表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/74

選んだ声が嘘をつく

 「──それを選ぶのか」

 影の声が、愉快そうに歪む。

 俺は答えない。

 代わりに、目を閉じた。

 頭の中で渦巻く声。死者の断末魔。見知らぬ誰かの囁き。そして、今しがた現れた“生者の声”。

 全部が混ざって、腐ったスープみたいになっている。

「……うるせえ」

 俺はその中から、一つだけ掴む。

 さっきから、妙に静かな声。

 主張しない。誘導しない。ただ、そこにある。

 それを選んだ。

「……お前だ」

 口に出す。

 瞬間、他の声がざわめいた。

「──は?」

「──なんでそれを」

「──違う、そいつは」

 無視する。

 静かな声だけを拾う。

 すると、そいつは初めて口を開いた。

「──遅い」

 低く、淡々とした声。

「もう少しで死んでたぞ」

「……ああ」

 息を吐く。

 体の震えが、少しだけ収まる。

「で、どうすりゃいい」

「前に三歩。右に半歩。しゃがめ」

 短い指示。

 迷わず従う。

 その瞬間、頭上を何かが通り過ぎた。

 見えない刃。

 空気が裂ける音。

 立っていたら、首が飛んでいた。

コメント:

「今のなに!?」

「見えない攻撃!?」

「避け方おかしいだろ」

「なんで分かるんだよ」

「また声か?」

 配信の存在を思い出す。

 そうだ。全部見られている。

「……聞こえてる」

 ぼそりと呟く。

コメント:

「やっぱり」

「もう隠さないのか」

「完全にアウトだろこれ」

「死者利用どころじゃない」

「生きてる奴の声って何だよ」

 ざわつきが広がる。

 炎上の匂いがする。

 だが今はどうでもいい。

 目の前の生存が優先だ。

「次は?」

「左の壁に近づけ。ただし触るな。距離は五センチ」

「細かいな」

「死にたくなければな」

 言われた通りに動く。

 壁の表面が、ぬるりと動いた。

 生き物みたいに。

 でも、触れていない俺は無事だ。

「……マジで助かるな」

「当然だ。俺はここで死んでる」

 心臓が跳ねた。

「……は?」

「さっきの落とし穴。そこで死んだ。お前が今いる場所でな」

 背筋が冷える。

「じゃあ、お前も“残留思念”か」

「違う」

 即答だった。

「俺はまだ死んでない」

「……は?」

「正確には、“死ぬ前の俺”だ」

 意味が分からない。

 でも、分かりたくない方向に理解が進む。

「……未来、か」

「そうだ」

 頭が痛い。

 思考が軋む。

「じゃあお前、これから死ぬのか」

「そのままならな」

「……変えられるのか?」

 一瞬の沈黙。

「分からん」

 正直すぎる答え。

 だが、その重さがリアルだった。

コメント:

「未来の自分とかやばすぎ」

「それもう完全に別の能力だろ」

「いやこれ虚言じゃね?」

「でも全部当たってるんだよな……」

「怖すぎる」

 コメント欄が分裂する。

 信じる者。疑う者。恐れる者。

 だが、全員共通している。

 “引き込まれている”。

 配信の同接が跳ね上がっているのが分かる。

 数字が、狂ったように増えていく。

 バズっている。

 最悪の形で。

「……で、ここからどうする」

「進め」

 未来の俺は言う。

「ただし、さっきの影には気をつけろ」

「……あいつ、何者だ」

「俺たちと同じだ」

「は?」

「声を“選ぶ側”の人間」

 ぞくり、とする。

「つまり……あいつも聞いてるのか」

「いや」

 未来の俺は、少しだけ間を置いた。

「聞いてるんじゃない。“作ってる”」

「……は?」

 理解が追いつかない。

 だが、直後。

 背後から、声がした。

「正解」

 振り返る。

 影が、すぐそこにいた。

「よく選んだな、その声」

 ゆっくりと拍手する。

「でも、それは“俺が残したやつ”だ」

 頭が真っ白になる。

「……なんだと?」

「だから言っただろ」

 影が笑う。

「選ぶ側だって」

 寒気が走る。

「……お前、何してる」

「簡単なことだ」

 一歩、近づく。

「声を混ぜてる」

 空気が重くなる。

「死者の声。生者の声。未来の声。全部な」

「……なんでそんなこと」

「面白いからだよ」

 即答だった。

 軽すぎる。

 狂っている。

コメント:

「サイコパスすぎ」

「やばい奴きた」

「これリアルで起きてるの?」

「演出じゃないよな?」

「怖い怖い怖い」

 影が、こちらを覗き込む。

「で、お前はどうする?」

「……何がだ」

「その声、信じ続けるか?」

 未来の俺が、すぐに言う。

「聞くな。あいつの言葉はノイズだ」

「ほらな」

 影が笑う。

「もう分裂してる」

 頭が痛い。

 声が増える。

 未来の俺。

 影の囁き。

 他の無数の声。

「……っ、うるせえ!」

 叫ぶ。

 その瞬間。

 視界が歪んだ。

 地面が消える。

「……は?」

 また、落ちる。

 だが違う。

 今度は、下じゃない。

 “横”に落ちている。

 空間がねじれている。

「……なんだこれ」

「階層がずれてる」

 未来の俺が言う。

「本来は存在しないルートだ」

「なんでそんなとこに……」

 そこで、気づく。

 影がいない。

 消えている。

「……逃げた?」

「違う」

 未来の俺の声が、わずかに震えた。

「ここは、あいつの“内側”だ」

「……は?」

 次の瞬間。

 壁一面に、顔が浮かび上がる。

 無数の顔。

 笑っている。

 泣いている。

 叫んでいる。

 全部、“声の主”だ。

コメント:

「なにこれ」

「無理無理無理」

「トラウマ確定」

「これ配信していいやつ?」

「規制されるぞ」

 その中の一つが、口を開く。

「──選べ」

 別の顔が叫ぶ。

「──間違えるな」

 さらに別の顔が笑う。

「──どうせ全部嘘だ」

 頭が壊れそうになる。

「……どれだ」

 未来の俺に問う。

「どれを信じればいい」

 沈黙。

 そして。

「……俺も分からん」

 絶望的な答え。

 その瞬間。

 全ての顔が、一斉に囁いた。

「──じゃあ、俺を信じろ」

 声が、重なる。

 一つになる。

 それは。

 完全に“俺の声”だった。

 でも。

 それは俺じゃない。

「……誰だよ、お前」

 震える声で問う。

 答えは、すぐに返ってきた。

「お前が一番、信じたい俺だよ」

 背筋が凍る。

 理解する。

 これは、罠だ。

 でも。

 甘い。

 あまりにも。

「……っ」

 手が、勝手に伸びる。

 その声に。

 触れた瞬間。

 世界が反転した。

 そして俺は、気づく。

 選んだのは。

 “最初から存在しない声”だったと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ