第47話 石を焼く
「本当に石を焼くのか?」
「うん」
「昨日は水路の話をしてたよな?」
「してたよ」
「今日は石を焼くのか?」
「うん」
グレタが黙った。
手の中には、昨日見つけた白い石。
「……繋がってるのか?」
「繋がってるよ」
「どこが?」
「まだ分からない」
「繋がってないじゃねえか」
「だから確かめるの」
グレタが叔父様を見た。
叔父様は目を逸らした。
「俺を見るな」
◇
白い石を持ち上げる。
昨日、元素視覚で見えたのは、たくさんのカルシウム。
酸性の液体を落とせば、細かな泡が出た。
炭酸塩の可能性が高い。
でも、それだけじゃない。
「すいへーりーべー……」
視界を切り替える。
カルシウム。
炭素。
酸素。
その組み合わせを見る。
「……やっぱり」
知っているものと、よく似ている。
石灰石。
主成分は、炭酸カルシウム。
CaCO₃。
もし同じなら、強く熱することで二酸化炭素が抜ける。
残るのは、酸化カルシウム。
研究帳へ式を書く。
CaCO₃ → CaO + CO₂
「焼いてみたい」
「それで石を焼くのでございますか」
「うん」
セバスが窯を見上げた。
村で使われている、大きな窯。
陶器や煉瓦を焼くためのものらしい。
「どの程度の熱が必要なのでございますか?」
「かなり」
「かなり」
「うん」
「具体的には?」
「九百度くらい」
沈黙。
「……九百度とは?」
「あ」
通じない。
「すごく熱く」
「最初からそう仰ってくださいませ」
「でも、すごく熱くだと測れない」
「では、どう測るので?」
「…………」
窯を見る。
「今回は、一番高い温度で」
「結局、職人任せではございませんか」
「今日は確認だから」
窯を管理している職人に頼んで、一番高い温度で焼いてもらう。
ただし、いきなり大量にはやらない。
昨日採ってきた石をいくつか。
大きさを揃え、重さを量り、焼く前の状態を研究帳に書き込んだ。
「ずいぶん面倒なんだな」
グレタが言った。
「比べられなくなるから」
「何と?」
「焼く前と、焼いた後」
「見れば分かるだろ」
「見た目が同じだったら?」
「…………」
グレタが石を見る。
「面倒なんだな」
「大事なの」
石を窯へ入れる。
扉が閉じた。
「じゃあ、待つ」
「待ちませんぞ」
「え?」
「水路の測量がございます」
「でも」
「石は逃げません」
昨日も聞いた。
「……分かった」
グレタが歩き出す。
「ヒルダ」
「はい?」
呼ばれたヒルダが振り向いた。
「行くぞ」
「……わたくしですか?」
「他に誰がいる」
「わたくしは、ココア様の護衛ですが」
「知ってる」
「では」
「だから来い」
「なぜでしょう?」
「お嬢様が来るからだ」
「…………」
ヒルダが黙った。
「あと、その靴」
「昨日、長靴に替えました」
「よし」
「……よし?」
グレタはもう歩いている。
ヒルダが、その背中を見た。
「ココア様」
「なに?」
「あの方は、いつもあのような方なのでしょうか」
「昨日会ったばっかりだから分かんない」
「左様でございました」
セバスが横を通り過ぎる。
「相性はよろしそうですな」
「どこがでございますか?」
「その辺りが、でございます」
◇
戻ってきた時には、石は焼き終わっていた。
もちろん、すぐには触れない。
冷めるまで待って、ようやく取り出す。
「見た目は、あんまり変わらない」
「左様でございますな」
重さを量る。
「……減ってる」
焼く前より軽い。
計算通りなら、炭酸カルシウムから二酸化炭素が抜けた分だけ質量が減る。
ただ。
「合わない」
「失敗でございますか?」
「ううん」
天然の石だ。
全部が炭酸カルシウムとは限らない。
混ざっているものもある。
窯の中で、全部が同じように焼けたとも限らない。
だから、計算と完全に同じじゃなくてもおかしくない。
「次に焼く時は、窯の場所も分けたい」
「次が確定しておりますな」
「だって、使えるならいっぱい要るもん」
「まだ使えるか分からないのでは?」
「だから確かめるの」
それより、もう一つ。
確かめることがある。
「先生。お水」
「お飲みになりますか?」
「石にかける」
「石が飲むのでございますか?」
「飲まないよ」
焼いた石を小さな容器へ置く。
「みんな、ちょっと離れて」
ヒルダが即座に反応した。
「危険なのでございますか?」
「熱くなるかもしれない」
「かもしれない?」
「知ってるものと同じなら」
「でしたら、ココア様は離れてくださいませ」
「見るだけだよ」
「離れてくださいませ」
「……はい」
長い柄の道具を使い、少量の水を落とす。
じゅっ。
「っ!」
グレタが身を引いた。
熱。
湯気。
石にひびが入り、白く崩れていく。
「……同じだ」
すぐに研究帳へ書く。
CaO + H₂O → Ca(OH)₂
「水をかけただけだぞ」
グレタが白く崩れていく石を見る。
「うん」
「なんで熱くなる?」
「水と反応したから」
「水って燃えるのか?」
「燃えてないよ」
「じゃあ、なんで熱い?」
「くっついた時に、熱が出たの」
「くっつくと熱くなるのか?」
「くっつき方による」
「……石一個で面倒だな」
「面白いでしょ?」
「面倒だ」
「面白いのに」
反応は、知っているものと同じだった。
石灰石を焼けば、生石灰になる。
そこへ水を加えれば、消石灰になる。
知識として知っていた。
式も。
反応も。
でも、その知識がこの世界でも同じように使えるのか。
それは、やってみるまで分からない。
「ココア様?」
「うん」
「笑っておられますぞ」
「笑ってないよ」
「左様でございますか」
もう一度、白く崩れたものを見る。
たぶん。
笑ってた。
◇
「それで?」
グレタが聞いた。
「これが水路とどう繋がる?」
「こう」
消石灰。
砂。
水。
いきなり一種類にはしない。
砂の量を変える。
水の量も変える。
いくつかを小さく、同時に試す。
「お嬢様」
「なに?」
「さっきから何作ってる?」
「モルタル」
「もるたる?」
「石と石を繋ぐもの」
「これが?」
グレタが練ったものを見る。
「泥じゃねえか」
「違う」
「泥に見える」
「モルタル」
「名前を変えても泥に見えるぞ」
「違うの」
石を二つ並べ、その間へ練ったものを塗る。
もう一つ。
配合を変えたもの。
さらに、もう一つ。
「これでくっつける」
「石を?」
「うん」
グレタの顔が変わった。
今度は、しゃがみ込む。
さっきまでの、知らないものを見る顔じゃない。
どう使うかを考える顔。
「どれくらいで固まる?」
「すぐじゃない」
「一日か?」
「もっと」
「雨に濡れたら?」
「ちゃんと固まった後なら、ある程度は大丈夫」
「ある程度?」
「うん」
グレタが眉を寄せた。
「水路で使うんだぞ」
「うん」
「ずっと水が流れる」
「……うん」
「これ、水の中でも固まるのか?」
手が止まった。
普通の石灰モルタル。
消石灰が空気中の二酸化炭素を取り込んで、少しずつ炭酸カルシウムへ戻っていく。
Ca(OH)₂ + CO₂ → CaCO₃ + H₂O
建物。
壁。
石積み。
そういう場所なら使える。
でも。
ずっと水が流れる場所では、話が違う。
「……これは、水の中で固めるものじゃない」
「じゃあ水路に使えねえじゃねえか」
「これのままなら」
「これのままなら?」
「水の中でも固まるようにすればいい」
「できるのか?」
「できる」
前世の知識にはある。
石灰に。
反応できる別の材料を加える。
空気中の二酸化炭素だけに頼らず。
水があるところでも硬くなる材料へ変える。
ただし。
必要なものが、この土地にあるかは別の話だ。
「材料を探さないと」
「何が要る?」
「火山灰とか。焼いた粘土でもできるかもしれない」
「粘土?」
グレタが言った。
「あるぞ」
「え?」
「窯で使ってる」
さっきまで石灰石を焼いていた窯を見る。
「……あるの?」
「煉瓦も焼くって言っただろ」
「言ってた」
「なら粘土くらいある」
「どこ?」
「近くだ」
「いっぱい?」
「掘ってる場所ならな」
研究帳を開く。
『焼成粘土』
その横に。
『水に強いモルタル?』
丸で囲んだ。
「明日やる」
「水路は?」
「そのためにやるの!」
「ならいい」
グレタが頷いた。
「今度こそ繋がったな」
「最初から繋がってたよ」
「さっきまで分からないって言ってただろ」
「今、分かったの」
「便利だな、お嬢様」
◇
普通の石灰モルタルは、それとは別に試験を続けた。
数日。
配合を変えた試料を比べる。
乾き方。
ひび。
硬さ。
石との付き方。
そして。
「お嬢様」
グレタが二つの石を持ち上げた。
間には、白っぽく固まったモルタル。
「これ」
「うん」
「取れねえ」
引く。
捻る。
簡単には外れない。
別の配合。
こっちは少し脆い。
さらに別のもの。
こっちはひびが入っている。
一つずつ研究帳へ記録する。
「これが一番いい」
「今のところはな」
「うん」
石灰石。
焼く。
水を加える。
砂と混ぜる。
それだけで。
昨日までただの邪魔な白い石だったものが。
石と石を繋ぐ材料になった。
「グレタさん」
「なんだ?」
「使える?」
グレタは固まった石をもう一度引っ張った。
次に。
地面へ置く。
靴で踏む。
「ちょっと!」
「試してんだ」
「壊れたらどうするの!」
「壊れたら使えねえだろ」
「そうだけど!」
体重をかける。
それでも。
石は外れなかった。
グレタがしゃがみ、接合部分を見る。
「使える」
息が止まった。
「ほんと?」
「ああ」
「建物に?」
「使える」
「壁にも?」
「使える」
「煉瓦は?」
「使える」
「井戸は?」
「場所を選べばな」
「橋は?」
「石積みなら使い道はある」
「基礎は?」
「ある」
「倉庫は?」
「お嬢様」
「なに?」
「書くなら早く書け」
「待って!」
研究帳を開く。
『建物』
『壁』
『煉瓦』
『井戸』
『橋』
『基礎』
『倉庫』
セバスが覗き込んだ。
「増えましたな」
「グレタさんが増やしたの!」
「俺は使えるって答えただけだ」
「それで増えたの!」
「使えるもんは使えばいい」
「まだ場所ごとに試験するよ!」
「じゃあ試せ」
「するよ!」
グレタが笑った。
◇
午後。
グレタは地図を広げていた。
「水路は、まだこれを使わねえ」
「うん」
「水に強いやつができてからだ」
「明日試す」
「できなかったら?」
「別の方法を考える」
「分かった」
それだけだった。
グレタはもう普通の石灰モルタルの話をしていない。
建物。
倉庫。
崩れかけた壁。
石積み。
村の中で直したい場所を、次々と地図へ書き込んでいる。
「グレタさん」
「なんだ?」
「それ、全部やるの?」
「使えるんだろ?」
「使えるけど」
「なら使う」
「石灰、いっぱい作らないと」
「作れ」
「窯も使うよ?」
「増やせ」
「人も要るよ?」
「雇え」
「お金も」
「旦那に言え」
叔父様が顔を上げた。
「待て」
グレタが叔父様を見る。
「何だ?」
「最後だけ俺に来るのか?」
「金は旦那の仕事だろ」
「簡単に言うな」
白い石を見る。
昨日まで。
邪魔だと言われていた石。
畑にもならない。
掘れば出てくる。
誰も欲しがらない。
それが今。
グレタの地図には。
使いたい場所がいくつも増えている。
叔父様が腕を組んだ。
「まず、どれだけ採れるか調べろ」
「うん」
「窯で一度にどれだけ焼けるかもだ」
「うん」
「人手と燃料も」
「うん」
「それから費用を出す」
「うん!」
セバスが眼鏡を押し上げた。
「ようやく研究から仕事になってまいりましたな」
「最初から仕事だよ」
「左様でございますか」
「そうだよ!」
グレタが笑った。
◇
夕方。
研究帳には。
『石灰石――ほぼ確定』
『焼成――生石灰』
『加水――消石灰』
『石灰モルタル――成立』
その下に。
『建築利用――可能』
そして。
『流水部――不向き』
さらに一行。
『焼成粘土+石灰――明日』
鉛筆を止める。
一つ。
終わった。
そして。
次がもう始まっている。
「ココア様」
ヒルダが部屋へ入ってきた。
「なに?」
「明日のことでございますが」
「うん」
「グレタさんから伝言がございます」
「粘土?」
「いいえ」
「じゃあ何?」
「朝から現場へ来い、と」
「行く」
「ココア様ではございません」
「え?」
「わたくしに、です」
「ヒルダに?」
「はい」
ヒルダが何とも言えない顔をした。
「石の積み方を教えるから、長靴で来い、と」
「行くの?」
「ココア様の護衛がございますので」
「ココアも行くよ」
「…………」
「じゃあ行けるね」
「……左様でございますね」
笑った。
「仲良くなった」
「なっておりません」
即答だった。
でも。
ヒルダは、明日のブーツをもう扉の横に用意していた。




