情に突き動かされてとあっては、それを糾さなくてはならないと思ったが、


「あの時……僕は、守られてばかりだった、から」


 まるで自分に言い聞かせているのか、拙くてもしっかりとした声で、その響きを胸に刻みつけるみたいにすのぴが声帯を震わせていく。


「とらさんに背負われて、恐怖に震えているだけなのは……もう、嫌だから」


 言の葉に熱が帯び、姿勢が前のめりになってくる。


「僕も、とらさんやかぷこーんさんみたいに誰かを守れるようになりたい!」


 勢いで立ち上がったすのぴを眺め、その姿に数日前までの弱々しさは見受けられなかった。


「かぷこーんは、お前に戦ってほしいとは思ってないかもしれないが……それでもか?」


 突き付けた言葉にすのぴが息を呑んだが、それでもと言葉を響かせた。


「それでも――これからは、誰かを守れるようになりたい」


 真っ直ぐにこちらを見返してくる瞳に迷いは映っていなかった。


「それに、かぷこーんさんは今頃……」


 すのぴが言葉を濁したが、言わんとしていることは理解出来た。


 単身でTOIKIに立ち向かった彼がどうなったかは、すのぴが最も理解しているのだろう。


 ワンダーラビットへと肉体を変質させ、彼が残した「一年後」というセリフから、すのぴと同質の力を持った存在になったはずである。

 そうなると、かぷこーんはTOIKIに――


「そうと決まったわけじゃねぇけど――」


 希望的観測は時に正常な判断を過たせるが、必要以上に絶望に項垂れる必要はない。


 それを伝えるためにも、立ち上がり、すのぴの頭を上から押さえつけるようにして撫で回してやる。


「次、あいつと会った時には『もう大丈夫』って言ってやらねぇとな」

「――はい!!」


 そこから先、ノース・ダストに到着するまでの間、時間を作って、すのぴに戦う術――特に身を守るための技術を叩き込むことになり、そして――



 とらは、すのぴと共にノース・ダストの街を全力で駆け抜けていた。


 その場で応戦も考えもしたが、迫る暴力の嵐の凄まじさに退避を余儀なくされた。

 その場に留まっていては、ならず者達への被害が甚大になっていただろう。


 ――助ける義理はないが――!


 迫り来る女騎士の様子から、下手をしなくても何人かは肉塊に変えられかねなかったので、これが正しかったのだと自分に言い聞かせる。


 入り組んだ路地裏を飛び出し、大通りを疾駆する。

 朝の早い時間帯だったおかげか、幸いにも人はまばらで、掻き分けて進むようなことはせずに済んだ。


 奇異の視線がこちらへと向けられるが、後からやってくる存在を認識した途端に人々の気配が遠のいていく。

 通行人が途切れたところを狙って、再び路地裏へと身を投げ入れる。

 背後から執拗に迫ってくる気配を振り返りながら、


「お前、本当に何もしてねぇんだな!?」

「た、多分! 話してたら急にブツブツ言い出して、それで――」


 併走するすのぴの言葉が遮られる。

 こちらとすのぴの間を引き裂くように何かが飛来し、次いで風圧が全身を押しのけようとしてくる。

 棒状に見えた何かが前方、T字路の突き当たりに深い穿孔を刻み付けるのを見て、肝を冷やす。


 ――危ねぇ!


 辺りの物を拾って投げつけてきたのだろう。

 その常人離れした力業に加えて、先程まではなかったはずの高密度のマナが女騎士を覆っていることから、確信に近い推測が浮かんでくる。


 魔法による身体強化術。

 魔法の修練を積まなくても体内のマナを操作して身体能力を向上させる戦技は存在するが、術式や詠唱を用いて発動させるそれは出力や操作性で群を抜いている。


 すのぴの言にあった呟きが、魔法の詠唱であるとするならば彼女の馬鹿力などにも合点がいく。


 ならば、このまま逃げ続けていれば事態の解決は思っていた以上に容易だろう。

 身体強化魔法の持続時間はおよそ十分が限度とされている。

 加えて、持続時間を延長させようと重ね掛けしようとすれば、術同士が反発してしまい、結果として効果が霧散してしまう。

 戦技による強化を行使したとしても、術の効果が活きている間は同様である。

 なので術が切れてから次の術や戦技を発動させるために隙が生じるので、


 ――そこを狙って取り抑える!


 すのぴがこちらに戻ってくるまでに要した時間とそこからの時間から算出すれば、術の効果は残り二~三分といったところだろう。


 先程のような投擲攻撃対策で小刻みに進路を変更させながら、薄暗い路地を突き進んでいく。


 しばらく経つと、急に視界が開け、家屋が取り壊されたのであろう更地へと辿り着く。


 周囲に人の気配はなく、少し暴れるにはうってつけの場所だった。


「ここで迎え撃つぞ!」

「は、はい!」


 広場の中心部で振り返り、迫る脅威に備える。

 背にした鞘から大剣を解放し構える。

 すのぴもそれに倣って、両の拳を握り締めて持ち上げ、臨戦態勢をとる。


「……あれ?」


 すのぴが首を傾げる。

 聞こえていた足音が途絶え、周囲一帯が不気味な沈黙に支配される。

 だが、その静寂はすぐさま打ち破られることとなる。


「下がれ!!」


 すのぴを押しのけるように前へと身を割り込ませる。

 次いで大剣を盾のように構えたところで、全身に響く衝撃に襲われる。


 女騎士がおそらく路地が途切れる手前で上空へ大跳躍し、その勢いのまま空中で錐揉みすることで遠心力を加えた蹴りが放たれたのだ。


 構えた大剣の刀身と女騎士の具足がぶつかり火花を散らす。

 渾身の一撃に膝を付きそうになるが、こちらも全身にマナを張り巡らせて、抵抗する。

 しかし、術の効果で相手の方が力の面で上回っているせいで押し負けそうになる。


「離れて――ください!!」


 そこに、体勢を立て直したすのぴが女騎士の腕を掴み、目一杯の力で振り回して投擲を試みる。

 体が宙に浮いていたために、彼女はされるがままに投げ飛ばされる。


 だが、こちらから十メートル以上離れた場所に着地したかと思うと、すぐさま距離を詰めて襲い掛かってくる。

 貫手や目潰しだけでなく、あらゆる急所目掛けて放たれる拳や蹴りを辛うじて捌き、回避を繰り返す。


 ――おかしいだろ……


 すのぴと二人、術の効果切れまで防戦に徹していたが、いくら待てどもその時はやってこなかった。

 途切れることない猛攻の最中に術を掛け直す暇はどこにも存在しない。

 ならば、こちらを追走している最中に時間切れを迎えて、術を掛け直したのか――否、そうであるならば、詠唱を行う段階でこちらを見失っていたはずだ。


 推論を立て、否定を入れていく中で、一つの可能性に思い至る。


 ――強化術の持続時間がズバ抜けて長い、ってか!?


 だとするならば、このままではジリ貧もいいところであった。

 いつ来るか分からない効果切れを待っていては、体力だけでなく精神の消耗が懸念される。

 自分はまだしも、すのぴが耐えられるかは微妙な線だった。

 こちらも全力で応戦することも頭に浮かぶが、そうなると相手の無事を保証出来る気がしない。


「すのぴ! こいつと何を話したか教えろ!」

「この状況で!?」


 隣で攻撃を凌ぎながら、動揺の声が上がる。


「このままじゃ埒が明かねぇ! こいつを正気に戻す糸口を探す!」

「――ッ! えっと、まず僕たちが何者かって訊かれたから――」


 極限の状況下であったが、どうにか当時の様子を思い返すかのように、すのぴが口を開く。


「比翼の燈籠を頼りにこの街まで来たことを伝えて――」

「それを先に見せたんだな!?」

「そ、そうだけど――もしかして、いけないことしちゃってた!?」


 すのぴの疑問に叱責の言葉を浴びせ掛けそうになるが、ぐっと堪える。


 つまりはこういうことである。

 かぷこーんの名を出す前に、彼の所持品であった古代遺物を彼の仲間に見せたのである。

 見ようによっては盗みを働いたのだと思われたことだろう。


 ――いや、それ以上か……


 どこか世間慣れしていなさそうではあったが、かぷこーん程の実力者が並の盗人に物を盗られることはまずないだろう。

 もし、騙し取られたとしてもすぐに取り返すはずだ。

 となると、そんなかぷこーんから所持品を盗ることが出来たのは、彼に致命的な危害を加えた、あるいは加えられた後の彼から拝借したか、といった可能性に絞られてくる。

 どちらにせよ、最悪な印象を持たれたことに違いない。


 これは自分の落ち度だと反省し、すのぴには今後人との関わり方や話の伝え方について教えていかないと、と内心で肩を落とす。


 とにかく解決の手掛かりが見えたので、今なお狂気に囚われた女騎士に言葉を投げ掛ける。


「待ってくれ! 俺達はかぷこーんに頼まれ――」

「卑賤な輩が、あの方の名を口にするなっ!!!」


 火に油を注いだ。



「くそっ! 取り付く島もねぇってか」

「ど、どうするの?」


 激昂する女性と距離を取り、とらへと質問する。

 幸い、女性はすぐに攻撃に移って来ず、肩で息をし、全身を震わせていた。


 ――怒ってる、んだよね……


 記憶の大半がないせいか他者の感情や機微にいまいち疎い自分だが、目の前の彼女が怒りに戦慄いているのは分かる。

 そして、理由は分からないが、その原因が自分にあるのだということも――


「謝って、許してくれるかな?」

「理由を十分に理解してない状態で謝っても逆撫でするだけだぞ」


 後で教えてやるから、ととらが一歩前に踏み出す。


「さっきの感じからして、あいつ――相当かぷこーんに入れ込んでやがるな」

「入れ込む?」


 言葉の意味がよく分からず首を傾げるが、とらは笑みをこぼしながら、


「まぁ任せとけ――おい! お前さん、あいつの仲間なんだろ!」


 とらの呼び掛けに女性が鋭い眼差しを更に吊り上げて、無言の圧力を掛けてくる。


 気圧されそうになるのを必死に堪える横で、とらが飄々した様子で続ける。


「俺達はあいつに託されてここまで来たんだ! 美人で優秀な部下に伝えてくれって!」

「え?」

「美人、ですって……?」


 そんなこと言われただろうか。

 疑問の目をとらに向けるが、美人という言葉に反応した女性に対してとらが声高に告げる。


「あぁ、気立てが良くて気品に満ちた才女だ、家庭を持てば良い奥さんになるだろうって言ってたぜ」


「と、とらさん……」


 もしかしたら自分が目覚める前に話していたのかもしれないが、どうにも嫌な予感がして彼の袖を引いて、静止を呼び掛ける。


「本当にそんなこと言ってたの?」


 聞かれたら拙いような気がしたので、一応小声で耳打ちしたが、とらは曖昧な笑みを浮かべ、


「尊敬、あるいは惚れた相手からの言葉とあっちゃあ、ちっとは耳を傾けるだろ」


 ――良くない笑顔だ、これ!


 直感するも、もう相手に言葉が届いてしまっては、どうすることも出来なかった。


 女性に視線を向けると、いつの間にか俯いていて、その表情はしな垂れる前髪の奥へと隠れてしまっていた。


「――――は、――――んわ……」

「えっと……?」


 微かに漏れ聞こえた声に反応を示すと、女性が顔を跳ね上げさせる。

 その瞳は先程までと異なり、大粒の涙を貯えており、


「かぷこーん様は、そのような甘い言葉で女性を拐かすお方ではありませんわ!!」


 燃え盛る炎に大量の油を投げ込むとどうなるか、分かったような気がする。



 怒り狂った女騎士が哀愁をも振りまきながら、こちらに迫ってくる。


「どうするの、とらさん!」


 すのぴの懇願するかのような悲鳴が聞こえるが、こちらの内心は至って平静だった。


 ――恋慕より畏敬の念が勝ってる、か……


 ならば、彼女に投げ掛けるべき、最良の言葉はこうである。


「お前さん――本当に良いのか?」


 振りかぶられた拳がこちらに目掛けて放たれる。


「かぷこーんの意志に背くことになっても良いんだな?」


 重ねて告げた言葉に拳が鼻先スレスレの所で動きを停止させた。

 風圧で髪や衣服が乱れるが、視線をそらすことなく女騎士を見据える。


「……………………本当に」


 しばらくの沈黙の後に女性が言葉を漏らす。

 険しい表情は相変わらずで青筋が浮き出ているが、こちらの発言に冷静さが僅かにでも戻ってきたのか、その瞳からは狂気じみた色が消え去っていた。

 彼女からして見れば、まだ怪しさは払拭しきれていないだろう。だが、万が一こちらの言が正しいのだとすれば、という思いが彼女に歯止めを掛けさせた。


「本当に、かぷこーん様に頼まれたんですの……?」

「さっきからそう言ってるだろ」


 追い打ちを掛けるように告げると、女騎士の紅潮していた顔が一気に青ざめていく。

 あたふたと狼狽する姿に多少は溜飲が下がる思いである。


「も、申し訳ございませんわ!!」


 飛び退き、宙に浮いた僅かな時間に膝を揃えて着地する。

 流れる動きで腰を折り、額を地に叩き付ける。顔横には指先まで綺麗に揃えられた両手が大地を捉えていた。


「……どういうこと?」


 あまりの光景にすのぴが困惑した声を漏らす。彼には馴染みがないかもしれないが、彼女が取った地に伏す姿勢は、


「ワフー式謝罪術・DOGEZA――!」


 東領の海上に浮かぶ小さな島国に古来より伝わる謝意を伝える極意、更にその発展であるバックジャンプDOGEZAを披露した彼女に感服せざるを得なかった。

 西領の騎士である彼女が何故こうも見事なDOGEZAを使いこなせたかは疑問ではあるが、


「すのぴ……こうも見事なDOGEZAを見せられたら、彼女を非難するのは野暮ってもんだ。誤解で襲われた件はこれで手打ちってことで良いな?」

「そ、そういうもの、なの……?」


 すのぴが状況を飲み込めていないようだったが、とにもかくにもこれで落ち着いて話が出来そうであった。

 お読みくださりありがとうございます! 


 誰かを助けられるだけの強さを求めるようになったすのぴやDOGEZAをかますバニラの事を少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、ブックマークやリアクション、下のポイント★1からでも良いので、反応をいただけると作者のやる気に繋がりますので、どうぞよろしくお願いいたします!

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