表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/74

俺が俺じゃなくなる前に

 最初に“ズレ”たのは、歩幅だった。


 気づいた時には、もう遅い。


 自分の足なのに、半歩だけ早い。ほんの僅かだが、意思と一致していない。


「……は?」


 立ち止まる。


 だが足は、もう一歩だけ前へ出ようとする。


 止める。無理やり。


 ふくらはぎが軋む。


「――進め」


 頭の奥で、あの声が囁く。


 石だ。


 ポーチの中で、脈を打つ黒い塊。


「うるせえよ」


 低く吐き捨てる。


 配信はそのまま続いている。


コメント:

「今の動き何?」

「ちょっとおかしくない?」

「足勝手に動いてね?」

「いや演技だろ」

「怖すぎて草」


 俺は笑う。


「演技に見えるなら、才能あるな」


 軽口を叩くが、内側は冷えている。


 これはまずい。


 さっきから、判断の“前”に身体が動く。


 つまり――


「……乗っ取られかけてる?」


 口に出した瞬間、背筋が凍る。


「――違う。導いているだけだ」


 即座に返ってくる声。


 俺の声と、重なるように。


 気持ちが悪い。


「同じ声で喋んな」


「――お前が近いからだ」


 意味がわからない。


 だが、嫌な予感だけは正確に当たる。


 コメント欄が荒れる。


コメント:

「完全に会話してる」

「これBANされるだろ」

「怖すぎる」

「でも見ちゃう」

「なんでこんな冷静なんだよ」


 冷静じゃない。


 ただ、“止める理由がない”。


 俺は進む。


 暗い裏通路。


 石の声に従って。


 そして、途中で床に手をつく。


「……確認」


 【残留思念】発動。


 ノイズのような感覚。


 だが、いつもより濁っている。


 映像が安定しない。


 それでも見える。


 ――複数人の探索者。


 この通路に入る。


 迷う。


 引き返そうとする。


 だが一人が言う。


『いや、こっちに何かある』


 その直後。


 壁が、閉じる。


 逃げ場がなくなる。


 悲鳴。


 そして――


『誰か……助けて……』


 声が、薄れていく。


 終わり。


 俺は息を吐いた。


「……なるほど」


 罠だ。


 この通路は、閉鎖型。


 一度入れば、出口が消える。


 コメント欄がざわつく。


コメント:

「今なんか見た?」

「顔やばいぞ」

「やっぱ危険ルートじゃん」

「戻れって!!」


 俺は首を鳴らす。


「でも、先に行けば出口がある可能性もある」


 嘘じゃない。


 ただし、“保証はない”。


「――ある」


 石が言う。


 断言。


 迷いなし。


 俺は笑う。


「便利だな、お前」


「――代わりに、少しもらう」


 その瞬間。


 視界が弾けた。


 別の記憶。


 別の人生。


 知らない名前。


 知らない顔。


 知らない死。


「……っ!」


 膝をつく。


 頭が割れそうになる。


 コメント欄が爆発。


コメント:

「倒れた!!」

「やばいって!!」

「救急呼べ!!」

「これマジで危険だろ」


 俺は歯を食いしばる。


「……これが、代償か」


 理解する。


 石は、“情報”を渡す代わりに、“記憶”を流し込む。


 そしてそれは、蓄積する。


 消えない。


 混ざる。


「……最悪だな」


 だが、口元は笑っている。


 止めない。


 止まれない。


 コメントが流れる。


コメント:

「なんでやめないの?」

「狂ってる」

「でも見たい」

「フォローした」

「こいつ絶対トップ行くわ」


 その言葉に、少しだけ胸が熱くなる。


「……そうだな」


 俺は立ち上がる。


 そして、進む。


 通路の奥。


 やがて、広い空間に出た。


 天井が高い。


 中央に、巨大な扉。


 古い紋様。


 重厚な空気。


「……ボス部屋か?」


 コメント欄がざわつく。


コメント:

「早すぎない?」

「そんなルートあるのか?」

「こいつマジでおかしい」


 俺は扉に手をかける。


 その瞬間。


 頭の中で、複数の声が同時に叫んだ。


『開けるな!!』

『罠だ!!』

『死ぬ!!』


 残留思念だ。


 複数の死者。


 ここで死んだ連中の、最後の警告。


 だが。


「――開けろ」


 石が、囁く。


 静かに。


 確実に。


 俺の思考に染み込むように。


「……どっちが正しい?」


 自分でも笑う。


 もう分かってる。


 正しさなんて関係ない。


「――価値がある方だ」


 俺はそう言って、扉を押した。


 重い音。


 開く。


 中は、暗い。


 何も見えない。


 だが、気配がある。


 巨大な何か。


 息をしている。


 コメント欄が凍る。


コメント:

「……やばい」

「これ本当にボスだろ」

「初見なんだけど」

「震えてきた」


 俺は一歩踏み出す。


 その瞬間。


 背後で、“ガコン”と音がした。


 振り返る。


 通路が、閉じている。


「……は?」


 出口が、消えた。


 閉鎖。


 完全に。


 コメント欄が爆発する。


コメント:

「詰んだ!!」

「戻れない!!」

「終わった!!」

「こいつ死ぬぞ!!」


 俺は、ゆっくりと笑った。


「……いいじゃん」


 逃げ場なし。


 ボス前。


 未知の存在。


 最高だ。


「――ようこそ」


 闇の奥から、声がした。


 低く、重い。


 そして――


 俺と、同じ声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ