第82章『蝕むもの〜すのぴ: Cursed〜』
その侵食はいつからなのか。
心を蝕むソレは、いったい何をもたらすものなのか——
『一つ一つやれることを』
「の、呪い……」
その言葉を口にした瞬間、ハラミは背筋に走る怖気に身震いした。
呪いというものがどういったものかという知識は得ているが、実態としては得体の知れない空恐ろしいものでしかなかった。
——そんなものが、沢山……
ばさの発言の通りであれば、すのぴの身体は呪いに蝕まれているとのことである。
自分より遥かに小柄な背を見つめ、すのぴの身を慮ってみるが、今の彼がどのような心境なのか想像すら出来なかった。
ただ、すのぴへと注がれる視線から只事ではないということだけが、ひしひしと伝わってくる。
掛ける言葉が見付からず、すのぴの肩に伸ばした指先が何度も空を切る。
微かに伝わってくるワゴンの揺れと風切り音が煩く感じられる程の沈黙に満たされ——やがてすのぴが徐に、右手で後頭部を掻きながら、
「やっぱり、そうなんですね」
と、短く言葉が紡がれた。
その声音は僅かに困惑の色を滲ませてはいたが淡々としており、あくまで予想の範疇であったのだと伝わってくる。
すのぴのそんな様子に対するとら達の反応は、眉根を寄せていたり目を伏せたりとそれぞれだったが、誰もが腑に落ちたとでもいうように口を挟む者はいなかった。
その中でハラミだけは戸惑いを抑えることが出来ずに、
「……怖く、ないのでござるか?」
溢れるように出た言葉を自らの聴覚で認識した瞬間、この言い方では拙いと察する。
これでは、皆に対して呪いに蝕まれたすのぴを恐れないのかと問うたように聞こえてしまう。
いけない、と慌てて言葉を付け足しなおす。
「すのぴ殿は、呪いに蝕まれていることに対して、怖くならないのでござるか?」
「う~ん……怖くない、ってわけじゃないよ?」
こちらに振り向きながら、すのぴが言葉を探すように首を傾げさせる。
どう言えば良いのかを迷っているようだったが、しばらくしてこちらの目を真っ直ぐに見据えてくる。
「どうして自分にそんなものが、って分からなくて頭を抱えたくなるし……これのせいで、皆を傷付けてしまうんじゃないかって、そのことが何よりも怖いよ」
だけど、と言葉を繋げ、すのぴが続ける。
「原因が分かったなら、対処のしようがあるかなって」
「……悪いけど、『呪いみたいなもの』って表現したのは、俺の目でもソレが何なのかがハッキリと見通せなかったからで、具体的な対処法が分かったわけじゃないからね」
申し訳なさそうにばさが言葉を挟むが、それでもとすのぴは彼に対して礼を述べた。
「全く分からない状況よりも前進したことに違いないですから——教えてくれて、ありがとうございます」
すのぴから頭を下げられたばさは決まりが悪そうだったが、些細なことでも分かるようになればすぐに共有する旨を約束していた。
「にしても、お前の目でも分からねぇってことは、かなり高位な何かってことだよな?」
「ですね。古代遺物の中でも破格の力を持つもの——それこそ先程見せてもらったマジカルソフトなんかは名称の一部と機能の殆どが休止状態にあることぐらいしか分かりませんでしたし」
とらからの質問にばさがやれやれといった様子で答える。
聞けば、鑑定眼は全てを看破出来るほど万能ではないらしい。
視認時間の累積によって得られる情報が増える場合もあれば、そもそも詳細が分からないものもあるとのことだった。
ばさの魔眼でも見通せない。
そのことに対するとらやばさの険しい表情から、すのぴを蝕む呪いのようなものがどれだけ強大なものなのかが推し測れた。
「今の所、直接命を奪うような凶悪なものではなさそうですが、精神に与える影響を考えればすぐにでも手を打っておいた方が良さそうですね」
「でしたら、一度教会の聖職者に見てもらうのが良いですわね」
ばさに追従する形でバニラが提案を投げ掛ける。
教会の聖職者というものにいまいちピンと来ていないでいると、バニラから補足が入る。
「マイアケにおける最大宗派であるぽぽぽ神教——その総本山は西領の聖域にありますが、他領でもその教義を広めるため各地に教会を設けておりますの。そして、そこに仕える聖職者は治癒や浄化魔法のスペシャリストでもありますの」
すのぴを蝕んでいるものにどれだけの効果があるかは分からないが、何かしらの進展が得られるかもしれないとのことだった。
「そういうことなら、通り過ぎる予定だったレルフィンの街に寄りましょうか? あそこなら大きめの教会がありますし」
「だな。早いに越したことはないだろうし」
問題ないな、と訊ねるとらに対して異論を唱える者はいなかった。
こちらも同意を示すために頷いてみせる。
「すのぴもそれで良いな?」
「うん。ありがとう、みんな」
こうして、ギルド総本部へと向かう道すがら、レルフィンの街へと立ち寄ることが決まった。
◆
「とらさん、ちょっと良いですか?」
レルフィンの街に向かうことが決まった後、ばさから手招かれたとらは何事かと首を捻った。
ばさが所有する龍車——そのワゴンは中々の広さであったが、わざわざ壁際にまで呼び寄せてどうしたのだろうかと疑問に思っていると、こちらだけに聞こえるよう声を潜めて、
「俺の目、人物に対しては殆ど筒抜けと言って良いほど、情報が得られるのはご存知ですよね」
その情報を武器に交渉を進めて、商人として大成したのである。
勿論、相手の心を読めたりするわけではないので、その成功は彼の才覚や努力に拠るものだが、
「? それがどうかしたのか?」
「すのぴ君はまぁ、ワンダーラビットだから種族名が分かっただけでも御の字なんですけど——」
一瞬、ばさが言い淀む。
自分の中で言葉を探しているようだったが、暫くすると意を決したようで、
「ぽー博士って、何者なんですか?」
「……どういう意味だ?」
訝しむこちらの反応に、ばさの頬に汗が滲むのが見えた。
「俺の目で得られる情報が少な過ぎるんですよ」
信じられないとでも言いように、声を僅かに震えさせながら、
「隠蔽魔法を使っている様子もないのに……はっきり言って、異常ですよ」
気付かれないようにと、ばさが慎重にぽーへと視線を向ける。
幸い、ぽーはすのぴやハラミに対して何やら講釈を述べているようで、こちらに意識は向いていないようだった。
「…………お前の魔眼で分からねぇことを、俺が分かるとでも?」
「本人から直接何か聞いてたりとかは?」
問い返され、思い出すのは迷宮区画内でのやり取りだった。
不審な動きを問い詰めた際、ぽーが言っていたのは——
『——————』
「……さぁな」
語るべきではない。
あの時見せたぽーの様子が、あまりにも真剣で有無を言わさないものだったので、軽率な発言は控えるべきだと言葉を濁す。
穏やかな笑みを浮かべながら皆へ講釈を垂れるその姿は、どこからどう見ても善人そのものだった。
それでも、語れない何かを抱えていることだけは間違いない。
——信じても、良いんだよな……?
言葉は喉を振るわせることはなく、胸の奥底へと沈んでいった。
お読みいただきありがとうございます!
すのぴを蝕む呪いのような何か——その正体は謎のままですが、次の街でどのような進展が待ち受けているのか……そして、とらとぽーの間に何があったのか?
少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、幸いです。




