第81章『地龍にまつわること』
起源を知ることで、相手に対する理解を深める。
それは、連綿と受け継がれる知識の継承——
『教えてください』
臥龍という名は、翼を失い地に墜ちたことにより付けられたものである。
それまでは無窮なる空の守護者——天龍という名で呼ばれていたとされる。
天龍が翼を失う切っ掛けとなった戦乱は諸説あるが、そのどれもが悪しき存在との戦いであると語り継がれている。
星の海より飛来したもの。
地の底より世界を蝕むもの。
あるいは全く異なる次元より襲来せしもの。
どれが本当のことなのかは今も議論が尽きないが、超大陸マイアケは遥か昔に絶滅の危機に瀕していたとされている。
その窮地から救ったものの一つとして、臥龍の逸話が今も語り継がれているのだ。
翼を失ってしまっても、力なき者達を守るために地龍を生み出し、太古の戦乱を戦い抜いたのである。
臥龍の血を引くとされる地龍にも翼が存在しないことには明確な理由があると、現代に伝わっている。
戦乱の最中、悪きものに掛けられた呪いにより、臥龍の翼は存在そのものを封じられてしまったのである。
呪いの影響により、どれほど高位の治癒魔法を施しても翼が再生することはなかったとされている。
呪いの効果は臥龍の因子を受け継いだ地龍にも及び、彼等は飛翔することを生まれながらにして禁じられてきた。
その代わり、大地を駆けることに特化した肉体へと変遷していったのである。
臥龍が四足歩行であるのに対して、地龍の前肢は縮小してものを掴むことに特化し、後肢は巨体を支えるために肥大化し強靭な脚力を身に付けるようになった。
◆
「——っていう経緯があって、地龍は古くからヒトの生活に寄り添い、移動手段として力を貸してくれているってわけだ」
と、とらが説明を終えたのを見て、すのぴはハラミと共に惜しみない拍手を送った。
ばさに促されて、地龍に引かれるワゴンへと乗り込むと、すぐさま龍車は出発し、周囲の景色を背後へと流していった。
窓外の景色を眺めながら、すのぴ達はとらから地龍にまつわる話を聞かせてもらっていたのである。
話を聞くまではただただ凄い存在としてしか認識していなかったが、
——なんだろう……懐かしい、感じが……
その感覚が話のどの部分に対してなのかは不明瞭だが、何かが記憶の片鱗を刺激しているような気がしてならなかった。
もう少しで何かが思い出せそうだったが、あと一歩というもどかしさに頭を悩ませていると、隣のハラミが挙手と共にとらへと質問を投げ掛けた。
「少し気になったのですが、地龍とは魔物なのでござるか?」
「あー……それについては議論が分かれるところなんだが……専門家としてはどうなんだ?」
答えに詰まったとらがぽーに意見を仰ぐと、ぽーは待ってましたとばかりに表情を綻ばせて、眼鏡をくいっと押し上げる。
「良い質問ですねハラミさん。地龍は確かに魔物としての特性——マナによって生命活動を維持している存在です。ですが、一般的な魔物のように他の存在を喰らうことでマナを摂取することは皆無であり、ヒトと友好的な関係を築けている稀有な種とも言えるでしょう」
そしてもう一つ、とぽーが指を立てて付け加える。
「ある特性から地龍を含む龍と称される存在は、他の魔物とは一線を画す存在とされています。その特性とは何か——すのぴさんは分かりますか?」
「え!? な、なんだろ……」
急に話を振られたことで動揺してしまう。
皆の意識がこちらに向くのに対して、思わず視線を泳がせていると、隣のハラミと目が合う。
——ハラミは、何かが引っ掛かってたんだよ、ね……?
だからこそ地龍が魔物かどうかという質問を発したのだろう。
彼が抱いた違和感がぽーの言う“ある特性”なのではないかと閃き、先程とらが語ってくれた話を反芻すると、確かに引っ掛かる部分があった。
以前、とらから教わった魔物の発生プロセスと照らし合わせると、その特性は明らかに異質だった。
「もしかして、子孫を残してること?」
「その通り!」
答えた直後にぽーからそれが正解であると肯定の言葉が返ってくる。
「そも魔物とは、マナの濃度が高い場所から自然発生する存在なのです。群れを形成する種は存在しても生殖を伴う繁殖は行われず——必然、子孫という概念が存在していないのです」
だが、
「龍はその枠組みには当てはまらず、生殖とは異なる方法ですが子を生み出す種なのです。そのことから生物学において、龍は魔物とは似て非なる存在として扱われることが主流ですね。勿論、例外は存在しますが」
ぽーがそこで肩を竦めて、目尻を僅かに下げる。
「地龍はヒトに対して友好的であり、他の龍種もその大半がヒトに危害を加えることはありません。しかし、中には積極的にヒトに害する龍もいることから、一部の方からは龍種もまた魔物であると主張が為されています」
その言葉を耳にして、思わず顔をレインの方へと向けてしまう。
ただ、それは自分だけではなく、その場に居合わせた者全員ではあったが、
「……僕のこと、魔物と見れば無差別に屠ろうとする奴だと思ってる?」
不躾な視線であったことは申し訳なく思う。
だが、レインの魔物に対する敵愾心を知っている以上、皆が揃って彼を見てしまったのは致し方ないことだろう。
「一応これでも分別は持ち合わせているつもりだけどね。でなけりゃ、今頃ハラミはこの場にいないことになるよ?」
薄く笑みを溢すレインから不気味さを感じ取ったのか、ハラミが冷や汗を滲ませながら乾いた笑いを漏らしている。
「……僕からしてみれば、臆病者のハラミが地龍に怯えていなかったことの方が意外だったけどね」
「確かにそうだな。魔物とは似て非なる存在とは言え、この巨体を前にして驚いてはいてもびびってる感じじゃなかったよな」
レインが話題を逸らそうと、ハラミのことに言及し始めると、とらもそれに乗っかり鷹揚に頷いてみせていた。
それに対してハラミは、
「魔物としての直感、でござるかな? 地龍に対しては恐怖を感じられなかったでござるよ」
むしろ、と一拍を置いて続ける姿は、どこか得意げで、
「レイン殿やとら殿のおっかなさに比べたら「「あ?」」ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
二人から放たれる威圧感にハラミが震え上がる。
先程の澄まし顔は霧散してしまい、こちらの背後に隠れるようにして、縮こまっていた。
それを見てバニラが、なにをやってますの、と呆れた目を向けている。
同調するようにハラミを窘めていると、
「随分と盛り上がっていますね」
と、ばさが御者台へと続く扉を潜り、ワゴン内へと姿を見せてきた。
「って、こっちに来て大丈夫なんですか?」
ばさがこちらに来たということは、現在地龍に指示を出す者が居ないということである。
制御を手放して大丈夫なのかと不安を覚えたが、
「問題ないですよ。グランは賢い子ですから、ある程度指示を伝えておけば問題なく進んでくれるので」
と、誇らしそうに語っているばさだったが、こちらに対する視線が細まり意味深に頷いている。
「えっと……どうかしましたか?」
「あぁ、失礼。すのぴ君のこと、改めて特異な存在だな、と思いまして」
「そうだ……お前の目から見て、すのぴの身体はどう映ってるんだ?」
とらが思い出したかのようにばさへと問い掛ける。
その質問はおそらく、この身を蝕んでいる青黒い紋様について訊こうしているのだと感じられ、次にばさから発せられるだろう言葉へと耳をそばだてる。
「そうですね……」
数秒の逡巡を終え、ばさがこちらを見据えてくる。
厳かに開かれた口から放たれた内容は——
「——かなりの量の、呪いみたいなものに蝕まれていますね」
お読みいただきありがとうございます!
地龍とはどのような存在なのかという紹介と共に、ばさの口から告げられるすのぴを蝕む呪いのようなものとは——少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、幸いです。




