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魔力0の伯爵令嬢、すいへーりーべーで領地開拓!〜研究費を稼いでいたら領地が発展しました〜  作者: 大福


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第66話 守るために

 次の日になっても、腹は立っていた。


 朝ごはんを食べても腹が立つ。


 先生と昨日の契約書について話していても腹が立つ。


 窓から町を見れば、もっと腹が立った。


「……ココア様」


「なに?」


「その紙は、バルガス殿ではございませんぞ」


 手元を見る。


 町の簡単な地図だった。


 鉛筆を握る手に力が入りすぎて、道の横に太い線が一本増えている。


「分かってる」


「でしたら、もう少し優しく扱って差し上げてください」


「……はい」


 線を消した。


 向かいに座っている叔父様が笑う。


「まだ怒ってるのか」


「怒ってるよ」


「だろうな」


「すっごく怒ってる」


「それも昨日聞いた」


「じゃあ、叔父様は腹立たないの?」


「立ってる」


「見えない」


「七歳児と一緒になって地団駄踏んでどうする」


「地団駄は踏んでないもん」


「似たようなもんだ」


 むっとしたけど、言い返すのはやめた。


 今日は喧嘩をするために集まったんじゃない。


 机の上には町の地図が広げられている。


 私と先生と叔父様。その横にはヒルダ。


 少し遅れて、グレタさんもやってきた。


「で?」


 椅子に座るなり、グレタさんが地図を見る。


「町を守りたいってのは聞いた。何から守るんだ?」


「悪い人」


「広すぎる」


「……うん」


 一晩寝た。


 腹は立ったままだけど、考えることはできる。


「入口では、来た人を記録してるよね?」


「ああ」


 叔父様が答えた。


「でも、入口を通らなくても町には入れる」


 地図の端を指でなぞる。


 道のない場所。


 畑の横。


 新しい家が増え始めた辺り。


「それに、夜の見回りは決まってない」


 ヒルダを見る。


「何かあれば、わたくしを呼びに来る者は増えましたが」


「それ、ヒルダ一人じゃ無理だよ」


「今のところは――」


「今は、でしょ?」


 ヒルダが黙った。


 この町は、まだ大きくなっている。


 今できることと、これからもできることは違う。


「入口をちゃんと通ってもらえるようにしたい。それと、夜に見回る人も必要だと思う」


「なら、まず町を見ろ」


 叔父様が立ち上がった。


「地図の上で囲っても、町は守れん」


     ◇


 町を歩いてみると、昨日までとは違って見えた。


 店の前には荷車が止まり、宿では知らない男の人が荷物を下ろしている。工房からは煙が上がり、少し先では新しい家の骨組みができていた。


 前は、知らない顔を見るのが嬉しかった。


 人が来てくれた。


 ここに住みたいと思ってくれる人が増えた。


 今も、それは嬉しい。


 だから、閉じてしまいたいわけじゃない。


「ここは暗いね」


 家と家の間にある細い道を見る。


「夜間の見回りをするなら、この辺りは重点的に見る必要がございますね」


 ヒルダが答えた。


「何人か手伝ってくれる人、探せる?」


「はい」


「見回りとか、何かあったときにヒルダを呼ぶ人とか」


「承知いたしました。ただし」


「なに?」


「ココア様ご自身で夜間の見回りをなさることは禁止いたします」


「まだ何も言ってないよ?」


「今後も言わないでくださいませ」


「……はい」


 叔父様が笑った。


 聞こえないふりをして歩く。


 工房の前を通ったところで、熱気が流れてきた。


 中では火を使っている。


 少し離れた家からも、炊事の煙が上がっていた。


 昨日の言葉を思い出す。


「……火事」


 叔父様の顔から笑いが消えた。


「バルガスの言葉か」


「うん」


「脅しだと思うか?」


「分からない」


 木造の家を見る。


 その隣にも家。


 その向こうには工房。


「でも、火事になったら大変なのは本当だよね」


「ああ」


「腹立つ」


「またか」


「だって腹立つもん。でも、言った人が嫌いなのと、言ってることが正しいかは別でしょ」


 叔父様が少しだけ口元を緩めた。


「そこまで分かってるならいい」


 火事は、誰かが火をつけなくても起きる。


 人が増えれば、火を使う場所も増える。


 防犯だけ考えればいいわけじゃない。


「井戸から遠いところには、消火用の水も置きたい」


「そこは俺とグレタで考える」


「お願い」


「全部お前がやるなよ」


「やらないよ」


「本当か?」


「……たぶん」


「そこは言い切れ」


     ◇


 戻って地図を見ると、守る場所が見えてきた。


 畑も川も、全部を囲う必要はない。


 家。


 店。


 宿。


 工房。


 人が多く暮らしている場所を中心にする。


 グレタさんが地図に線を引いた。


「今なら、こんなもんだな」


「入口は?」


「荷車が通るところを考えりゃ、三つくらいだ」


 思ったより長い。


「木なら早いぞ」


「でも、燃える」


「石なら燃えねえ」


「時間は?」


「かかる。切り出して、運んで、形を合わせて、積むんだからな」


「早くて、燃えにくくて、たくさん作れるものがいい」


「贅沢言うな」


「……あるよ」


 グレタさんの指が止まった。


「何が?」


「そういう作り方」


「あるなら最初から言え」


「言いたくなかったの」


 グレタさんの顔が変わった。


 先生も私を見る。


「ココア様」


「うん」


「作れなかった、ではなく?」


「作らなかった」


 部屋が静かになった。


「なんでだ?」


 グレタさんが聞いた。


 少しだけ迷った。


 でも、使うなら話さなきゃいけない。


「便利すぎるから」


「……は?」


「今まで作ってきたものとは、ちょっと違うの」


 眼鏡は、見えない人が見えるようになる。


 石鹸は、身体や服をきれいにする。


 水路は、水を運ぶ。


 どれも暮らしを変えた。


 でも、これから作ろうとしているものは、それよりずっと広い。


「壁だけじゃないの。家の土台にも、水路にも、倉庫にも使える。橋だって、使い方を考えれば関係してくる」


 グレタさんの表情が変わった。


「そんなにか?」


「うん。前に――」


 言葉を止める。


「……私が知ってる使い方だと、町の作り方そのものが変わるくらい」


 先生が眼鏡を押し上げた。


「だから、お使いにならなかった?」


「必要がなかったから」


 今までは、石で足りた。


 木で足りた。


 時間をかければ作れた。


 それなのに、できるからという理由だけで持ち込めば、仕事も、人の流れも、使う材料も変わる。


「作れることと、作る必要があることは、同じじゃないでしょ?」


 先生は答えなかった。


 でも、少しだけ目を細めた。


「それに」


 地図を見る。


「たぶん、城壁とか砦にも使える」


 今度は叔父様の顔から笑いが消えた。


「……それを先に言え」


「だから言いたくなかったの」


「なるほどな」


 それ以上は説明しなくても、叔父様には伝わったらしい。


 先生も黙っている。


 軍事にも使える。


 それだけで、誰にでも好きに教えていいものじゃないことは分かる。


「それでも使うのか?」


 叔父様が聞いた。


「うん」


「なぜだ?」


 地図を見る。


 昔は、ほとんど何もなかった。


 今は家がある。


 店がある。


 宿がある。


 工房がある。


 そこで暮らしている人がいる。


「今までは、なくても困らなかったから」


 指で町を囲う線をなぞる。


「でも、今は守りたいものがある」


 ヒルダを見る。


 先生を見る。


 叔父様を見る。


 ここにはいない人たちの顔も浮かんだ。


「使わないで何かあった方が、私は嫌」


 先生が静かに息を吐いた。


「でしたら、まず作ってみるしかございませんな」


「いいの?」


「作れるかどうかも分からないものを、危険な技術として扱うこともできませんでしょう」


「それはそうだけど」


「ただし」


 来た。


「実際に使えるものができた場合は、伯爵様にもお話しいただきますぞ」


「うん」


 最初から、そのつもりだった。


 この土地を預かっているのは叔父様だけど、領主はお父様だ。


「お父様にも見てもらう」


「それがよろしいでしょう」


 グレタさんが立ち上がった。


「話は終わりか?」


「たぶん」


「なら作るぞ」


「え?」


「小さいやつだ。そんな大層な話をされても、あたしには実物見なきゃ分からねえ」


「……うん!」


「急に嬉しそうだな」


「だって」


 知っていた。


 ずっと知っていた。


 それでも作らなかったもの。


 それを初めて、この世界で試せる。


「研究だから」


「結局それかよ」


     ◇


 作ったのは、壁の一部分だけだった。


 木の板で小さな型を組む。


 使うのは、これまで水路で試してきた水に強い結合材。


 そこへ砂、砂利、砕いた石を混ぜる。


 前の世界と同じ材料ではない。


 だから、知っている数字をそのまま使うことはできない。


 まずは、今まで試してきた材料から、作れそうな組み合わせを選んだ。


「入れるぞ」


「待って」


 型の横にしゃがむ。


「……すいへーりーべー」


 小さく呟いて、意識を集中する。


 《エレメントサイト》。


 視界に、点と線が浮かび上がる。


「いいよ」


 グレタさんたちが混ぜた材料を型へ入れていく。


 外からなら、灰色の材料が入っていくだけに見える。


 でも、私にはその中の状態が分かる。


「待って」


「なんだ?」


「右の下。大きい石が集まってる」


 グレタさんが型を覗く。


「見えねえぞ」


「でも、そこ」


「どうすりゃいい?」


「棒で突いてみて」


 細い棒を差し込む。


「もう少し……そこ」


 材料が動く。


 大きかった隙間へ、細かなものが入り込んでいく。


「止めて。今のでいい」


 グレタさんが私を見る。


「本当に分かるんだな」


「大きな偏りとか、隙間ならね」


「強いかどうかは?」


「分からない」


「何年もつ?」


「それも分からない」


「冬は?」


「何回も冬を越さないと分からないよ」


「……分からねえことばっかりじゃねえか」


「だから研究するんだよ」


「便利な言葉だな、それ」


 前にも誰かに言われた気がする。


 また材料を入れる。


 少し入れて、棒で突く。


 その途中で、グレタさんが手を止めた。


「お嬢」


「なに?」


「本物の壁でも、お前が全部見るつもりか?」


「え?」


 目の前にあるのは、小さな試験体だ。


 町を囲う壁は、これとは比べものにならない。


「……無理」


「だろうな」


「じゃあ、私がいなくても同じように作れる方法にしなきゃ」


 どれくらいずつ入れるか。


 どうやって隙間を減らすか。


 考え始めたところで、グレタさんが手を上げた。


「そこからは、あたしの仕事だ」


「え?」


「お嬢は悪いところを見つけろ。どうすりゃ他の奴でも同じように作れるかは、あたしが考える」


 グレタさんを見る。


「……うん!」


「なんで嬉しそうなんだよ」


「だって、その方が早いもん」


「ったく」


 グレタさんは呆れた顔をしたけど、少し笑っていた。


 全部を自分でやらなくていい。


 私にしか分からないことを見つける。


 グレタさんが、それを誰にでもできる作業へ変える。


 そうすれば、私がいなくても作れる。


     ◇


 数日後。


 グレタさんが木の型を外した。


 板が離れていく。


 その中から、灰色の小さな壁が現れた。


「……おお」


 グレタさんがしゃがみ込み、表面を擦る。


 軽く叩いた。


「石じゃねえ」


「うん」


「なのに、石みてえだ」


「ちょっと待って」


 私もしゃがむ。


「……すいへーりーべー」


 《エレメントサイト》。


 中を見る。


 砂。


 砂利。


 砕いた石。


 それらをまとめている材料。


 流し込んだときに見えた大きな隙間は、ほとんどなくなっている。


 端の方に、小さな空間が残っていた。


「ここ」


「なんだ?」


「少し隙間がある」


 グレタさんが示した場所を叩いた。


「駄目か?」


「分からない。強さも、何年もつかも、まだ分からない」


「じゃあ、成功じゃねえのか?」


 灰色の壁を見る。


「ううん」


 触ってみる。


 固い。


 ちゃんと、一つになっている。


「作れることは分かった」


 グレタさんが口元を上げた。


「じゃあ、一歩目は成功だな」


「……うん」


 口元が勝手に緩んだ。


「できた」


 もう一度、触る。


「できたよ、ヒルダ!」


「はい。おめでとうございます、ココア様」


「先生!」


「見えておりますぞ」


「叔父様!」


「俺にも見えてる」


「グレタさん!」


「ずっと隣にいただろうが」


「でも、できたよ!」


「ああ。できたな」


 嬉しい。


 昨日までは、守りたいと思っているだけだった。


 今日は、そのためのものが形になった。


 小さい。


 本当に小さな壁だけど。


「グレタさん」


「なんだ?」


「これ、大きくできる?」


「やってみなきゃ分からねえ」


「……そっか」


「ただ」


 グレタさんが灰色の壁を叩く。


「型を作って、材料を運んで、同じように詰められるなら、石を一個ずつ削って積むよりは早くなるかもしれねえ」


「ほんと?」


「まだ、かもしれねえ、だ」


「うん!」


「それと」


 グレタさんが先生を見る。


 嫌な予感がした。


 先生は、いつの間にか帳簿を開いていた。


「ココア様」


「……はい」


「仮にこの工法で町を囲うとして、次の問題がございます」


「……いっぱい?」


「まだ何も申しておりませんぞ」


「先生が帳簿を開いたもん」


「成長されましたな」


「嬉しくない」


 叔父様が笑った。


「で、先生。なに?」


「お金です」


 やっぱり。


 町の地図を見る。


 そこに引かれた長い線。


 それから、小さな灰色の壁を見る。


「……いっぱい?」


「かなり」


「…………」


 昨日見た契約書の金額が、頭の中に浮かんだ。


「……先生」


「はい」


「昨日のお金」


「今さらでございますな」


「契約すればよかったとは思ってないよ!」


「まだ何も申しておりませんが」


「でも、お金だけは欲しかった!」


 叔父様が吹き出した。


 私もちょっとだけ笑った。


 それから、もう一度、小さな壁を見る。


 これを町の大きさにするには、お金がいる。


 そして、作れることが分かった以上、私たちだけで決めていい話でもなくなった。


「……お父様に見せよう」


 叔父様が頷いた。


「ああ」


 私は小さな灰色の壁に手を置いた。


 守るために出した技術が、この先どこまで広がるのか。


 まだ、私にも分からなかった。

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