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魔力0の伯爵令嬢、すいへーりーべーで領地開拓!〜研究費を稼いでいたら領地が発展しました〜  作者: 大福


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第41話 属性とは?

 三か月後。


 ヨハンの畑は、緑に染まっていた。



「ココア!」



 畑の向こうから、ノエルが走ってくる。



「早く!」


「走ると転ぶよ」


「転ばない!」


「前に転んだ」


「あれは石があったの!」


「今日もあるよ!」


「いいから早く!」



 腕を掴まれた。


 そのまま引っ張られ、ココアはよろけながら畑の中を進む。


 三か月前。


 ここには、まともに育たない作物が並んでいた。


 芽が出ても弱い。根が伸びない。葉が枯れる。


 種を変えても、肥料を変えても、耕し方を変えても駄目だった。


 三年間。


 少しずつ、悪くなっていった畑。


 それが今は――腰の高さまで育った作物が、風に揺れている。



「ここ!」



 ノエルが立ち止まった。


 その先に、ヨハンがいた。


 手には、収穫したばかりの作物。



「……採れた」



 それだけだった。


 けれど、その手はなかなか作物を離さなかった。



「三年ぶりだ」



 ノエルが笑った。


 笑って、それから少しだけ俯いた。



「お父さん」


「なんだ」


「よかったね」


「ああ」



 短い返事だった。


 ココアは畑を見る。


 排水路。


 土。


 葉。


 茎。


 根元。


 確かめたいことはいくつもあった。


 三か月前と、どれくらい違うのか。


 塩類はどこまで減ったのか。


 根はちゃんと伸びたのか。


 収穫量は。


 品質は。


 研究帳に書くことなら、いくらでもある。


 でも。


 ココアは鞄に手を伸ばさなかった。



「ヨハンさん」


「なんだ?」


「よかったね」



 ヨハンがココアを見る。


 少し驚いたような顔をして、それから笑った。



「ああ。ありがとう、ココア様」


「私だけじゃないよ」



 ココアは首を振った。



「ノエルが畑を見た。バルドさんが昔の土地を教えてくれた。みんなが水路を掘った。叔父様が人を出してくれた。先生が、お金を計算した」



 それから、ヨハンを見る。



「ヨハンさんが、三年間、諦めなかった」


「……」


「だから」



 風が吹いた。


 緑の作物が、一斉に揺れる。



「みんなで直した」


「……そうだな」



 その横で、ノエルが鼻をすすった。



「泣いてる?」


「泣いてない」


「目、赤いよ」


「土が入ったの!」


「さっきから立ってるだけだけど」


「入ったの!」


「そう」


「ココア!」


「なに?」


「そういう時は、分かったって言うの!」


「分かった」


「遅い!」



 ヨハンが笑った。


 ココアも笑った。


 三年間。


 何をしても駄目だった畑に。


 笑い声が戻っていた。



     ◇



「本当に、ここですのね」



 知らない声ではなかった。


 ノエルの顔が、露骨に嫌そうになる。



「……なんで来たの」


「あら。来てはいけませんの?」


「別に」


「なら、その顔をおやめなさい」


「そっちこそ、その言い方やめたら?」



 畑の入口に、一人の少女が立っていた。


 ココアより少し年上。


 ノエルより少し背が高い。


 淡い色の髪はきれいに整えられ、服も靴も畑仕事にはあまり向いていなさそうだった。



「知ってる人?」



 ココアが聞く。



「町のお医者さんの娘」


「リリアですわ」



 少女が自分から名乗った。



「ノエルのお父様も、父に診てもらったことがあるでしょう?」


「あるけど」


「では、もう少し――」


「診てくれたのはリリアじゃないでしょ」


「……それは、そうですけれど」



 ノエルが少し勝ち誇った顔をした。



「なに、その顔」


「別に」


「今、笑いましたわよね?」


「笑ってない」


「笑いました」


「証拠ある?」


「あなたは本当に――」


「知ってる」



 ココアが言った。


 二人が同時に見る。



「仲悪いんだね」


「違う!」


「違いますわ!」



 声が重なった。


 ココアは少し考えた。



「じゃあ、仲いい?」


「よくない!」


「よくありませんわ!」



 また重なった。



「……」



 ココアはしゃがんだ。



「ココア?」


「なに?」


「なんで土見てるの?」


「採るから」


「今?」


「うん」



 三か月前と同じ場所。


 同じ深さ。


 同じ量。


 比較しないと意味がない。



「……あなたが、ココア様ですの?」



 リリアが近づいてくる。



「うん」


「最近、この辺りを随分歩き回っている伯爵令嬢というのは」


「たぶん私」


「否定しませんのね」


「歩いてたから」


「ココア、そこ認めるんだ」


「してたよ?」


「してたけど」



 リリアが少し拍子抜けした顔をした。



「こちらの畑を直したのも、ココア様だと聞きました」


「みんなで」


「ですが、原因を見つけたのはココア様でしょう?」


「最初に見つけたのは塩」


「塩?」


「土に多かった」


「それで?」


「なんで増えたのか調べた」


「それで?」


「水だった」


「それで?」


「地下水を逃がした」


「それで?」


「土を洗った」


「それで?」


「育った」


「……」



 リリアが黙った。



「説明が、ずいぶん簡単ですのね」


「長くなるから」


「わたくしは、その話を聞きに来たのですが」


「じゃあ、最初から話す?」


「……今ので結構ですわ」



 ノエルが吹き出した。



「何がおかしいんですの?」


「別に」


「また笑いましたわね?」


「笑ってない」


「笑いました!」



 ココアは土を容器へ入れる。


 今はこっちの方が大事だった。


 リリアは畑の中を見回した。


 排水路。


 作物。


 働いている農家たち。



「でも、よく分かりましたわね」


「何が?」


「地下を流れる水など、普通は見えませんでしょう?」


「私は少し見える」


「水が?」


「水じゃなくて、その中にあるもの」


「……どういうことですの?」


「説明すると長い」


「またですの?」


「うん」



 ココアは土の入った容器を鞄へしまった。



「でも、水の道を最初に見つけたのはノエル」


「ノエルが?」



 リリアが瞬きをする。



「どうやって?」


「畑見れば分かるよ」



 ノエルが当たり前のように答えた。



「雨のあと、乾くのが遅い場所とか。春に下がずっと湿ってるところとか。根が横に逃げる場所とか」


「……それを、どこで習ったのです?」


「どこって……畑」


「畑?」


「ずっと見てるから。お父さんも教えてくれるし、近所のおじさんたちも教えてくれる」


「……本ではなく?」


「本?」



 ノエルが首を傾げる。



「うちに農業の本なんてないよ」



 リリアが黙った。


 ココアは、その顔を見る。



「農家だから知ってるの」


「……」


「私は、少し違うものが見える。でも、畑のことは分からなかった」



 ノエルを見る。



「ノエルは私と同じものは見えない。でも、畑が分かる」


「……」


「違うものが見えるから、一緒に調べられた」



 リリアはしばらく何も言わなかった。


 やがて、畑を見る。



「……経験も、知識になるのですね」


「なるよ」



 ノエルが即答した。



「毎日やってるんだから」


「……そう」



 リリアが少しだけ視線を下げた。



「わたくし、知らないことを少し簡単に考えていたようですわ」


「分かればいいんじゃない?」


「その言い方、少し腹が立ちますわね」


「なんで!?」


「もう少し言い方がございますでしょう?」


「分かればいいじゃん!」


「ほら、それです!」



 また始まった。


 ココアは二人を見る。



「やっぱり、仲いい?」


「よくない!」


「よくありませんわ!」



 ぴったり重なった。


 ココアは笑った。



     ◇



 その日の夕方。


 マーサの食堂には、ヨハンの畑で採れた作物が並んでいた。



「こちらが、本日の主役でございます」



 マーサが皿を置く。



「主役?」


「ヨハンさんの畑で採れたものでございますよ」



 ココアが皿を見る。


 三年間、育たなかった畑。


 そこから採れたもの。


 ノエルが隣でにやにやしている。



「なに?」


「別に」


「なんで見てるの?」


「早く食べれば?」


「食べる」



 一口。


 噛む。


 食感。


 水分。


 香り。


 前に食べたものと比較するなら――。



「ココア」


「なに?」


「美味しい?」


「……」



 もう一度、噛む。


 研究帳は今日は鞄の中。



「うん」



 ココアは笑った。



「美味しい」



 ヨハンが俯いた。


 ノエルが笑った。


 マーサも笑う。


 バルドは何も言わず、黙々と食べている。


 セバスが眼鏡を押し上げた。



「ココア様」


「なに?」


「今のご感想は、記録なさらなくてよろしいので?」


「しない」


「珍しいですな」


「覚えてるから」



 ノエルがココアを見る。



「ずっと?」


「うん」



 三年ぶりに、この畑から採れたものを、みんなで食べた。


 これは、たぶん。


 数字にしなくても忘れない。



     ◇



 食事を終え、外へ出た時だった。



「もう、こんな時間ですのね」



 結局、リリアも食堂までついてきていた。



「帰るの?」



 ノエルが聞く。



「帰りますわ」


「一人で?」


「迎えが来ます」


「やっぱりお嬢様」


「あなた、伯爵令嬢の隣でそれを言いますの?」


「ココアはココアだから」


「意味が分かりませんわ」


「私も分からない」


「ココア様まで!」



 ココアは笑った。


 その時。


 風が吹いた。


 いや。


 リリアの足元だけを、風がくるりと回った。


 畑からついた細かな土。


 靴についた埃。


 それだけが、ふわりと浮く。



「これくらいなら――」



 リリアが指先を動かした。


 小さな風が渦を巻き、泥と埃だけを飛ばしていく。


 ココアの笑顔が消えた。



「……」



 空気。


 いくつもの元素。


 その中に。


 あった。


 あの色。



「待って」



 リリアの手が止まる。



「なんですの?」


「今の」


「?」


「もう一回やって」


「嫌ですわ」


「お願い」


「なぜですの?」


「見たい」


「何を?」


「分からない」



 リリアが眉を寄せる。



「分からないものを、見たいのですか?」


「うん」



 ココアが一歩近づく。



「お願い」


「……ココア様」


「なに?」


「近いですわ」


「お願い」


「聞いています?」


「お願い」


「ココア」



 ノエルが言った。



「研究になると、こうなるよ」


「こうなるとは?」


「止まらない」


「……」



 リリアがココアを見る。


 ココアも見る。



「……一度だけですわよ」


「うん!」



 リリアが指先を動かした。


 風が生まれる。



「すいへー……りーべー……」



 視界が切り替わる。


 空気を構成するもの。


 その動き。


 そして――。


 また。


 現れた。



「……ある」


「何がですの?」



 リリアが聞く。


 ココアは答えず、研究帳を取り出した。


 ページをめくる。


 以前、書いたところ。



『火魔法――ある』


『水魔法――ある』


『土魔法――ある』



 その下へ。



『風魔法――ある』



 ノエルが覗き込む。



「前に見てたやつ?」


「うん」


「これにもあったの?」


「あった」



 セバスの火。


 ヒルダの水。


 ノエルの土。


 そして、リリアの風。


 使う人は違う。


 属性も違う。


 起きることも、まるで違う。


 でも。


 同じ色が全部にある。


 ココアは四つを一本の線で囲んだ。


 その横へ書く。



『共通するもの』



「それが、魔力ですの?」



 リリアが聞いた。



「分からない」


「またですの?」


「うん。でも――」



 ココアは研究帳を見る。



「魔法には、たぶん共通してる何かがある」



 火になる。


 水になる。


 土を動かす。


 風を起こす。


 同じものがあるのに、結果は全部違う。



「……」



 ペンが動く。



『違うものは?』



 そして、その下。



『属性とは?』



 ペンが止まった。



「先生」


「はい」



 ココアはセバスを見る。



「魔力が同じものだとしたら」


「はい」


「どうして、先生は火で、ヒルダは水で、ノエルは土で、リリアは風なの?」


「それが属性だからではございませんか?」


「うん」



 ココアは頷いた。



「だから、その属性って何?」


「……」



 セバスが黙った。


 リリアも。


 ノエルも。


 答えない。


 ココア自身も知らない。


 だから。


 面白い。



「ココア?」



 ノエルが覗き込む。



「笑ってるよ」


「うん」


「分からないのに?」


「分からないから」



 知っていることを確かめるのも好きだった。


 でも。


 誰も答えを知らないものを見つけた時は、もっと好きだった。


 胸の奥が、少しだけ速くなる。


 調べたい。


 比べたい。


 確かめたい。


 答えを見つけたい。


 それは、前の世界から変わらない。



「先生」


「はい」


「調べたい」


「今度は畑ではなく?」


「魔法」


「塩でもなく?」


「魔法」


「研究費は?」


「欲しい」


「結局そこは変わらないのですな」


「うん」



 ココアは笑った。


 そして、研究帳へ視線を戻す。


 火。


 水。


 土。


 風。


 四つに共通する、名前の分からない色。


 その下へ、もう一つ。


 ずっと引っかかっていたことを書く。



『どうして私は、魔法に触れられた?』



 三年前。


 兄の炎が暴れた時。


 ココアは、あの炎へ触れた。


 魔法は使えない。


 魔力もない。


 それなのに。


 あの時、自分は確かに魔法へ干渉した。


 あれは炎を形作る物質の結合へ触れただけだったのか。


 それとも。


 もっと別の何かに、触れていたのか。



「……」



 ココアは、さらに三つの問いを書いた。



『魔力とは?』


『魔法とは?』


『属性とは?』



 分からない。


 だから、調べる。


 魔法が使えないのなら。


 使えるようになる方法ではなく。


 まず。


 魔法そのものを調べればいい。



「先生」


「はい」


「明日から」


「お待ちください」


「まだ何も言ってない」


「四属性すべてを毎日見せてほしい、とおっしゃるお顔をしております」


「……先生」


「はい」


「すごい」


「長い付き合いでございますので」


「じゃあ――」


「まず予定を立てます」


「今日から」


「明日からです」


「ちょっとだけ」


「明日からです」


「一回だけ」


「ココア様」


「……明日から」



 ノエルが笑う。


 リリアも、小さく笑った。



「本当に止まりませんのね」


「言ったでしょ?」


「聞こえてるよ」


「聞こえるように言ったの」



 ココアは頬を膨らませた。


 でも。


 すぐに研究帳へ目を落とす。


 四つの魔法。


 四つすべてに存在する、同じ色。


 そして。


 魔力を持たない自分が、触れることのできた魔法。



『属性とは?』



 その文字を。


 もう一度、指でなぞった。


 魔力0の伯爵令嬢は。


 魔法を使う方法ではなく。


 魔法が、なぜ違う形になるのかを。


 調べ始めた。

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