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もうどうでもよくなったので、私に関わろうとするのはご遠慮ください  作者: はな


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第70話 本祭



 翌日、王城には前日までとは比較にならないほど多くの人々が集まっていた。


 広間にはヴァルガード王国の貴族だけでなく、各国から招かれた王族や使節の姿もある。

 色鮮やかな正装に身を包んだ人々が行き交い、楽団の奏でる音楽と楽しげな話し声が絶え間なく響いていた。


 これだけを見れば、何の問題もない華やかな祭典だ。


 けれど――


(……まだ、動いている)


 私は手にしていたグラスを置き、そっと足元へ意識を向けた。


 床のさらに下。

 目には見えない場所を、黒い魔力がゆっくりと流れている。


 昨夜、私とアルバート殿下で手を加えた術式だ。


 すべてを消すことはしなかった。

 術式同士の繋がりも、魔力の流れも、可能な限り元の状態を保っている。


 変更したのは、ほんの一部だけだった。


 人から魔力を奪い、それを地下格技場へ集めるための部分。

 そこだけを、本来とは異なる働きをするように書き換えたのだ。


 相手が術式を確認したとしても、すぐには異変に気づかないはずだ。


 ――少なくとも、私たちはそう考えていた。


「レティシア」


 呼ばれて顔を上げると、少し離れた場所にアルバート殿下が立っていた。


 フィオーレ王国の王太子として本祭へ出席しているため、前日までとは異なり、正式な礼装に身を包んでいる。


「何か感じたか?」

「いいえ。今のところは」


 小声で答えると、アルバート殿下はわずかに頷いた。


「そうか。何かあれば、すぐに言ってくれ」

「はい」

「それと、あまり一人で動くな」

「分かっています」

「本当か?」

「……どういう意味ですか?」

「そのままの意味だ」


 なぜか疑われている。


 少し不満に思っていると、横から聞き慣れた声が割り込んだ。


「そいつに『分かってる』って言われて安心してんじゃねぇぞ」


 振り向けば、リオンがこちらへ歩いてくるところだった。


 今日はさすがにいつもの旅装ではなく、ヴァルガード王国の第一王子として正式な礼装に身を包んでいる。


「リオンさんまで何ですか」

「昨日、弟に『私は大丈夫』っつって呆れられてただろうが」

「それとこれとは別です」

「何が違うんだよ」

「違います」

「説明になってねぇ」


 呆れたように返される。


 すると、アルバート殿下まで小さく息を吐いた。


「リオネル殿下の言う通りだ」

「アルバート殿下まで?」

「ああ。君は自分が大丈夫だと思っている時が一番危ない」

「……二人とも、私を何だと思っているのですか」


 そう尋ねると、二人が一瞬黙った。


「……目を離すと何かする奴」


 先に答えたのはリオンだった。

 思わずアルバート殿下を見る。


「否定してくださらないのですか?」

「十年見てきた経験から言えば、難しいな」

「…………」


 ひどい。


 なぜこの二人が、こういう時だけ意見を一致させるのだろう。


「それより」


 アルバート殿下がリオンへ視線を向ける。


「リオネル殿下こそ、持ち場を離れてよろしいのですか?」

「少しくらい構わねぇだろ。自分の国の城だぞ」

「そうですか」

「ああ」

「でしたら、もう確認は済みましたね」

「……何の確認だよ」

「さあ」

「お前な……」


 なぜか二人の間に妙な空気が流れる。


 私は首を傾げた。


「……お二人とも、仲良くなりました?」

「なってねぇ」

「なっていない」

「……息は合っていますけれど」

「レティ、それ以上言うな」

「なぜ?」

「いいから」


 よく分からない。


 ふと気づけば、先ほどから妙に周囲の視線が集まっていた。


 アルバート殿下はフィオーレの王太子で、リオンはヴァルガードの第一王子だ。

 二人が揃っていれば目立つのも当然なのだろう。


 そう思っていたのだけれど、なぜかこちらを見てひそひそと言葉を交わす令嬢たちの姿まである。


「……何でしょう?」


 思わず呟くと、リオンがちらりと周囲を見た。


「気にすんな」

「そうですか?」


「ああ」と答えたリオンの向こうで、一人の令嬢がこちらを見たまま固まっている。


 少し気になったものの、今はそれどころではない。


 私はすぐに意識を切り替えた。


 昨夜のうちに、王城内の警備は大幅に増強されていた。

 けれど、表向きには何も変わっていない。


 相手に、こちらが気づいていると悟らせないためだ。


 やがてリオンも持ち場へ戻り、少し離れた場所で普段通り王族や貴族と言葉を交わし始めた。


 ルーカスもフィオーレからの使節団に混ざり、広間の反対側にいる。


 誰もが、何も知らないふりをしていた。


(……本当に、動くのかしら)


 何も起こらなければ、それが一番いい。


 けれど、この日のためにあれほど大掛かりな術式を仕掛けたのなら、相手が何もしないとは思えなかった。


 私は視線だけで広間を見回す。


 大勢の人。

 笑い声。

 音楽。


 その誰も、自分たちの足元に何があるのか知らない。


 だからこそ――失敗するわけにはいかなかった。



 本祭は、何事もなく進んでいった。


 ヴァルガード国王の挨拶が終わり、各国から訪れた者たちが順に言葉を交わしていく。


 その間も何度か魔力の流れを確認したけれど、術式に大きな変化はない。


(……もう少し後なのかしら)


 そう考えた、その時だった。


 ぞくり、と背筋を冷たいものが走る。


「――っ」


 反射的に足元へ視線を落とした。


 見えるはずのない床の下。

 けれど、はっきりと分かった。


(動いた)


 先ほどまで一定だった魔力の流れが、一斉に速くなっている。


「アルバート殿下」

「ああ」


 呼ぶより早く、アルバート殿下も気づいていた。


 広間の反対側では、リオンがこちらを見ている。


 次の瞬間――ドクン、と。


 まるで巨大な心臓が脈打ったような感覚が、王城全体を揺らした。


「きゃっ!」

「何だ!?」


 あちこちから声が上がる。


 床がわずかに震え、壁に掛けられた燭台が揺れた。

 そして、足元から黒い光が滲み出す。


 一つ、また一つ。

 細い線が床を這い、それらが繋がりながら広間全体へ広がっていく。


 昨夜まで目に見えなかった術式が、黒い光となって姿を現していた。


「皆、動くな!」


 リオンの声が広間へ響く。


「その場から不用意に動くな! 近衛は予定通り配置につけ!」


 その言葉を合図に、事情を知らされていた兵士たちが一斉に動き出した。


 私は床へ意識を集中させる。


(大丈夫)


 術式は発動している。


 けれど――


 人々から魔力を奪うはずの流れが、その直前で止まっていた。


「……止められています」


 昨夜、私たちが書き換えた部分はきちんと機能している。


 集めようとする力だけが空回りし、その先へ魔力が流れていかない。


 成功した。


 そう思った瞬間だった。


「――なるほど。やはり、細工されていたか」


 知らない声が響いた。


 低く、静かな声だったが、ざわめきの中にあってもなぜかはっきりと耳へ届いた。


 振り向くと、人々の間を縫うようにして、一人の男がゆっくりと歩み寄ってくるのが見えた。


 アルバート殿下やリオンよりも、はるかに年上と思われる。

 ヴァルガードの貴族らしい正装に身を包み、穏やかな笑みさえ浮かべている。

 その姿だけを見れば、どこにでもいる物静かな貴族にしか見えなかった。


「……ファルケン侯爵」


 少し離れた場所から、リオンの低い声が聞こえてくる。


(この方が……)


 ディートリヒ・ファルケン侯爵。

 昨夜、リオンから聞かされていた人物の一人だ。

 長年にわたってリオンを支持してきた、ヴァルガードでも有力な貴族だ。


 しかし、私の意識を引きつけたのは、その肩書きではなかった。


(この魔力……)


 知っている。


 ファルケン侯爵本人に会うのは、これが初めてだ。

 それなのに、彼から漂う魔力には覚えがあった。


 森で、洞窟で、そしてこの王城で。


 黒い術式に残されていた、あの不快な魔力。

 それとまったく同じものが、目の前の男から漂っている。


「……あなたが」


 気づけば、声が漏れていた。


 隣に立つアルバート殿下が小さく息を吐く。

 その表情には驚きよりも、むしろ確信に近いものが浮かんでいた。


「……やはり、あなたでしたか」

 





【おまけ・少し前の周囲】


「……あの方、フィオーレの王太子殿下のご婚約者よね?」

「ええ……」

「今、リオネル殿下……『レティ』って……」

「……あのリオネル殿下が、女性を愛称で?」

「…………」


 ――当然、少しだけざわついていました。

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