閑話・化け物
これを言うのが何度目か忘れたが……馬鹿じゃねぇのかてめぇら。
魔族ってのは、発生が予測できない災害みてぇなもんだ。気まぐれにやってきては、好き勝手に破壊やなんやらを振り撒いて去っていく快楽主義者だ。
確かに最近じゃ、長いこと魔族の引き起こした事件なんざなかった。だが、『業火斬り』の一件で今の時代の奴らにも分かっただろ。……善悪の意識も、倫理観も、他への配慮も何もねぇ。人間のことなんざ羽虫程度にしか思ってねぇ。言葉は通じても会話ができないのなら、それは話の通じない化け物と変わらねぇんだよ。
だっつうのに…………こんな風に俺を招き入れるなんざ正気とは思えねぇ。いや、端から正気じゃねぇイカレ女はそこにいるが、てめぇまで馬鹿になってどうする。俺が契約で殺せねぇのはその女だけだ。てめぇを殺すのに制約はないし、契約だって抜け道はいくらでもある。
ましてや、まだ自衛どころか魔術の使い方も何も知らねぇ、生まれたばかりの赤ん坊に引き合せるなんて正気の——
………………あーあー、どうしたユーシュレイア。そこ掴むな。皺になるだろ。今母親に代わってやるから大人しく……おい、笑うな。てめぇが預けて来たんだろうがクソ女。……いやむしろてめぇは笑えレギアス。真顔で頷くな。今何を納得した。
はぁぁぁ……………………ったく、こんな親の下に生まれてくるなんざ、てめぇも運がねぇな。
ま、せいぜい幸せに生きて幸せに死んでいけ。
それくらいは祈っておいてやるよ。
「——おい」
顎に触れる冷たい刃の感覚で、意識が引き戻された。
温度のない白銀の瞳が、床に座り込んだ彼を見下ろしている。
「何を考えていた」
「……構って貰えねぇからってイラつくんじゃねぇよ。生意気なクソガキが、生意気になる前のことを思い出しただけだ」
「ほざけ」
吐き捨てた少女が槍を握る手に力を込め、刃が食い込んで首の皮が浅く切れた。
——幸せに生きて、幸せに死んでいけばいい。
何かを為そうとしなくていい。ただ、普通に。普通に過ごしてくれればそれでよかった。干渉なんて、する気はなかった。
故郷を失い、老いず死なず。
もはや人の輪に混ざることは許されず。
あれだけ大切にしていた過去の全てをも、理不尽に失った。
だというのに、どうして。
どうして、その運命を呪わないのか。
どうして、絶望にその足を止めないのか。
どうして、そうしてまだ歩き出そうとするのか。
そうやって、お前はその終わりのない一生をずっと、自分をすり減らして生きていくのか。
そうして、この手で無防備な彼女を殺したとき。
全てを諦めるいつかの時まで、その躰を殺し続けると決めたとき。
どうしようもなく傲慢な、魔族としての己の性質に失望すると同時に、嗤いが止まらなくなった。
幸せを祈っていたはずだった。
その思いは今も変わらないというのに。
どこで、何を間違えたのか。
——寒い。
胸の傷から身体を侵食する白銀が、精神を灼く。これ以上魔力を動かせば、この身は彼女に殺される前に自滅するだろう。
「……俺たちは化け物だ」
掠れた声で、彼は続ける。
「どこまでも傲慢で、人のことなんざ塵芥としか思ってねぇ。それが魔族で、俺だ。よく、覚えておけ」
「その必要はない」
一度槍を引いた少女は、両手で握り直したそれを振り上げる。
「私はもう、己以外を信じない。頼らない。だから——死ね」
振り下ろされたその刃が、頭を貫くその瞬間。
もう動かない腕の中に、小さな温もりを感じたような気がした。




